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経済・政治・国際

2017年7月16日 (日)

安倍総理の責任問題と今後の政局の展望

◆安倍総理の責任を声高に叫び、「辞めろコール」が澎湃しても、総理自ら辞めると言い出さない限り、替わる可能性はゼロに等しい。総理はよほどのことがない限り、集中予算委員会を乗り切り、来月早々に内閣改造を断行して、政権の立て直しを図るだろう。野党の弱体化と自民党内に有力な後継候補者が不在の中で、政権は継続されていくというのが大方の見方だ。今、自民党の中で次期総裁候補者と言えば、石破氏か岸田氏。しかし石破氏は党内人気がイマイチで、岸田氏はまだ線が細い。こんな状況だから、かつての自民党のように「党内抗争をやってでも」という強力なパワーも気力も見られない。結局、来年9月の総裁の任期満了に伴う「総裁選」を含めて、選挙なしに首相が交代するということはあり得ないだろう。

◆いくら内閣の支持率が下がり、自民党政権にNOを突き付けたとしても、総理が解散総選挙をして与野党が逆転しない限り、政権交代はあり得ない。国民はかつての民主党政権の悪夢を鮮明に覚えているから、民進党連合政権にも拒否反応を示すだろう。まして共産党が政権の一翼に入ることなど考えられない。唯一考えられるとすれば、韓国の民衆が朴槿恵大統領を弾劾裁判に懸けようと100万の民衆がモを繰り広げたように、多くの国民がムードに乗って十重二十重に国会を取り囲むようなデモを展開すれば、総理を辞任に追い込むことは可能だ。しかし、安倍総理が国家を貶めるような大逆を犯しただろうか? デモには世情を混乱させることを目的にして扇動者が現れてくることは必至だが、国民がそれに乗るほど愚かだとは思えない。

◆一つの可能性として、都議会議員選挙で「都民ファーストの会」を率いて大勝利させた小池百合子都知事が、次は国民ファーストの会を立ち上げ、国政に打って出るケースだ。すでに国会内に受け皿を作る動きが見られる。若狭、長島、松沢、渡辺喜美など一癖も二癖もありそうな連中ばかり。「俺が、俺が」で纏まるのか。小池氏本人が国政に転じるケースは最短で、来年11月の衆議員任期満了に伴う解散総選挙になる。そのときは小池チルドレンを大量に引き連れて出るかもしれない。しかし、知事の任期を1年8か月ほど残したまま、都政をほったらかして出るのが得策か

◆やはり都知事を一期務め上げ、言うところの都政改革を成し遂げて、東京オリンピックの名誉ある大役を果たしたあとに国政転出というシナリオがベストだろう。この場合都知事の任期は2020年8月1日までだから、ギリギリ開会式には間に合うが、すでにこれよりひと月以上前に二期目の選挙戦に突入しているから、立候補するかどうか態度を表明していなくてはならない。(オリンピック開催は7月24日から8月9日まで、9月にはパラリンピックもある)これは大きな賭けとなるだろう。国政の受け皿が本年12月までにできたとして、小池氏本人が国政に出るのが、2020年8月以降とすれば、3年近く国会に党首不在のまま、国民ファーストの会が続くことになる。かつての橋下徹氏の大阪維新の会と、日本維新の会を連想させられるが、その頃小池ブームはまだ続いているのだろうか。政界とはまさに一寸先は闇そのものだ。
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内閣支持率低下、加計問題の本質を探る

◆稲田防衛大臣ら安倍内閣の閣僚たちの言動に対する批判が集中している。また自民党一強の緩んだ環境の中で、二回生議員たちの言動がメディアの格好の餌食になっている。問題ある閣僚達をすぐには更迭できない優柔な任命責任も問われている。そして何より総理自身の加計学園問題等の説明責任を果たしていないという国民の不信感が相俟って支持率が大幅に急降下、このままでは30%割れも目前となってきた。

◆ここにきて安倍総理が「加計学園」の獣医学部新設問題を巡る国会の閉鎖中審査に応じる方針を決めた。なんともはや遅きに失した感があるが、対応を誤ればすべて言い訳に取られる可能性が高く、火に油を注ぐことにもなりかねない。ここは誠心誠意説明を尽くすしかない。野党の候補はまるで検察官気取りで、総理の首を取ることだけを手柄と考え、その後の政治の形やあるべき姿が見えてこない。「倒すまでが仕事、後はどうなろうと知ったこっちゃない」というのが本音だろう。

◆そもそも安倍総理は政治を混乱させた責任を感じていても、辞めなければならないとは感じていないだろう。「加計学園」獣医学部新設問題に絡み、便宜を図った見返りに金銭でも受け取っていたとするならば、これはもう辞任どころの騒ぎではなくなる。結局加計問題の本質は、獣医師会の在りように関する見解の相違の対立と言ってよいだろう。即ち、これ以上獣医師を増やす必要はないとする、獣医師会、既存の獣医学部関係者、認可管轄する文科省など、所謂岩盤規制と言われる人たちが一方の勢力だ。

◆一方、地方公務員としての産業獣医師が絶対的に不足しているとして、獣医学部の創設を希求し、10年以上も誘致活動続けてきたが、厚い岩盤に跳ね返されてきた愛媛県・今治市、それを利用し経済特区に指定して岩盤に穴を開けようとした安倍内閣、早くから指名に名乗りを上げて運動してきた加計学園側、この二つの対立が根本構図だ。

◆この場合の内閣の経済特区構想はいささか無理があることは確かだが、内閣総理大臣が文科大臣の上にあるのだから、真に設置が必要であるならば、特区などの搦手を使わなくとも正面から堂々と根拠とデータを示し、文科省を説得すればよかった。しかし結果は腹心の友人ということで、疑念を抱かれる結果となったことは戦略の見誤りだろう。こうなった以上どちらも引くに引けなくなったが、裁判に訴える問題でもなかろう。今「四条件がどうだこうだ」と議論したところで、埒が明くまい。平行線のまま続くだろう。将来のことは誰にも予測はできない。10年後、20年後獣医師会の現況を見た時、答えは出ているのではないだろうか。

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2017年6月22日 (木)

君子は未然に事を防ぐ

◆安倍総理と前川前文科省事務次官、この二人に共通した言葉を送りたい。それは「瓜田に履を納れず、李下に冠を正さず」という中国の故事の言葉だ。この言葉の前には「君子は未然に防ぐ」という言葉がついている。
森友学園問題と加計学園問題、この二つの問題は内閣支持率を大きく引き下げる結果をもたらした。昭恵夫人との関わりがあったり、個人的に親しい友人関係があったことなどは、「瓜がなる畑に入ろうとしたり、スモモの樹の下で帽子を触ろうとしたようなもの」。たとえ果実を盗まなくとも(法を犯さずとも)、充分疑いを持たれる行為だった。


◆また加計学園問題で、安倍内閣と敵対することになった前川事務次官が「女性の貧困と子供の貧困問題実態調査」と称して、新宿歌舞伎町の「出会い系バー」に出入りしたことも、同様の疑念を持たれる行為だった。本来こういう疑いを持たれる恐れがある場合、人の上に立つものは未然に避けるものだ。これを「君子は未然に防ぐ」という。
同じような過ちを犯しながら、安倍総理・官邸側と前川前事務次官に対するメディアや世間の見方は大きく異なる。それはことが発覚した後の両者の対応の違いによるものだろう。「友人だからと言って有利に取り図ろうとしたことは一切ないと言い切る側と、それを忖度する数々の文書の存在を主張する側の対立。結局リスク管理を軽く見た側の初動の対応の不味さが後々尾を引き、内閣不信任案を出され、真相究明のための臨時国会の開催を要求される始末。こんなことに関わっている場合じゃないはずなのに、拘わらざるを得ない状況になってしまった。


◆一方、文科省の天下り人事問題の責任をとって(とらされて)、事務次官の職を退任した(させられた)前川氏は、退職金をガッポリもらって退任し、政府側のリークによるとされる「出会い系バー」への出入りのことは正直に認め、経緯を説明して謝るところは誤り、官邸の横暴については批判することも忘れない。

◆その結果、安倍さんの評価は日ごとに下がり、前川氏や文科省側はいじめられた被害者のように見えてきた。このことは何を物語っているか。論語に曰く「過ちては則ち改むることに憚ること勿れ」と。また曰く「過ちて改めざる、是を過ちと謂う」(人は誰でも過ちを犯さないものはない。問題は過ちを改めるかどうかである。つまらない人は自分の過ちを弁解し、飾ろうとするが、優れた人はすぐに改め、一つの過ちを一つの貴重な体験とする。また、人間である限り、過ちのないものはない。本当の過ちとは過ちと知りながら反省を怠り、改めないことだ。=中国古典名言事典より)
野党は千載一遇のチャンスとばかり責め立て、与党は何とか逃げ回り、取り繕うとする。こうした日本の動きに政治の劣化を感じざるを得ない。政治の劣化は日本の劣化に他ならない。こうした動きとは関係なく、世界は動いている。これでいいのか日本!

2017年5月30日 (火)

日本を取り囲む3恐国と獅子身中の虫(下)

【日本に巣食う獅子身中の虫】
◆前回、日本は「スパイ天国」と言われるほど、スパイに関して寛容な国であることに若干触れた。そのことに関連するように国際犯罪が日本国内で堂々と展開される。福岡で発生した金の密貿易もその一環だ。組織犯罪に対する取り組みの甘さ、捜査態勢・法整備の不備等があって、現実に追いついていない。
一方、主に野党・左派系政党と一部の左派色が強いメディアの中に、権力の横暴、独断専行を許さないと標榜するあまり、独りよがりに陥っている勢力がいる。もちろん行き過ぎをチェックし、是正する正しい批判勢力が必要であることは言うまでもない。


◆しかし、批判のための批判に終始して、国家を貶めることが目的のように正義の仮面を被った勢力はマイナスにこそなれ、プラスには働かない。そうした勢力に踊らされる無辜(むこ)の民がいることも事実。「集団的自衛権反対!」、「安保関連法案反対!」、「テロ等準備罪反対!」、「憲法改正反対!」等々。ことさら負の面ばかり歪曲して取り上げ、国民に不安感を植え付けようとするが、法案が通ってしまえば何事もなかったかのようにケロっと忘れてしまう連中だ。

◆この体質は朝日新聞慰安婦問題の報道姿勢に顕著に表れている。ことの発端は1983年に発行された吉田清治なる人物の「私の戦争犯罪」だった。実証史学の専門家「秦郁彦」氏が現地調査をして多くの関係者の証言を集めたうえ、著者や出版社に問い合わせると「あれは小説ですよ」という回答だったと言う。著者は長年の学問的研究から典型的な詐欺話だと直感していたが、それが裏付けされた形となった。現地新聞の女性記者によると「日本人はなぜこんな作り話を書くのでしょうか」と責められたという。朝日新聞はこうした詐欺師の詐術に乗っかって、すでに解決していた問題に火をつけてしまった

◆爾来25年、国際問題に発展、いいように韓国に利用され、いまだに日韓外交問題に苦しめられている。朝日は一度は仕方なく「誤報であった」ことを認めたが、日本の将来のことより自社のスクープが優先、沖縄サンゴ礁損傷事件も自社の記者の自作自演の偽スクープ事件だった。権力に立ち向かう正義の味方のような仮面を被って、結果的に日本に取り返しのつかないダメージを与えてしまうこの体質は一体何なのか。これを獅子身中の虫と言わずして何というべきか。(終り)

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2017年5月29日 (月)

日本を取り囲む3恐国と獅子身中の虫(中)

スパイの暗躍】 
アメリカも含めて、中国ロシア北朝鮮などの謀略国家に共通なのはスパイの暗躍だ。中国でスパイ活動を行い、米中央情報局(CIA)に情報を提供していた協力者のうち、少なくとも12人が2010~12年の間に中国当局によって殺害されたという。米国のスパイ網が壊滅的な打撃を受けたそうだが、その要因として中国当局に内通する「二重スパイ」の疑いが浮上し、CIAFBIが共同で調査に当たっているという。
一方中国の方は、アメリカのこうした動きに対し、「中国のスパイ防止活動の素晴しい成果をを称え、最高の境地に達した」と自画自賛。「中国の国家安全機関は法律に基づき、中国の安全と利益を脅かす組織と人員への調査と処罰を行っている」と述べた。


【日本もとばっちり】
日本にとって、これらスパイ活動は他人事とばかり言ってはいられない。今年3月下旬、中国のリゾート開発地域で、温泉開発調査をしていた日本人社員が拘束された。中国現地企業の依頼に基づくもので、山東省と海南省で計6人の技術者が中国当局に拘留された。容疑は「国家の安全に危害を加える行為」を行ったというもの。近くに軍事施設があったというが、もちろん濡れ絹であることは言うまでもない。問題なのは3月26日、28日に拘束され、日本の新聞が報じたのは5月23日、しかも社会面の片隅だった。3月下旬に連絡が取れなくなり、日本の政府職員が拘束された社員たちと面会したのが4月上旬だった。新聞報道は事件発生から実に2カ月近く経っていた。


◆どうしてこんなに時間がかかるのか。人質外交が中国の常套手段とはいえ、中国のために、中国の依頼に基づき、技術を提供し、仕事をしている罪もない日本人を拘束するとは許されるものではない。自国がスパイ大国であるから、他国も同類項だと思うのだろう。現在でも6人の日本人は拘置されたままになっているという。日本政府もメディアも国際社会に向けてもっと声を大にして不法な行為を問題にすべきだ。

◆日本人の生命と財産を保護するのが政府の役目とするならば、あまりにも弱腰で無策と言えよう。報復を恐れて遠慮しているのか。それとも事を大きくしたくないから、収まるまでじっと我慢しているのか。いずれにしろ中国という国は外国人にとってリスクが大きすぎる。身の安全を保障しないのであれば、いくら招致といっても簡単に渡航すべきではない。
また、敢えて日本にスパイ組織を作る必要はないだろうが、日本は「スパイ天国」と言われるほどユルユルの国だ。せめて、常日頃からにスパイ活動の監視は必要だろう。(続く)

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2017年5月26日 (金)

日本を取り囲む3恐国と獅子身中の虫(上)

日本は権謀術数の大国ロシア覇権主義に猛進する中国、そして核とミサイルが全てと妄信する狂国北朝鮮という常識と良識の範疇を超えた3つの怖国に囲まれている。誰が指導者になっても難しい舵取りを迫られる。そしてもう一つのの懸念は国内に巣食う獅子身中の虫の存在だ。

【ロシアの場合】 強権ロシアのプーチンは共産主義を捨てて、一見西側に友好的な素振りを見せながら、本質的には共産主義のDNAを引き継ぎ、独裁体制を強化。自分に逆らうものは不思議なことにいつの間にか消えてなくなる。領土問題ではクリミア半島などかつての領土の奪還に関しては、国際社会の猛反発をものともせず強行、バルト3国にも食指を伸ばす。日本には北方領土の返還という餌をチラつかせ、経済的利益だけを懐に入れようとする。今後もニンジン作戦続け、得るものだけを得ようとするだろう。さらにトランプ米大統領のロシアゲート疑惑で生殺与奪の力を握る。

【北朝鮮の場合】 世間知らずの若い3代目は国民の暮らしより、核とミサイルの開発・強化に明け暮れ、中・ロを天秤にかけながら、世界の経済制裁をものともしない。今や米国を射程に入れるミサイルの実験に成功したと見られている。また世界中をサイバー攻撃の標的にして混乱させ、恫喝外交をもって対韓・対日外交に臨むだろう。しかし、北朝鮮の弱みは経済にある。いずれ無理の積み重ねが、何かをきっかけに崩壊する可能性は十分に考えられる。それまで暴発させないように注意深く見守っていくしかないだろう。

【中国の場合】 最もいやらしい国が中国だ。いかにも世界経済に貢献するように見せかけ、その実、中国中心の「一帯一路」構想をぶち上げた。インフラ整備を餌に開発途上国に援助をもちかけ、借金が返済できないような状況に追い込んでは、100年単位で借り上げる。自然破壊、地域経済の崩壊、チャイナタウン化、軍事拠点化、いわば「中国による中国のための植民地化政策」である。もともと中国の本質と言える「覇権主義」が復活し、「新しい世界の盟主は中国である」と宣言しているようなもの。ここまで肥大化するともう簡単には潰れる心配はなくなり、外に向かって自国に都合の良い市場の拡大と軍備拡張に邁進するだけ。最初に甘い餌に飛びついた弱小国は、気が付いたときには毒が体内に回ってしまっている。(続く)

Dscf0517

2017年5月23日 (火)

テロ等準備罪を巡る国会議論にもの申す。

組織犯罪処罰法改正案(いわゆる「テロ等準備罪法案」、野党が言う「共謀罪法案」)の国会審議を巡り、すったもんだしている。なぜ日本という国はいつもこうなるのか?

【野党や一部の識者、日弁連、メディア等が問題にしている点】
「犯罪行為はすでにやってしまったことに対して処罰するのが原則であり、この法案は現行法体系を大きく損なう。テロ対策については現行国内法で十分に手当されており、新たな法律は必要ない。
与党や賛成派は国際組織犯罪防止条約を締結するために、この法案を必要とするが、この法案がなくても条約の締結は可能だ。
乱用の危険性があり、一般人や市民団体、労働組合が処罰対象になる可能性がある。犯罪の実行前に合意したかどうかを判断するのは難しく、捜査機関の恣意的な判断の余地がある。
メール等のネット上のコミュニケーションが捜査機関の監視下に晒されるのではないか。


いずれも、もっともらしい言い分だ。戦前の治安維持法の負のイメージをことさら引きずっているように見える。そうした上で「何故、今急いでやるのか?」と指摘する向きもある。しかし、私に言わせれば「何故、今までやらなかったのか?」と言いたい。

◆1995年に狙撃された国松元警察庁長官が先日の新聞で述べていた。「この法律があればオウム真理教事件を未然に防げたかもしれない」と。あるいは「よど号ハイジャック事件」、「組織暴力団抗争事件」等然り。いずれも善良な一般市民が巻き添えにならなくても済んだかもしれないのだ。この法律の問題は「一般人が監視され、巻き添えになる恐れがあり、怖い社会になる」と、いわゆる知識人と称される人達が吹聴しているところにある。

◆果たしてそうだろうか。警察はすべての一般人を監視するほど、暇を持て余しているのか。第一、すべての一般人を監視するために警察官は何人必要か。一般人を監視することが、国家権力者達にとって何の得があるだろうか。ここは中国やロシアとは違う民主国家日本だ。権力者が誤ったことをやれば、選挙という手段で首にすることができる国ではないか。

◆集団で犯罪を計画し、実行に移して一般人が犠牲になるとするならば、こんな不幸なことはない。そうしたことを未然に防いで犯人グループを検挙することができれば、この法律の存在意義は大きい。政府はテロ対策などの国際協力を定めた「国際組織犯罪防止条約」の締結には、この新たな「テロ等準備罪法案」が必要だとする。仮にこの法案が野党の反対で成立できず、日本にも関わりのある犯罪が起きた場合、「条約を締結できなかったので、協力できなかった」では、国際社会はどう見るだろうか。この法律の乱用の危険性を指摘する向きもある。しかし、国家と国民は互いの信頼関係で成り立つ。信頼がなくなれば終わりだ。この法案がどうしても怖いという人は、犯罪のない善意ばかりの人が住むユートピアに行くしかないだろう。

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2017年5月10日 (水)

自衛隊を憲法に明記すると・・

◆安倍総理は5月3日憲法記念日に、メディアを通して憲法改正に強い決意を表明した。2020年に新しい憲法を施行するという期限を区切って、「憲法9条に自衛隊を明確に位置付けるため、1項、2項はそのままに3項として自衛隊の根拠規定を追加する」というものだった。総理としては衆参の「憲法審査会」の議論が一向に進まぬ現状に業を煮やしたのか、大きく一石を投じる形となった。

◆具体的にどうなるのだろうか。9条の1項・2項にプラスして、第3項を私案として追加してみた。 第9条【戦争の放棄、戦力及び交戦権の否認】
1項 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2項 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
【3項追加私案】 前項の規定に拘わらず、自衛権は本来国がもともと有するものであり、自衛権の発動を妨げるものではない。他国またはそれに準ずる勢力が我が国の領土・領海・領空を侵略し、国民の生命及び財産が脅かされる恐れが生じた場合には、それを排除する手段として、自衛隊を保持するものとする。自衛隊は内閣の管轄下にあって、国会が議決した自衛隊法の定めに基づく。


◆どうもしっくりこない。1項、2項をそのままにして、自衛隊を明記することは整合性に無理があるようだ。石破元防衛大臣もその点を取り上げ、安倍総理の提案を批判している。そこで自民党が野党時代に取りまとめた「憲法草案」読んでみて驚いた。第1項はほぼ原案通りだが、第1-2として「前項の規定は、自衛権の発動を妨げるものではない」と、但し書きが添えられている。そして9条の2項は全面的に書き改められて、「国防軍」の規定を掲げ、その第1に「我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため、内閣総理大臣を最高指揮官とする国防軍を保持する」とある。この辺までは国防軍という名称は別にして、納得いくものである。

◆ところが続けて 2、任務の遂行のための国会承認、その他法律の服務規程、3、国際的に協調して行われる活動、公の秩序を維持するための活動、4、国防軍の組織、統制及び機密の保持、5、軍事裁判所の設置等を細かく規定し、第9条に3項領土の保全等)を新たに追加して、「国は、主権と独立を守るため、国民と協力して、領土、領海及び領空を保全し、その資源を確保しなければならない」とある。
なんと、戦前の治安維持法、憲兵制度、軍事裁判所を想起させる規定が並び、9条の3項は徴兵制に結びつきかねない規定になっていると言わざるを得ない。これでは野党が猛反発するのも理解できる。野党もただ単に「憲法改正反対」を叫ぶだけではなく、自民党案の欠陥を取り上げ、対案を示すなどの戦略を立てるべきだろう。

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2017年5月 9日 (火)

いい加減にせんかい!森友問題

◆連休明けの国会。衆議院予算委員会が森友問題を審議している最中、2階の傍聴席にえらそうに下界を見下ろしているような当の本人の姿があった。民進党が呼んだらしいが、そもそもこの問題を引き起こした渦中の人物を、まるでヒーローのように扱っている民進党に大いなる疑問を抱かざるを得ない。

◆そもそもこの問題の本質は、自己資金もないのに不確かな寄付金や補助金を充てに、分不相応な学校建設を画策し、総理府人を巻き込んで、役人・関係者らから国有地払下げの便宜を受けようとしたところから始まっている。つまり籠池泰典なる人物は、教育者の仮面をかぶった「金と名誉の亡者」であることがはっきりしてきた。確かに、政治家・お役人・マスコミなどを手玉にとって、都合が悪くなれば自分はあたかも被害者であるかのように演じ、メディアも野次馬根性に乗って、その片棒を担いでいる感がある。

◆発端は総理婦人が学園の子供たちの教育現場を見て、しつけの良さ、論語や教育勅語の暗唱などに感激して、協力者になったことや名誉校長に就いたことなどにある。こうした行動は特別な便宜を与えたかのような印象を与えかねないので、軽率の誹りを免れない。さらに安倍晋三記念小学校の名称が勝手に使用され、学園建設に利用されれば、それを忖度して動く役人が出ても不思議でなはない。

◆しかし、事業の進展がうまくいかなくなり、ことの真相が次第に明らかになると、今まで協力者であったはずの昭恵夫人(仮に100万円の寄付をしていたとしても)らに対しても、自己防衛のためか、それらを脅しの材料に使っている。これこそ、まさに恐喝者犯罪者の類であって、尋常の人間がすることではない。籠池氏は教育者とは全く相いれない、人間の卑しさをもろに出していると言えよう。

◆本来であれば、自分が経営する学園の破綻や債務の弁済、事後処理など東奔西走している立場だと思うのだが、国会の傍聴席にのこのこ出てきて、薄ら笑いを浮かべ、議員食堂で食事をして、うどんが辛かったなどというコメント出している。いったい何様だと思っているのだろうか。それをご丁寧にメディアが報じている。まさに後ろで彼を支えている政治勢力があるという事を物語っている。森友問題をネタに政府を追及し、政局にしようとする野党がいる一方、真相をあかして、正直に謝らない与党がいる。そうしたことに日本の政治の進歩の無さを感じるし、他にやることはいっぱいあるだろうと言いたくなる。

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2017年5月 4日 (木)

憲法改正の是非を考える(最終回)

◆安倍総理が遅々として進まぬ憲法改正論議にしびれを切らしたのか、5月3日の憲法記念日にタイミングを合わせるように、新聞とテレビで憲法改正に向けて強い決意を表明した。驚いたのは2020年に改正した憲法を施行することとし、その柱は憲法9条に自衛隊を明確に位置付けること、それを正面から打ち出したことだ。総理としては戦後70年、誰も成し得なかった憲法改正を自分の在任中に、自分の手で目途をつけたいという思いが、ここにきて急に浮上したのだろう。

◆しかし些か短兵急ではないか、何か焦りさえ感じる。国民や野党への根回しが十分とは思えない今の状況で、反対勢力の説得に成算があるのだろうか。「天下分け目の関ケ原」ではないが世論を二分した総選挙の洗礼を受けなければならない。次期総選挙、続く参院選でも与党勢力が3分の2を維持する勝算があるのだろうか。大変な賭けになるだろう。

◆問題は憲法改正そのものが目的化して、「何のために改正するのか、どこをどのように改正するのか、改正して国民の暮らしはどうなるのか」といった説明は今までは充分ではなかった。これからは理解を得るため大変な努力が求められるが、問題なのは憲法改正を認めたくない勢力の人たちが一丸となって、あらゆる難癖をつけ、メディアも呼応して不安感を煽り、野党は審議入りを拒否。与党が強硬に進めていることを印象付けて、「安倍内閣はこういう悪い事しているんですよ。許すんですか」と、国の将来のことより妨害することを目的とした一大キャンペーンを展開することが予想されることだ。ここで失敗すれば、本当に必要になった時に、改正することができなくなるかもしれないということを肝に銘じて慎重に対処することが求められる。

◆また憲法改正すべきは何も9条だけではない。安倍総理は維新の党の主張を取り入れて高等教育の無償化も打ち出す方針のようである。他にも緊急事態における国政の在り方、衆議院・参議院の役割の見直し(一院制も含めて)、被害者側の人権等、この連載の(1)~(3)までにいくつか取り上げるべきテーマを述べてきた。また裁判員制度が採用されたが、この制度は本来憲法上に明記すべきマターではないだろうか。

日本は曖昧な文化、ファジーなものを受け入れる素地がある。文化などはそれで良いかもしれないが、法整備は明白なものがよい。国家元首の規定も曖昧のままで、明確になっていない。9条における自衛隊の地位についても、曖昧のままであることに違和感はないらしい。安倍総理が一石を投じたことで、国民一人一人が真剣に考える切っ掛けができたと捉えるべきではなかろうか(終り)

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