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日記・コラム・つぶやき

2018年6月18日 (月)

江戸の敵を長崎で討つ

「江戸の敵を長崎討つ」という慣用句がある。偶然予想もしなかったような場所で、積年の恨みをはらす、の意味で使われていたようだが、今日ではこの慣用句自体廃れてきた感がある。しかし、この慣用句は間違って伝わったもので、もともとは「江戸の敵を長崎討つ」というのが正しいのだそうだ。
 ものの本によれば、江戸時代、文政年間に大阪の一田七正郎という職人が巨大な涅槃像を竹細工で作り、浅草で展示に供した。これが大好評を博したが、江戸の職人たちにとっては面白くない。江戸っ子気質で負けてはならじと、布袋の像を作って対抗したが、にわか作りのこととて、大阪陣に完敗を喫してしまった。
 ところがちょうど同じころ、江戸で、長崎からきた興行師がオランダ船の見世物を打った。あちこちが機械仕掛けで動くカラクリ使用の模型船で、大砲の轟音までおまけについていた。人気は非常に高く、先の大阪の竹細工は大きく水をあけられた。
そこで、「江戸の敵を長崎が討った」と言われ始め、いつの間にか由来が忘れられて、「長崎」が、「長崎」に変わっていったのだという。

~で」は場所を表し、「~が」は主語を表す。大きく意味は異なるが、「北朝鮮が非核化を目指す」が、いつの間にか「朝鮮半島の非核化に」変わってしまった。主語と場所が曖昧になると、こういうぼやけた表現になるという典型例ではなかろうか。

2018年6月15日 (金)

「女」の付く字を分析すれば

漢字に纏わる面白い記述を見つけた。
」という字はもともと、左右の手を重ねて、科(しな)を作り、ひざまづいている女性のさまをかたどった象形文字が原点となっている。
その「女」を部首にした漢字には、(若い女の美しさ、好ましい、好む、よい)、(アイ、目元が美しい、美人)、(ケン、うつくしい、見目がよい)、(キ、ひめ)、(ミョウ、たえなる、しなやか)、(シャク、麗しい)、(キョウ、なまめかしい)など、さすが女性の美しさをもとにして作られた字が多い。

だが、そうでない漢字も少なくなく、だれが考えたのか、その字源のナゾを解けば、女性からおしかりを受けそうなコジツケがあると言うのだ。

としてもっともいときが「」時代、(たそがれ)ないうちに挙げるのが結式。新郎に抱かれて寝に横たわると夫婦生活が「」まる。夫に体をせて身をわせると「妊娠」する。亭主の鼻につくようになると、女編に鼻と書いて「かかあ」と呼ばれる。息子が色気づいてばかり目が向くと、勉強の「げ」になると教育ママがる。夫の浮気を嗅ぎだしてはのようになって「(や)」き、相手の女が(にくい)と、ヒステリックに「(ねた)」む。この現象を嫉妬と呼ぶ。着飾ってクラス会とやらに出かければ、女三人寄って「(かしま)しい。若い男に言い寄られると、柳を描いて「(こび)」を売る。
そろそろ我が家でも「」をって孫の顔でも見たいと息子に「(めと)」らせる。女も長い間やっているとくなり、「」(しゅうとめ)と言われて煙たがれる。肌もうって「」となり、頭にをいただいて「(やもめ)」となる。最後はいて「(うば)」となって女の一生は終わる。

2018年6月 9日 (土)

「飛んで火にいる夏の虫」の話

「飛んで火にいる夏の虫」という諺がある。夏の夜、灯火を目がけて飛んでくる羽虫がその火に焼かれて死んでしまうことから、一般的には、自分から進んで身を投じることの例えに使われる。 「今敵陣に乗り込めば、それこそ飛んで火にいる夏の虫だ」というような使われ方をする。昆虫が光に向かって飛ぶ習性を利用して、害虫を駆除する誘蛾灯などに使われる。昆虫はその波長の光に最もよく感応することから、進んで飛び込んでいるように見えるが、ある昆虫学者の研究によると、光が好きで遠くから光を目がけて飛んでくるのではなくて、飛び立った空間を漂流しているうちに、光の刺激によって、嫌でもその光源に飛び込まされてしまうと言うのだ。
           ◇             ◇           ◇
つまり、昆虫が能動的に「光」に飛び込むのではなく、受動的に「光」に飛び込まされてしまうと言う説だが、虫などは心理活動を持たないから、光や熱などの自然界の要因から直接の刺激を受けて行動を変えさせられる。人間はそれらを克服しようとする意志を働かせるから、虫とは違う。我々の周りは刺激の源だらけだ。それを避けようとして余計に緊張を高めることがある。普通に打てば何のこともないのに、ハエを意識するあまり、強く叩いて結局打ち損じてしまうことがある。よくスポーツ選手で、練習では妙技を見せるのに、本番になると力を発揮できず負けてしまうケースが間々ある。これも心理的刺激を強く受けすぎるがための影響だろう。
           ◇             ◇           ◇
「失敗はすまい。あれだけは避けよう」と思い詰めていると、そういう感覚自体が刺激源となって、失敗の道に引き込まれてしまいがちになる。今年の読売ジャイアンツは昨年同様、心理的刺激を強く受け過ぎ、失敗の道に引き込まれてしまった感がある。セ・パ交流戦に入って、ついに最下位に転落してしまった。
巨人は他球団以上に観客が多く、いつも満席状態の中で、プレッシャーが強く働く。「失敗はしまい。いいところを見せよう」といった心理的刺激を自ら働かせ過ぎて、結局失敗の泥沼に陥ってしまっている。巨人から転出したDeNAのロペスや日ハムの大田など、水を得た魚のように伸び伸びと活躍している。一方他球団で活躍した外国人選手が巨人に入団した途端、期待外れの成績しか残していない。これらは正にそのことを如実に物語っていると言えよう。今求められるものは、夏の虫になって火に飛び込むことではなく、火を見て楽しむ余裕を持つことだ。

2018年6月 3日 (日)

数詞の三桁区切りと四桁区切り

数のケタ区切りは世界的には三ケタ区切りが一般的だが、本来日本では四ケタ区切りが主流だった。しかし、世界中どこの国を探しても、日本語の数詞ほど整然と首尾一貫して合理的な数詞は存在しない。日本では一、十、百、千、万と整然と位取りが上がる。九十九の上は十が10個で百、百が10個で千、千が10個で万と整然としている。さらに十万、百万、千万、一億、十億、百億、千億、一兆・・・と4桁ごとに位取りが上がるという整然とした理論で成り立っている。
             ◇       ◇       ◇
即ち、10の1乗=10、10の2乗=100、10の3乗=1000で、1にゼロが4個で1万(10の4乗)、ゼロが8個で1億(10の8乗・・1万の1万倍)、ゼロが12個で1兆(10の12乗・・1億の1万倍)、ゼロが16個で1京(10の16乗・・1億の1億倍)、というようにゼロが4個ずつ増えていくに従い、桁の呼びかたが変わっていく。因みに10の68乗が無量という呼び方になるが、まさに天文的数字が続くことになる。ゼロの数が多くなると(数字が多くなればなるほど)読み取りにくくなる。日本本来の数字の桁取りは4桁区切りだった。
例えば1(兆),2345(億),6789(万),0123などと4桁区切りで表示すれば、大変読みやすい。これを1,234,567,890,123と3桁区切りの表示にすれば、読み辛いこと甚だしい。

             ◇       ◇       ◇
英語の場合、基数は 1(one)~10(ten)・・だが、日本式ルールに従えば11=ten-one、12=ten-two、13=ten-three、・・、19=ten-nine、20=two-tensとなるはずだ。ところが実際は、11=Eleven、12=Twelve、13=Thirteen、・・、19=Nineteen、20=Twentyとなる。21以上になると日本式ルールに近くなり、Twenty one、22=twenty two、23=Twenty threeとなる。
11=Eleven、12=Twelveは序数(物の順序を表現する言い方で、英語の"first","second",
"third"はそれぞれ「1」「2」「3」の序数)から来ているもので、基数と序数の混在がやや複雑化させている要因だ。1000=1 thousand (10の3乗)、百万=1million (10の6乗)、10億=1billion (10の9乗)と3桁ごとに位が上がっていく。即ち西欧式は3桁区切りであり、西洋式読み方にマッチしたもの。これを日本式に読むと大変読み辛い表記方法となる。

             ◇       ◇       ◇
しかし、近年は役所やビジネスの文書でも、マスコミや学校教育でも西欧方式の3桁区切りが浸透、日本本来のソロバンでさえ3桁区切りの仕様となった。本来優れた日本式数字の表記・呼称は今や西欧式のそれに駆逐され、3桁区切りがグローバル・スタンダードとなってしまった。PCまでに組み込まれてしまい、もはや4桁区切りに戻すことは不可能だ。しかし、このことは現在日本社会においても、相通じるものがあるように思える。日本は優れた技術や業績を残すことはあっても、それが世界的標準になることは少ない。何か特別な問題を抱えているのだろうか。

 

2018年5月27日 (日)

続・名字の話 (珍名・奇名篇)

名字のことを調べてみると、難読名字、洒落の利いた名字、成り立ちが気になる名字、中には珍名・奇名など、千差万別であるところが面白い。

手始めに数字に関わる名字から
四月一日 (わたぬき)  ・八月一日(ほづみ・ほうづみ) ・五百旗頭 (いおきべ)
一寸木 (ちょっき) ・四十物 (あいもの・よそもの)  ・四十住 (あいずみ)
五十里 (いかり) ・一青 (ひとと、しとと、しともと--女性歌手がいたね)
 (いちじく)--頓智だね。  ・一口 と書いて(いもあらい)--何でだろう。
一番合戦 (いちまかせ) ・四十万 (しじま) ・七五三 (しめ)
四十八願 (よいなら・よそなら) ・廿 (つづら・はたち) ・百目鬼 (どうめき)
百目木 (どめき・どうめき) ・八十一隣 (くくり)--9×9=81だから?
・「」と書いて、(いちたらず)、百に一足りないからか、(つくも)とも。99だから?


季節・天候・風流などに関わる名字
明保能 (あけぼの) ・月見里(やまなし) ・雲母(きらら) ・天生目(なばため)
月日 (おちふり)  ・日日(ひび) ・年年(ねんねん) ・明日(ぬくい あけひ)
栗花落 (つゆ、つゆり)--栗の花が落ちる頃、梅雨入りの季節だそうで。
水流 (つる、みながれ、みずなが) ・行方 (なめかた) ・小鳥遊 (たかなし)


知り合いにいた名前です。
我那覇 (がなは) ・喜舎場 (きしゃば) ・行天 (ぎょうてん)
・瀬〆  (せしめ)  ・青天目(なばため) ・横目 (よこめ)


その他気になる名前
 (そよぎ)  ・王来王家 (おくおか)  ・先生(せんぷ、 せんじょう)
鷹左右 (たかそう) ・ (もぎき、えだなし) ・忽滑谷(ぬかりや そかつや)


めでたいけど、名前がプレッシャーに?
恋仲  ・幸運  ・宝船(ほうせん) ・国宝 ・極楽  ・寿 ・極意 ・天命


こういう名前の家に生まれたら悲劇?
名無し (ななし) ・住所 (じゅうしょ) ・珍名(ちんな) ・南蛇井(なんじゃい)
浮気 (うき、ふけ) ・金玉 (きんぎょく)  ・女陰 (めかげ)
色摩 (しかま、しきま、いろま)  ・助平 (すけへい)
三分一所 (サブイッショ)--北海道出身か?
いやはや、日本にはいろんな名前があるものですな。

2018年2月24日 (土)

迎賓館赤坂離宮を見学して

昭和37年に上京して以来、気になる存在ではあるが、全く縁がないものと思っていた「迎賓館赤坂離宮」。国は2016年度から観光振興のため、通年で一般公開することに決めた。それ以前は昭和50年から毎年接遇に支障のない時期に、限定的に館内を一般公開していたそうだ。現在は本館・主庭は当日整理券で有料入館できるようになり、今回たまたまシルバー仲間と見学する機会を持った。なお、昨年トランプ米大統領訪日の際、総理と二人で鯉に餌をやっているシーンがあったが、その和風別館はインターネットの申し込み(抽選)で、有料で見学できるそうだが、今回は残念ながら入館できなかった。

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(内閣府迎賓館赤坂離宮写真集より、本館外観)

☆【沿革】 迎賓館はかつて紀州徳川家の江戸屋敷があった広大な場所に、10年の歳月をかけて明治42年(1909)、後に大正天皇となる皇太子の東宮御所として建設された。当時の予算で500万円、現在の価値に換算すると5千億円という巨費を投じたという。当時の日本の一流建築家や美術工芸家が総力をあげて建設したもので、日本における唯一のネオ・バロック洋式の西洋風宮殿建築だった。規模ではベルサイユ宮殿とは比較にならないが、豪華で美しい内装や煌びやかな装飾などはそれを彷彿させるものがある。なお、敷地は11万7000㎡で東京ドームの約2.5倍にもなる。

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(内閣府迎賓館赤坂離宮写真集より、「花鳥の間」)

この建物は明治天皇も豪華すぎるということで敬遠し、大正天皇の東宮時代も使い勝手が悪いという理由であまり使われることがなかった。大正天皇が即位した後は離宮として扱われることとなり、その名称も赤坂離宮と改められた。戦後、国に移管され国会や行政の機関(国会図書館他)として利用されたが、GHQが接収しなかったのは、天皇家に関連する施設だったから、遠慮したのだろうか。

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(内閣府迎賓館赤坂離宮写真集より、「主庭噴水池」)

戦後10数年経って、外国の賓客を接遇するための施設の必要性が高まった。それに適合したのが「旧赤坂離宮」だった。当時の池田・佐藤の2代政権はこれを改修して迎賓館とすることに決定。こうして5年の歳月と108億円をかけて、田中角栄政権当時の昭和49年(1974)に本館、和風別館と合わせて現在の迎賓館が完成した。新装なった迎賓館の最初の国賓はアメリカのフォード大統領だった。

Dscf2409 (ネオ・バロック様式の正門)

開館以来、世界各国の国王、大統領、首相などの国賓、公賓がこの迎賓館に宿泊し、政財学界の要人との会談やレセプション、晩餐会、天皇皇后両陛下の謁見、また国賓と総理の儀仗兵の閲兵式など華々しい外交活動の舞台となっている。その他G7などの重要な国際会議の会場としても使用されている。
創建当初は、巨額予算と贅沢などの批判が起こるものだが、長い目で見れば国家の財産となり、国民の遺産ともなる。要は将来を見越した為政者の決断にかかっている。

2009年には創建当時の建造物である本館、正門、主庭噴水池等が明治維新以降の建造物としては初めて国宝に指定された。迎賓館で宿泊及び接遇ができるのは外国の元首またはこれに準じる者で、国賓として招請することを閣議決定した場合である。因みに一回の利用は一組10名までで、年10組までとのこと。
我々見学者の入館チェックは空港並みに厳しく、内部の撮影は許されていないが、一見の価値はある。(終り)

2018年1月14日 (日)

日本をダメにした政治家ランキング

◆先日ネット検索していたら、たまたま「日本をダメにした政治家 ザ・トップテン」という記事が見つかった。もともとこの種のランキングは自分なりに作ろうと思っていたので、よいタイミングだった。この記事は「たかじんのそこまで言って委員会」という番組からでてきたらしい。

第1位 村山富市(自虐史観の村山談話で慰安婦問題に禍根。自社連立政権で、
           社会党を潰したことは功績か?)
第2位 河野洋平(朝日新聞の慰安婦報道の「強制連行」でっち上げに加担)
第3位 田中角栄(元祖金権政治、政界から「徳」を奪った。功罪相半ばか?)
第4位 森 喜朗(保守を絶滅に追い込んだ失言多発症)
第5位 土井たか子(北朝鮮の拉致を擁護し続けた代弁者)
第6位 麻生太郎(総理の地位を決定的に軽くしたが、漫画・アニメで親近感造成)
第7位 安倍晋三(長期政権はそれだけで悪く言われる。不思議だ)
第8位 竹中平蔵(ハゲタカの使者の評。小泉政権における経済舵取りで実績)
第9位 小沢一郎(剛腕を演出するも、保守と革新の間をウロウロする蝙蝠政治家)
第10位 小泉純一郎(自民党をぶっ壊すと言って逆に強固にした男) 


◆政界の暴れん坊ことハマコーが選んだランキング(1993年12月)
 ・浜田幸一     ・中曽根康弘      ・竹下 登
 ・三塚 博      ・宮沢喜一       ・小沢一郎
 ・梶山静六     ・田辺 誠        ・宮本顕治


この種の選定はまさに選ぶ人個人の考え方や好みによるもので、同じ人物でも、ベストランクに入ることもあれば、ワーストランク入るすることもある。そのあたりが面白さだろうが、ここで=博さんが選ぶ日本をダメにした政治家ザ・トップテン」=を発表!

第1位:鳩山由紀夫(最低でも県外発言で、基地移転を困難に)
第2位:菅 直人(原発事故対応と経済政策の失敗、総理の資質に?)
第3位:小沢一郎(政権の私物化、政権を創っては壊す変わった趣味)
第4位:田中角栄(日本列島改造で、金が全ての価値観、決断と実行)
第5位:土井たか子(北朝鮮による拉致被害を認めようとしなかった)
第6位:河野洋平(自虐史観で韓国・中国を付けあがらせた)
第7位:不破哲三(マルクスを食い物にする男、共産党の改革の妨害者)
第8位:福島瑞穂(批判だけで、建設的な対案を示せず)
第9位:田嶋陽子(タレント政治家のいい加減さの典型。オッチョコ左翼)
第10位:田中真紀子(ただの我儘娘、政治漫談家、政治理念・政策見えず)
番 外村山富市、 森 喜朗、 小池百合子(希望の党立ち上げの失敗)

2018年1月 1日 (月)

新年のご挨拶

明けましておめでとうございます。

小田原の我が家では穏やかな新年を迎えました。
初日の出も富士山も大変綺麗です。
但し、写真は携帯からのもので、鮮明ではありませんが。


20181 
ピンクに染まった富士山(7:00AM)

20181_2 2018年元日、初日の出


さて、今年は来年の天皇退位と即位を控え、新元号が発表されます。
年号と言えば、最初の年号大化(645年)から現在の平成まで250を数えるそうですが、最も長いのが昭和の64年、次いで明治の45年、3位が室町時代の応永の35年と続き、4位がなんと平成の31年(見込み)なんだそうです。意外でした。


また今年は明治150年に当たるそうで、日本が近代化に向けて歩み始めてからわずか150年しか経っていない。そのうち昭和が64年ですから、43%は昭和という事になります。但し昭和は20年を境にそれ以前とは国の形が大きく異なることになり、歴史の転換点となりました。

私自身は明治150年の半分近くをただ生きてきただけに過ぎませんが、このブログで折に触れ「明治とはどういう時代だったのか」、「昭和とどのように関わっていくのか」などを、愚考していきたいと思っています。
今年1年、北朝鮮問題など問題が山積していますが、お互いにいい年でありたいものですね。

2017年11月14日 (火)

はじめてのコーヒーの味

コーヒーをはじめて飲んだのは、昭和34年(1959)、16歳の時だった。当時我が家では紅茶やココア、カルピスなどを飲むことはたまにあったが、コーヒーを飲むことはなかった。それもそのはずで、戦後コーヒー豆の輸入が再開されたのは1950年(昭和25)のことで、実に8年ぶりのことだったという。量も少なく、一般の人が口にすることは多くはなかったようだ。コーヒー豆の輸入が全面自由化になったのはそれから10年後、1960年のことで、この年多くのメーカーがインスタントコーヒーの製造を開始、翌年には全面自由化となって内外のメーカーが入り乱れてインスタントコーヒーブームが起こった。

つまり、コーヒー豆が完全自由化される前後にようやく口にしたということになる。これにはちょっとしたエピソードがある。高校に進学して半年ほど経つ頃のことだった。今や「世界の新三大夜景」として有名な長崎の稲佐山展望台だが、ロープウェイは昭和34年10月に開業している。通学途中にその麓の駅があった。この麓の駅は神社の境内にあり、鳥居をくぐって数10段の階段をあがったところにあった。中学・高校と毎日この鳥居の前を歩いて通学した。
Dscf1770_2 稲佐山展望台

Dscf1771_2 展望台から市街を望む

ロープウェイが完成して間もなく、通学途中で、この階段を上っていく可愛い女の子と出会った。その子は階段の途中で振り返ってニッコリ笑い、軽くお辞儀した。はて、誰だったか?翌日も、次の日も続いた。そして思い切って話しかけてみた。なんと、中学3年時の同級生だった。軽くお化粧し、すっかり垢抜けして見違えるほどだった。女の子から女の娘(こ)に脱皮したように、恥ずかしそうに微笑んだ。

しばらくして休みの日に、親父を誘ってロープウェイに初乗りした。展望台のレストランには期待通り彼女がいた。可愛いウェイトレスの服に身を包み、オーダーを聞くために傍にきた。ここでちょっぴり大人っぽく振舞おうと飲んだこともないコーヒーを注文した。運ばれてきたコーヒーを一口飲んで、驚いた。独特の豊かな香りに、芳醇な味、コクのある風味というのだろうか、これぞ大人の味だと思った。その後何年かたってブルーマウンテンを飲んだ時にあの時の味に近いと思った。しかし、稲佐山展望台で初めて飲んだコーヒーに勝る味にお目にかかったことはない。それから彼女に会う機会はプッツリ途絶え、晩年になって開かれた中学校の同窓会でもその消息を耳にすることはなかった。

ついでながら、そのことがあった翌年あたり、1961年から62年にかけて、西田佐知子が歌った「コーヒールンバ」が大ヒットした。原曲は1958年、コーヒーをモチーフにした「モリエンド・カフェ」(コーヒーを挽きながら)で、ベネズエラで生まれた。日本版ではアラブの坊さんとあわれな男の話に変わっているが、コーヒーの不思議な味を軽快なテンポで歌っており、稲佐山展望台のコーヒーの味とともに忘れられない曲となった。


   「コーヒールンバ」    歌:西田佐知子   作詞;中沢清二

♪昔アラブの偉いお坊さんが 恋を忘れた あわれな男に
 しびれるような 香りいっぱいの こはく色した 飲み物を教えてあげました
 やがて心うきうき とっても不思議 このムード
 たちまち 男は 若い娘に 恋をした
 コンガ マラカス 楽しいルンバのリズム 南の国の情熱のアロマ
 それは素敵な 飲み物 コーヒー・モカマタリ
 みんな陽気に飲んで踊ろう 愛のコーヒールンバ♪

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2017年10月16日 (月)

秋の夜長に-お酒に纏わる名言・迷言

秋の長雨が続いている。めっきり寒くなった。朝晩は「暖」が恋しくなる。
だがまだ10月。炬燵を出すにはちと早かろう。日本酒が美味しくなる季節だ。
今夜はビールを止めてお酒にするか。お酒に纏わる名言・迷言を並べてみた。


・お酒飲む人 花ならつぼみ 今日もさけさけ 明日も咲け
・酒飲みは 奴豆腐に さも似たり はじめ四角で 末はぐずぐず
・酒は酔うためのものです。他に功徳はありませぬ。 
(太宰治)
・安い酒でも楽しく飲めれば美味い酒。 高い酒でも寂しく飲めば不味い酒。
・酒は百薬の長なり。されど万病の元なり。  
(兼好法師)

・この盃を受けてくれ どうぞなみなみ注がしておくれ
  花に嵐の例えもあるぞ さよならだけが人生だ  
(井伏鱒二)
・老人:「お前はなぜそんなに酒を飲むのだ?」  男:「忘れるためさ」
  老人:「何を忘れたいのだ?」  男:「忘れたよ そんなことは」
・酒に罪はない。 泥酔する人間に罪がある。
・酒を飲むのは 時間の無駄。飲まないのは人生の無駄。


・避けがたいのは酒     ・「こんなの米と水ですよ~」
・酒飲みの人生 前半は肝臓を苦しめ、後半は肝臓に苦しめられる。
・酒を飲めない人は人生の半分を無駄にしている。
  酒を飲む人は人生の大半を無駄にしている。  
(悪魔の辞典より)
・「酔っ払い」とは、ウィスキーの瓶のようなものである。首と腹だけで頭がない。
・酒が不味くなる迷言:「俺の酒が呑めねえのか」


・「天国よいとこ 一度はおいで 酒はうまいし 姉ちゃんは綺麗だ」
・オヤジ:「こんなに顔がいくつもあるような化け物に身代が渡せるか」
 息子:「俺だってこんなにグルグル回るような家など、要らねえよ」
(落語::親子酒)
・酒を飲むやつはとんでもない ろくでなしだ。
  酒を飲まない奴はそのろくでなしからもろくでなしと言われるろくでなしだ。
・恋人は一瓶のワインであり、妻はワインの空き瓶である。
 (ボードレール)
・酒の害は酒が毒だからでなく、素晴しいが故につい飲み過ぎるからだ
。(リンカーン)

・春は夜桜 夏には星 秋に満月 冬には雪。 それで十分酒は美味い。
  それでも不味いのなら それは自分自身の何かが病んでいる証しだ。
・酒は楽しい時に飲むものだ。悲しい時に飲んではいけない。
  ヤケ酒は酒を造ったものに対して失礼である。
  但し、例外をひとつだけ認めよう。それは愛するものを失った時だ。
・ある哲学者の言:本に酒は体に悪いと書いてあったので、私は読書を止めた。


Photo最後はやっぱりこの歌で締めよう。

 白玉の 歯にしみとほる 秋の夜の
     酒はしづかに飲むべかりけり

                        (若山牧水)

  


 

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