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日記・コラム・つぶやき

2018年1月14日 (日)

日本をダメにした政治家ランキング

◆先日ネット検索していたら、たまたま「日本をダメにした政治家 ザ・トップテン」という記事が見つかった。もともとこの種のランキングは自分なりに作ろうと思っていたので、よいタイミングだった。この記事は「たかじんのそこまで言って委員会」という番組からでてきたらしい。

第1位 村山富市(自虐史観の村山談話で慰安婦問題に禍根。自社連立政権で、
           社会党を潰したことは功績か?)
第2位 河野洋平(朝日新聞の慰安婦報道の「強制連行」でっち上げに加担)
第3位 田中角栄(元祖金権政治、政界から「徳」を奪った。功罪相半ばか?)
第4位 森 喜朗(保守を絶滅に追い込んだ失言多発症)
第5位 土井たか子(北朝鮮の拉致を擁護し続けた代弁者)
第6位 麻生太郎(総理の地位を決定的に軽くしたが、漫画・アニメで親近感造成)
第7位 安倍晋三(長期政権はそれだけで悪く言われる。不思議だ)
第8位 竹中平蔵(ハゲタカの使者の評。小泉政権における経済舵取りで実績)
第9位 小沢一郎(剛腕を演出するも、保守と革新の間をウロウロする蝙蝠政治家)
第10位 小泉純一郎(自民党をぶっ壊すと言って逆に強固にした男) 


◆政界の暴れん坊ことハマコーが選んだランキング(1993年12月)
 ・浜田幸一     ・中曽根康弘      ・竹下 登
 ・三塚 博      ・宮沢喜一       ・小沢一郎
 ・梶山静六     ・田辺 誠        ・宮本顕治


この種の選定はまさに選ぶ人個人の考え方や好みによるもので、同じ人物でも、ベストランクに入ることもあれば、ワーストランク入るすることもある。そのあたりが面白さだろうが、ここで=博さんが選ぶ日本をダメにした政治家ザ・トップテン」=を発表!

第1位:鳩山由紀夫(最低でも県外発言で、基地移転を困難に)
第2位:菅 直人(原発事故対応と経済政策の失敗、総理の資質に?)
第3位:小沢一郎(政権の私物化、政権を創っては壊す変わった趣味)
第4位:田中角栄(日本列島改造で、金が全ての価値観、決断と実行)
第5位:土井たか子(北朝鮮による拉致被害を認めようとしなかった)
第6位:河野洋平(自虐史観で韓国・中国を付けあがらせた)
第7位:不破哲三(マルクスを食い物にする男、共産党の改革の妨害者)
第8位:福島瑞穂(批判だけで、建設的な対案を示せず)
第9位:田嶋陽子(タレント政治家のいい加減さの典型。オッチョコ左翼)
第10位:田中真紀子(ただの我儘娘、政治漫談家、政治理念・政策見えず)
番 外村山富市、 森 喜朗、 小池百合子(希望の党立ち上げの失敗)

2018年1月 1日 (月)

新年のご挨拶

明けましておめでとうございます。

小田原の我が家では穏やかな新年を迎えました。
初日の出も富士山も大変綺麗です。
但し、写真は携帯からのもので、鮮明ではありませんが。


20181 
ピンクに染まった富士山(7:00AM)

20181_2 2018年元日、初日の出


さて、今年は来年の天皇退位と即位を控え、新元号が発表されます。
年号と言えば、最初の年号大化(645年)から現在の平成まで250を数えるそうですが、最も長いのが昭和の64年、次いで明治の45年、3位が室町時代の応永の35年と続き、4位がなんと平成の31年(見込み)なんだそうです。意外でした。


また今年は明治150年に当たるそうで、日本が近代化に向けて歩み始めてからわずか150年しか経っていない。そのうち昭和が64年ですから、43%は昭和という事になります。但し昭和は20年を境にそれ以前とは国の形が大きく異なることになり、歴史の転換点となりました。

私自身は明治150年の半分近くをただ生きてきただけに過ぎませんが、このブログで折に触れ「明治とはどういう時代だったのか」、「昭和とどのように関わっていくのか」などを、愚考していきたいと思っています。
今年1年、北朝鮮問題など問題が山積していますが、お互いにいい年でありたいものですね。

2017年11月14日 (火)

はじめてのコーヒーの味

コーヒーをはじめて飲んだのは、昭和34年(1959)、16歳の時だった。当時我が家では紅茶やココア、カルピスなどを飲むことはたまにあったが、コーヒーを飲むことはなかった。それもそのはずで、戦後コーヒー豆の輸入が再開されたのは1950年(昭和25)のことで、実に8年ぶりのことだったという。量も少なく、一般の人が口にすることは多くはなかったようだ。コーヒー豆の輸入が全面自由化になったのはそれから10年後、1960年のことで、この年多くのメーカーがインスタントコーヒーの製造を開始、翌年には全面自由化となって内外のメーカーが入り乱れてインスタントコーヒーブームが起こった。

つまり、コーヒー豆が完全自由化される前後にようやく口にしたということになる。これにはちょっとしたエピソードがある。高校に進学して半年ほど経つ頃のことだった。今や「世界の新三大夜景」として有名な長崎の稲佐山展望台だが、ロープウェイは昭和34年10月に開業している。通学途中にその麓の駅があった。この麓の駅は神社の境内にあり、鳥居をくぐって数10段の階段をあがったところにあった。中学・高校と毎日この鳥居の前を歩いて通学した。
Dscf1770_2 稲佐山展望台

Dscf1771_2 展望台から市街を望む

ロープウェイが完成して間もなく、通学途中で、この階段を上っていく可愛い女の子と出会った。その子は階段の途中で振り返ってニッコリ笑い、軽くお辞儀した。はて、誰だったか?翌日も、次の日も続いた。そして思い切って話しかけてみた。なんと、中学3年時の同級生だった。軽くお化粧し、すっかり垢抜けして見違えるほどだった。女の子から女の娘(こ)に脱皮したように、恥ずかしそうに微笑んだ。

しばらくして休みの日に、親父を誘ってロープウェイに初乗りした。展望台のレストランには期待通り彼女がいた。可愛いウェイトレスの服に身を包み、オーダーを聞くために傍にきた。ここでちょっぴり大人っぽく振舞おうと飲んだこともないコーヒーを注文した。運ばれてきたコーヒーを一口飲んで、驚いた。独特の豊かな香りに、芳醇な味、コクのある風味というのだろうか、これぞ大人の味だと思った。その後何年かたってブルーマウンテンを飲んだ時にあの時の味に近いと思った。しかし、稲佐山展望台で初めて飲んだコーヒーに勝る味にお目にかかったことはない。それから彼女に会う機会はプッツリ途絶え、晩年になって開かれた中学校の同窓会でもその消息を耳にすることはなかった。

ついでながら、そのことがあった翌年あたり、1961年から62年にかけて、西田佐知子が歌った「コーヒールンバ」が大ヒットした。原曲は1958年、コーヒーをモチーフにした「モリエンド・カフェ」(コーヒーを挽きながら)で、ベネズエラで生まれた。日本版ではアラブの坊さんとあわれな男の話に変わっているが、コーヒーの不思議な味を軽快なテンポで歌っており、稲佐山展望台のコーヒーの味とともに忘れられない曲となった。


   「コーヒールンバ」    歌:西田佐知子   作詞;中沢清二

♪昔アラブの偉いお坊さんが 恋を忘れた あわれな男に
 しびれるような 香りいっぱいの こはく色した 飲み物を教えてあげました
 やがて心うきうき とっても不思議 このムード
 たちまち 男は 若い娘に 恋をした
 コンガ マラカス 楽しいルンバのリズム 南の国の情熱のアロマ
 それは素敵な 飲み物 コーヒー・モカマタリ
 みんな陽気に飲んで踊ろう 愛のコーヒールンバ♪

Photo


2017年10月16日 (月)

秋の夜長に-お酒に纏わる名言・迷言

秋の長雨が続いている。めっきり寒くなった。朝晩は「暖」が恋しくなる。
だがまだ10月。炬燵を出すにはちと早かろう。日本酒が美味しくなる季節だ。
今夜はビールを止めてお酒にするか。お酒に纏わる名言・迷言を並べてみた。


・お酒飲む人 花ならつぼみ 今日もさけさけ 明日も咲け
・酒飲みは 奴豆腐に さも似たり はじめ四角で 末はぐずぐず
・酒は酔うためのものです。他に功徳はありませぬ。 
(太宰治)
・安い酒でも楽しく飲めれば美味い酒。 高い酒でも寂しく飲めば不味い酒。
・酒は百薬の長なり。されど万病の元なり。  
(兼好法師)

・この盃を受けてくれ どうぞなみなみ注がしておくれ
  花に嵐の例えもあるぞ さよならだけが人生だ  
(井伏鱒二)
・老人:「お前はなぜそんなに酒を飲むのだ?」  男:「忘れるためさ」
  老人:「何を忘れたいのだ?」  男:「忘れたよ そんなことは」
・酒に罪はない。 泥酔する人間に罪がある。
・酒を飲むのは 時間の無駄。飲まないのは人生の無駄。


・避けがたいのは酒     ・「こんなの米と水ですよ~」
・酒飲みの人生 前半は肝臓を苦しめ、後半は肝臓に苦しめられる。
・酒を飲めない人は人生の半分を無駄にしている。
  酒を飲む人は人生の大半を無駄にしている。  
(悪魔の辞典より)
・「酔っ払い」とは、ウィスキーの瓶のようなものである。首と腹だけで頭がない。
・酒が不味くなる迷言:「俺の酒が呑めねえのか」


・「天国よいとこ 一度はおいで 酒はうまいし 姉ちゃんは綺麗だ」
・オヤジ:「こんなに顔がいくつもあるような化け物に身代が渡せるか」
 息子:「俺だってこんなにグルグル回るような家など、要らねえよ」
(落語::親子酒)
・酒を飲むやつはとんでもない ろくでなしだ。
  酒を飲まない奴はそのろくでなしからもろくでなしと言われるろくでなしだ。
・恋人は一瓶のワインであり、妻はワインの空き瓶である。
 (ボードレール)
・酒の害は酒が毒だからでなく、素晴しいが故につい飲み過ぎるからだ
。(リンカーン)

・春は夜桜 夏には星 秋に満月 冬には雪。 それで十分酒は美味い。
  それでも不味いのなら それは自分自身の何かが病んでいる証しだ。
・酒は楽しい時に飲むものだ。悲しい時に飲んではいけない。
  ヤケ酒は酒を造ったものに対して失礼である。
  但し、例外をひとつだけ認めよう。それは愛するものを失った時だ。
・ある哲学者の言:本に酒は体に悪いと書いてあったので、私は読書を止めた。


Photo最後はやっぱりこの歌で締めよう。

 白玉の 歯にしみとほる 秋の夜の
     酒はしづかに飲むべかりけり

                        (若山牧水)

  


 

2017年9月20日 (水)

死後の世界は存在するか(後)

◆人は何故、亡くなったら葬儀をし、お墓を建て、命日やお彼岸に墓参するのか。宗教や風習の違いはあっても基本的には同様のパターンを辿る。ひとつには死者との生前の関りにもよるが(肉親であれば猶のこと)、死者とのお別れの儀式であり、けじめをつける儀式が葬式に他ならない。しかし死んだ人にはその思いは届かない。(死後の世界はないのだから)。その意味するところは送る側の精神的追慕の念であったり、死者の功績に対する敬意の現われであったり、生前世話になった御礼、もしくは自己の精神的充足や世間体等様々な要因が考えられる。

◆式を執り行うためにはその道の専門家である僧侶、牧師、さらには葬儀屋等に頼ることになる。最近問題になっているのが、僧侶に対する布施や戒名の高額化、葬儀費用の高騰、墓地購入・建立の困難さなど、葬儀は金銭問題にも転化していることである。そこで、その反動として質素な家族葬を行い、墓地は建物内の小さな区分所有、埋葬は樹木葬、海洋散骨など自然葬が増えてきている。むしろ地方で檀家を引き継いだ世代ほど苦慮しているという話も聞く。

◆ではお墓は何のために建てるのか。それはその人がこの世に生きていた証を表すために建てるものだ。さらに故人の霊(敢えてこの言葉を使う)に向かってお参りするためにも、形がなくてはならない。それがお墓だ。ところが近年の傾向だが、地方に実家があり、お墓もあるが、子供たちは皆実家を離れ、遠いところに生活の拠点を置いた場合、子供の代まではいろいろな機会を利用して墓参りを行う。ところが年月が経ち老齢化が進むと墓参りも次第に困難になる。孫の世代になるといよいよ足が遠くなり、50年も経てば誰もお墓を見なくなる。そうして墓石だけが山のように積まれて風化していく。このため子供が近くにお墓を引っ越す動きもあるが、要は100年も経てば墓石は無用の産物となってしまう。

◆ただ、例外的に200年経っても300年経っても参拝者が後を絶たないお墓もある。それは後世に名を残した歴史上の人物や、所謂偉人と言われる人達の墓だ。こうした歴史的に価値のある墓は残していくべきだし、これからも名を残したい人物の墓は必要だろう。自分のような凡人の墓は故人の遺志や遺族の意思があれば別だが、無理に作る必要はないというのが自分の考えだ。ついでながら葬式は質素な家族葬、僧侶・戒名は不要、自然葬だからお墓も不要(遺骨は自然界に帰すから)。その大きな理由は「死後の世界は存在しない」からだ。また、お墓を造れば残された遺族の負担にもなるから、それは避けたいという思いがある。

◆前段で取り上げた米・カリフォルニア工科大学のシーン・キャロル教授だが、決して頭から宗教や信仰を否定しているわけではなく、新たな段階の議論が始まることを期待しているという。即ち「死後の世界を信じるためには物理学の標準モデルを超えた理論が必要になる」という。宗教と科学の関係はこれまでとは異なる新たなステージで話し合われるべきであり、人間と意識がどのように機能しているか、もっと興味深い研究分野が拓ける。むしろ、超新科学がスピリチュアルを説明する可能性があると主張している。そういえば今週はお彼岸だ。明日にでもお墓参りしてくるか。

Photo

2017年9月18日 (月)

死後の世界は存在するか(前)

◆「人は死んだらどうなるか」、「死後の世界は存在するか」・・・人類始まって以来の永遠の課題である。この問題に米・カリフォルニア工科大学の物理学者で宇宙学者でもあるシーン・キャロル教授は、物理学の法則を広範に研究した結果、死後の世界にまつわる議論に自ら終止符を打った。その結論とは死後の世界は存在しないということだった。

◆古来より多くの宗教によって「死後の行き先」の存在が示され、「死後の世界」はもはや前提となっている。死者を弔う儀式、いわゆる葬式も多くの場合、死者を次の世界へ「送る」というコンセプトで執り行われている。それは人間の死生観に基づくものであり、そこに道徳・宗教・哲学が入り込む余地が生まれる。死後の世界は誰も見たことがない故、人間の想像が生んだ産物であり、結論はあって無きようなものだ。しかし、キャロル教授によれば死後の世界が存在するということは、「脳内の情報を死亡後に維持する」ということであり、それは不可能であると結論づけた

◆即ち、「日々の出来事の基礎となる物理学の法則は完全に理解されており、すべての出来事は可能性の範囲内で起こっている」、「もし死後の世界が存在するのであれば、我々の”意識”が肉体から完全に分離できるものでなければならないが、物理学の見地からそれは不可能である」という。さらにキャロル教授によれば我々の意識もまた究極的には原子と電子の組み合わせによる現象である。そして宇宙の基本法則は、我々の肉体的な死後に肉体から分離した要素の存在を許さないということだ。

◆キャロル教授がその主張の論拠としているのが「場の量子論」である。どのような粒子やエネルギーも一定の”場所”を占めているとする考え方だ。光子であれ電子であれ、質量がないように思われる最小構成要素にも自分だけのテリトリーがあるということになる。したがってもし「死後の世界」があるならば、場の量子論的には死後の世界や魂の”場所”がなければならないということになる。しかしそのようなスピリチュアル(精神的な、霊的な)場所はこの宇宙に存在しないという。場の量子論を含む物理法則の観点からは、死後に肉体から何らかの要素が分離して生き延びる方法も場所もないということになる。

◆自分はこのネット情報を読んで、普段漠然と思っている疑問がスッキリした感じがした。人は死ねば一般的に火葬され、骨や灰の9割は炭素となって埋葬される。他の殆どの元素は気体になって蒸散してしまう。即ち宇宙に溶け込んでしまうのだ。スピリチュアルなものでない単なる元素や素粒子として。しかし、人は死後の世界は存在しないと解っても葬儀、埋葬、供養等の長年馴染んだ習慣とは簡単に縁が切れるものではない。後段ではその部分に焦点を当てて考えてみたい。(続く)

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2017年8月29日 (火)

ハウステンボスの「変なホテル」に宿泊

夏休みの家族旅行の一環で、長崎ハウステンボスに隣接する話題の「変なホテル」に泊まった。チェックイン・カウンターの真ん中には美女が、両隣には恐竜のロボットがそれぞれテレビで見た通り並んでおり、「いらっしゃいませ」と声をかける。美女にはドギマギするので、一方の恐竜のカウンターで受け付けするが、若い人達のようにはスムースにいかず、結局係員を呼ぶ羽目に。

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このホテル2年前にオープンしたが、ロボットが受付するということで当時大変注目を集めた。人手を省力化して、極力ロボットに任せようというコンセプトらしいが、すでに今年の3月には浦安に、8月には愛知県蒲郡に3店目をオープンさせるなど人気は高まっているようだ。しかし、若い世代や子供たちはすぐに溶け込みやすいが、シニア世代は予めよく調べるなり、説明を受けていないといきなり行ったのでは戸惑うことばかり。室内にはかわいい(?)案内ロボット「チューリーちゃん」がいるが、声をかけ、時折相手をしてやらないとだんだん不機嫌になる。なんでわざわざ佐世保くんだりまで出かけ、ロボットのご機嫌をとらなくちゃなんないのか、こっちの方が不機嫌になる。

部屋は2階建て、12室の棟が7~8棟、アパートのような、ロッジのような、リゾートホテルというにはやや狭いし、都会のビジネスホテルに毛が生えたようなもので、設備面では料金と対比してやや不満が残る。
朝食は独立したレストラン棟「オーラ」で、ビュッフェ形式。こんなに泊まっていたのかと思うくらい続々人が集まる。中では中国語が飛び交い賑わっている。地元長崎の食材や郷土料理なども並び、食事はGoo!ガラス部屋の野菜工場では、レタスや葉物などが生き生きとした姿を見せ、新鮮な取り立て野菜が食せるようになっている。
しかし、ホテルや旅館はサービス業の最たるもの人と人との繋がりがあってこそのサービス業だろう。ロボットに委ねようという発想も、分からなくもないが、やはり「変なホテル」であることに変わりはない。


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長崎稲佐山展望台レストランより、世界三大夜景を見る。

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ハウステンボス、光のページェントの中、運河を航行する。

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奥の方に発売当時1億円した分譲住宅が並ぶ。運河に面した自分の家の庭にはkルーザーやヨットが停泊できる。
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大村湾の出口、針尾瀬戸に架かる西海橋。小学6年(1955年)に完成し、その年、見物に出かけた記憶がある。現在はこの橋に並行して新西海橋ができていた。干潮満潮の動きで渦潮ができ眺望スポットになっている。

2017年8月13日 (日)

史上最強内閣‥夏の夜の夢

政治の劣化が叫ばれてから久しい。8月3日、安倍総理は内閣を断行し、支持率は幾分持ち直したものの、改造の成果が表れるのはこれから。仕事師内閣の本領が問われるところだ。「夏の夜の夢」というシェークスピアの喜劇があるが、真夏の夜のひと時、夢見ながら時空を超えて「これぞ史上最強の内閣」というものを思い描いてみた

内閣総理大臣       聖徳太子
財務金融大臣       徳川吉宗
総務大臣女性活躍    北政所
(秀吉の正室・寧々殿)

法務大臣          大岡越前守
外務大臣          勝海舟
文部科学大臣       新渡戸稲造
厚生労働大臣       光明皇后
農林水産大臣       二宮尊徳
(金次郎)

経済産業大臣       渋沢栄一
国土交通大臣       岩崎弥太郎
環境大臣少子化担当   与謝野晶子
防衛大臣          西郷隆盛
官房長官          大久保利通
国家公安防災担当    長谷川平蔵
(別名鬼平)

沖縄北方担当       高田屋嘉兵衛
経済再生行政改革    上杉鷹山
科学技術地方創生    平賀源内


【記者席寸評】
・「聖徳太子の総理大臣はどなたも異存ないでしょう。名前に『徳』 が表れています」・「官房長官の大久保利通は実務派で、睨みが効きそうですね。しかしその大久保と防衛大臣の西郷が旨くやっていけるか心配です」・「財務大臣の徳川吉宗は質素倹約が持ち味ですから、膨大な国の借金を減らすには適任者ですね」・「経済関係閣僚の渋沢、岩崎、上杉鷹山、二宮尊徳あたりは大いに期待が持てそうです」・ 「科学技術地方再生の平賀源内、沖縄北方担当の高田屋嘉兵衛も面白い存在ですな」・「女性大臣に北政所、光明皇后、与謝野晶子の三人が選ばれました。それぞれ持ち味を発揮すれば素晴らしい内閣になるでしょう」・「この聖徳太子内閣は全体として重厚しかも皇室から、将軍、官僚、学者、商人など多士済々、まさに史上最強の内閣と言っていいんじゃないでしょうか」・「他に意見があったらどうぞ」

2017年7月22日 (土)

星影の話

♪月なきみ空に きらめく光 嗚呼その星影 希望のすがた♪ 「星の界(よ)」、
星影やさしく またたくみそら あおぎてさまよい こかげを行けば♪ 「追憶」、
星影さやかに 静かに更けぬ 集いの喜び 歌うはうれし♪ 「星影冴やかに」、
また、演歌「星影のワルツ」、「星影の小径」etc. 星影という言葉は歌や詩などでよく耳にする。だが、「星影」って何だろう。星の影? 星に影があるのか? 辞書を引くと「星の光、ほしあかり」とあり、用例として「星影の明るい夜、またたく星影」などと使われる。国立天文台 渡部潤一教授はコラム「星空の散歩道」の中で「星影とは古い言葉で、『星の光』を意味します。光があるところには必ず影がありますから、その連想で星影=星の光という言葉が生まれたのでしょう」と書いている。


Photoところで、同氏は地球上の物体に影を生じさせる天体は、太陽、そして金星、さらになんと天の川の四つだけだという。確かに月は満月の澄み切った夜に自分の影をはっきりと地面に映し出したことを体験している。
金星は太陽と月を除けば最も明るい天体だ。「明けの明星の場合は、夜明け前の暗いとき、地平線から上がったばかりの頃、宵の明星の場合は逆に夕闇が消えて、西の地平線に沈みかけた頃、それぞれ白い紙の上に手をかざしてみると、金星の光で影ができているのがわかる」という。都会では無理だろうが、何もない自然の中で試してみる価値はありそうだ。

さて、もう一つの天体天の川は最近では見ること自体難しい状況であるが、子供の頃九州の西の片隅でも空気の澄んだ夜にははっきりと見ることができた。光害がなく、透明度が高い夜空が見えるところでは天の川の光で、地面に自分の影ができるそうだ。と言っても我が国では無理のようで、南半球のオーストラリアの原野で見られたという体験を渡部教授はコラムに書いている。

「天の川の中でも最も明るい部分は、夏に見えるいて座の方向。いて座の方向とは天の川銀河の中心部で、凸レンズ状の最も厚い部分だ。2000億個もの星の大集団『天の川銀河』を横から見たもので、その方向が太く明るく見えるという。いて座は南半球の中緯度では頭の真上にやってくるから、確かに影は作りやすい。天の川が真上に来るような場所では影ができるのも不思議ではない」という。

さらに続けて、「オーストラリアの中心部、アウトバックと呼ばれる乾燥地帯に出かけた。地平線までほとんど減光のない透明度の高い夜空に、深夜になると天の川の中心部、いて座が真上にやってきた。すると、あたりはほのかに明るくなっていった。白いシートの上に立つと、ぼんやりとした自分の影が銀河の中心と反対方向にできているのがわかった。手をかざして動かすと、それにつれてぼんやりとした手の影が動くのが見えた。確かに天の川で影ができたのです。」(要旨)と書いている。あんなかすかな星明りで影ができる。まさにこれこそ正真正銘の星影だ。
(参考:国立天文台教授 渡部潤一氏のコラム「星空の散歩道」より「星影を楽しむ」)

2017年7月11日 (火)

梅雨明け間近

◆梅雨明けを思わせるような、真夏の陽射しが二日続けて降り注いだ。そう言えば、昨日の朝(7/10)、今年初めてセミの鳴き声を聞いた。去年は11日に初鳴きを聞いている。去年より1日早まったことになるが、それだけ温暖化が進んでいるのだろうか。カラーっと晴れているようで、ムシムシした湿気は居座っている。梅雨はまだ明けていない証拠だろう。

◆北部九州の福岡県と大分県に跨る地域で、集中豪雨の被害が凄まじい。遠く離れた有明海で遺体が発見されるなどあまりにも痛ましい。近年、茨城県常総方面、広島県などの集中豪雨のように毎年のように大災害が発生しているが、水害に限らず、地震、津波、台風、大火事、竜巻など日本に住んでいる限り、どこにいても災害に襲われる危険性と隣り合わせだ。これだけはどうすることもできない宿命と諦めるしかないのだろうか。

◆鴨長明の方丈記の一節を読み返す。日本民族は遊牧民や石造りの家に住む民族とは全く異なるイメージの棲家に住んでいる。当時の日本の住居の災害時の弱さは、はかないイメージそのものだが、現在でも大災害の前には大差はないといってよいだろう。長明は大火、辻風(竜巻)、飢饉、地震などの災害を経験している。棲家のはかなさを感じるのであれば、堅固な家に住めばよいわけだが、長明は一丈四方(四畳半の広さ)、つまり方丈の庵に閑居し、安静を得た。人の命のはかなさは水の泡のようなものだと、はかなさに徹する美学を実践した。すべての執着を捨ててしまえば怖いものはないのかもしれないが・・・。

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