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スポーツ

2017年6月12日 (月)

巨人もう少しで新記録、残念!(下)

【選手について②】 ☆巨人の場合、即戦力を求めて、ドラフト以外にピークを過ぎた選手をやたら連れてくる。それらが期待通り活躍すればよいが、巨人という独特の雰囲気に呑まれてなかなか思うように働かない。むしろ若手のチャンスの芽を奪っている感すらある。ファームの選手がようやく一軍に上がったとしても、少ないチャンスに結果が出せなければすぐに二軍落ち。この繰り返しだから若手がなかなか育たない。球団カラーとして紳士的であることが求められる。これも野武士的な集団と対峙した時に精神的弱さを露呈する一因でもあるのではないか。
他球団に比べて外国人選手の成績が、平均より劣っているように見える。これはスカウトの能力差ではないのか。その証拠に他球団で活躍した外国人選手をFA、その他で獲得するケースが多くみられる。日本での実力が目に見えているので、ある程度安心という意味があるのだろう。巨人の外国人選手で記憶に残る選手はクロマティぐらいか。外国人選手のスカウト能力向上も大きな課題だ。

【応援するファンについて】 巨人ファンの応援態度は紳士的で大人しく、買っても負けても、黙々と応援に詰めかける。大量に。これが必要以上に選手にプレッシャーを与え、ここ一番で力が入りすぎ、結果に結びつかない。逆にどんな場合にもファンはついてきてくれるという安心感があり、選手を甘えさせていることに繋がっているのではないか。結局、巨人ファンが巨人をだめにしていると言えるのかもしれない。かつて王監督はダイエー監督時代、ファンから卵をぶつけられたことがあった。そこまで熱狂するのもどうかと思うが、選手にもう少し厳しくてもよい。

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【最後に】 巨人はいったん落ちるところまで落ちた方が良い。そして球団首脳部を一新するところから出直すべきだ。過去の栄光は捨て、中長期的な眼で球団の戦略を打ち立てるところから始めるべきだ。その戦略に沿ったチーム作りから初め、監督(生え抜きにとらわれず、人心掌握に長け、確とした野球観を持ち、理論と実践を兼ね備えた優れた人材)を抜擢し、いったん決めたら全権を委ねて任すべきだ。さらに選手育成に実績あるコーチ達を集め、短期・中期の目標を定めて戦力UPを図り、コーチの評価も客観的に実施すべきだ。
巨人軍終生名誉監督の長嶋茂雄氏は引退セレモニーで述べた。「我が巨人軍は永久に不滅です」と。(終り)

巨人もう少しで新記録、残念!(上)

◆巨人が13連敗と球団ワースト記録を更新した。やっと連敗を脱したと思ったら、また2連敗。どうせなら連敗を続けて新記録を作ったらと思ったのが・・。
連敗期間中の低迷ぶりを見るにつけ、まるで勝つ気がしなかった。「打てない、投げれない、守れない、チャンスに弱く、ピンチにもろい、やることなすこと空回り・・」まるで何かに脅えているのか委縮しているようだ。逆に対戦相手の伸び伸びとした溌剌な動きばかりが目に付く。負の連鎖とはこういうことを言うのだろう。


◆こうした現状に素人の意見など歯牙にもかけないだろうが、60年来のファンの一人として、どうしてもこれだけは言っておきたい。
【監督について】 野球は選手がやるものであるが、団体スポーツである以上、チームの指揮官である監督の裁量は大きなウェイトを占める。巨人は伝統的に名選手・人気選手を監督に起用するが、名選手イコール名監督とは限らない。9連覇を遂げた川上監督は例外で、長嶋、王、原監督らは名選手ながら監督の苦節も経験して、一応の実績を上げた。

しかし、古くは巨人を追われた三原、広岡、森祇昌監督らは智謀・知将と言われたように弱小球団を率いて優勝できる強豪球団に育てあげた。人気は二の次でも、将として優れた才能のあるものを見出し、抜擢することが必要だ。時に球団首脳部と意見の衝突はあっても、大きく受け止める度量が求められる。現役時代の人気と球団好みの紳士的キャラだけの監督ではこの低迷は当分続くだろう。生え抜き主義にこだわるのもよいが、他に広く人材を求める大胆な発想があってもよい。由伸監督の暗い顔を見ていると、球団、監督お互いに不幸さえ感じる。

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【選手について①】 ドラフト制度が発足して半世紀以上経った。この間戦力が均衡化して優勝経験のないチームはなくなった。クジによる運・不運ということもあるが、長い目で見れば選手の能力を見出すスカウトの眼力、獲得した選手の才能を引き出す育成力の差が如実に表れてくる。広島などはもっとも成功している例だろう。総じて他球団の選手は、のびのびと思いのままやっているように見え、巨人の選手は見えない糸に縛られて、委縮してしまっているように見える。(続く)

2017年3月19日 (日)

博さんが選ぶプロ野球史上最強ベストメンバー

内外ともにいやなニュースばかりで、気が滅入っちゃいそうですが、こういうときはスポーツが一番。WBC小久保JAPANは期待以上に頑張っていますね。下馬評ではイマイチでしたが、いざ本番となると、予選一次リーグ、二次リーグとも無傷の6連勝。全員野球のサムライ魂がヒシヒシと感じられます。

いよいよ敵地アメリカに乗り込んで、最後の決戦。応援に力が入るのは日の丸を背負っているからでしょうか。アメリカも今回ばかりは真剣さが感じられます。国技の野球でありながら、過去一度も優勝していないという屈辱がそうさせるのでしょう。

さて長いプロ野球の歴史の中で、多くの名選手が誕生し、球史に名前を刻んできました。そこで、自身が独断で「史上最強・ベストメンバー」を選んでみました。


 1番 鈴木イチロウ (中堅)     2番  福本 豊  (遊撃)
 3番 王 貞治    (一塁)      4番 長嶋茂雄  (三塁)
 5番 松井秀喜    (右翼)          6番  山本浩二   (左翼)
  7番 高木守道    (二塁)     8番  野村克也  (捕手)
  9番 張本 勲    (指打)


〇先発投手:稲生和久  中継:江夏 豊  抑え:佐々木主浩

どうでしょうか? 他にも 投手なら沢村、金田、野手なら川上、千葉、中西、
豊田、広岡、落合なども選びたいところですが、枠に限りがありますので・・。


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2017年2月25日 (土)

スポーツの話題二つ

◆冬季アジア大会の女子フィギュアースケートでアラブ首長国連邦(UAE)の女子選手が話題になっている。と言っても成績ではない。成績は19位で仕方がないとしても、まだイスラム圏では女性がスポーツをするのは珍しく、しかも人前で肌を見せないという習慣のある国々だ。女子フィギュアーは美しく見せるため、手足・背中などは極力肌色に近い薄いものを着けて、女性美を強調するように衣装にも工夫を凝らしている。

◆ところがUAEのこの選手は映画の主人公に憧れて、12歳からスケートを始めたという。この大会では頭から足先まで全身を覆うように、まるで忍者のようなスタイルだ。さすがに手足は肌にフィットしているが、生地は分厚そう。フィギュアースケートは衣装も得点の対象になるそうで、このスタイルでは減点は免れずイスラ圏にとっては大変損なスポーツとなる。それだからこそ、果敢に挑戦したこの女子選手に拍手を送りたい。何でも最初の扉を開けるのは勇気がいるものだ。彼女に続く女子選手が続々と出てくることで、イスラム地域のスポーツ観や宗教観が柔軟になってくれば、大変良いことではないかと思う。

◆もう一つ。米大リーグで今季から投手は敬遠の意思を示せば4球投げなくても、打者は1塁に進塁できるというルールに改めるという。どうやら時間短縮が目的のようだが、「ちょっと待ってよ」と言いたくなる。4球投げるから「四球」だろう。記録上、その投げない4球は、球数に数えるのか、数えないのか。過去のデータとの整合性は?

◆このルール変更は概ね投手達には好評のようだ。「無駄な球数が減る、リズムを崩さなくても済む、暴投する可能性が減る」など、歓迎する声が多いという。一方野手陣ではイチロー選手は「敬遠も野球の一部であり、変えるべきではない」というコメントを出している。確かに過去に敬遠球が暴投になり、サヨナラ負けしたケース、敬遠球を打ってサヨナラ安打にしたクロマティや新庄選手のケースもあった。確か長嶋選手が敬遠球をホームランにした例もあったと記憶している。また長嶋は度重なる敬遠にバットを持たずに打席に立ったこともあった。敬遠は時に野球を面白くしてくれる。何でも合理的にすればよいというものではないと思うが。

Dscf0527  野球の殿堂で


2016年9月26日 (月)

2020東京パラリンピックの課題

◆リオ・パラリンピックでは障害者スポーツの素晴らしさを教えてもらった。一方で、メダル獲得数では金メダルが0に終わる結果となり、改めていろいろなことを考えさせられた。一言で言うならば、その国の障害者スポーツへの向き合い方の差が、端的に表れた結果であると言えるだろう。日本は英米など強豪国に比べ、障害という多様性を受け入れる社会の成熟度が遅れている現状を表したもので、今までは競技者個人やその選手の周囲の人に頼り過ぎていた。その結果、組織的に支援し、強化を図る体制作りが遅れた

◆日本のパラリンピックはアテネ大会の金17、銀15、銅20、計52をピークに次第に減り続け、今回のリオでは、金0、銀10、銅14、計24となった。メダル総数では17位となったが、金が0だったため、ランク的には64位となった。今回の日本選手のメダル獲得の実績は実力が低下したというよりも、諸外国が障害者スポーツに括目し、選手を発掘して、潜在的能力を発揮させた結果の表れと言えよう。

◆今回のメダルランクは1位:中国(金107、銀81、銅51)計2392位:英国(同64、39、44)計1473位:ウクライナ(41、37、39)計1174位:米国(40、44、31)計1155位:豪州(22、30、29)計81、開催国ブラジル8位:(14、29、29)計72と健闘している。中国はロンドン大会で選手の発掘や育成に予算をかけメダル獲得順位は1位となった。ロシア2位、ウクライナ4位と国の強制力でメダルを量産した。
そもそもパラリンピックは障害の度合いに応じてクラス分けがあるため、例えば陸上100mは男女合わせて10個以上の金メダルがある。総メダル数は通常のオリンピックをはるかに上回る。障害者は戦争やテロが起こる国に生じやすい。傷痍軍人はもともと運動能力が優れており、アメリカなどは国の政策でスポーツに専念できるような環境を整えているという。

◆日本の現状は交通事故や病気で障害者となるケースが多い。しかし、リハビリの過程でスポーツに接する機会も増える。だが、「障害者のスポーツは危険だ」、「何かあった場合の責任は?」、「バリアフリーになっていないところが多い」、「補助する人手が足りない」、「車椅子で床が傷つく」など様々な理由でスポーツ施設の利用に制約が多いと聞く。活動場所の不足と選手層の薄さ、国内で競い合う機会の不足等で、人材の発掘・育成が継続しない。先端情報や高度な専門性と知識や体験を持つ指導者も不足している。そのために障害者スポーツとの垣根をなくし、共有するような指導体制を築く工夫も必要だ。幸い2015年度にそれまでの厚労省の障害者スポーツ部局が文科省の外局のスポーツ庁に移管した。これからは障害者がごく当たり前にスポーツを楽しむ環境を整備していく中で、新たな人材が生まれてくることは間違いなかろう。あとは健常者の温かい理解と応援が必要だ。

2016年9月13日 (火)

パラリンピック柔道の魅力

リオ・パラリンピックでの日本選手の活躍に元気をもらっている。ゴールボール、ボッチャなどパラリンピック特有の競技も見入ってしまう。車いすテニスの男子国枝選手、女子上地選手の活躍は錦織選手と同等以上に凄いなと思い、応援に力が入る。
中でも視覚障害者の柔道はこれぞ本当の柔道だと思った。一般の柔道の場合、特に外国人選手は組み手を嫌って、なかなか組み合おうとしない。腰を引き、手四つになったりする姿はまるでレスリングだ。
そこへいくと、パラリンピックの柔道審判が選手同士の襟と袖を持たせ、しっかり組ませてから「始め」の合図をする。従って技が掛けやすいし、一本が取りやすい。寝技に持ち込まれる場合も多いが、決まらなければ最初からやり直し。相手の動きを気配で察するという健常者にはない難しい側面もあるだろうが、正々堂々と組んでから始まるから、見ている方も気持ちがよい
健常者の柔道もこの方式を取り入れるべきだ。技の優劣がストレートに出るから、「指導」のポイント差で逃げ込もうとする姑息な柔道はなくなり、本当の柔道の良さが見られると思う。

2  (リオ・パラリンピックとは無関係)

2016年8月20日 (土)

陸上男子快挙!400mリレー見事銀メダル

 楽しみは 日本選手の メダル数 
           朝刊開き ランクを見る時


◆日本選手の活躍で、最後の最後まで沸かせてくれたリオ五輪。南米大陸初の五輪”リオ2016オリンピック”がまもなく閉幕する。閉幕を明日に控えた今朝10時過ぎ、陸上男子がやってくれた。「快挙!陸上男子400mリレー、銀メダル獲得!」である。陸上男子4×100mリレー決勝で、日本は山県亮太、飯塚翔太、桐生祥秀、ケンブリッジ飛鳥の絶妙なチークワークとバトンタッチの技術でジャマイカ(37秒27)に続いて、37秒60で見事銀メダルを獲得した。1人1人では100m決勝にも進めない選手達だが、4人のチームプレイとなると、実力以上のものを発揮するサムライジャパンの姿を世界中に示した。

◆今回のリオオリンピックは開幕当初から日本選手の活躍が目立った大会だった。新たなヒーロー&ヒロインが登場する一方、この大会が最後のオリンピックになると思われる選手たちの歓喜の涙や力を出し尽くした敗戦の涙など、胸打つ場面が多く見られた。Photo腰痛に耐えながら銅メダルを獲得した重量挙げの三宅宏実選手の笑顔。卓球女子団体でキャップテンを務め、重責を果たしたが、銅メダルに終わって悔し涙に泣き濡れた福原愛選手。満身創痍の中、前人未到の4連覇を果たした女子レスリング伊調馨選手の金メダルの涙。長年レスリングに限らず日本選手の鏡となり、今回選手団の主将を務め、4連覇という重圧を背負った吉田沙保里選手。力尽き銀メダルに終わって「責任を果たせなかった」と号泣する姿を初めて人前で見せただけに、特に印象に残った。何故だか胸を打ち、涙を誘う選手は女子選手に多い。

◆しかし全体をつぶさに眺めると、日本選手が到底歯が立たない競技や種目もあれば、もう少しでメダルに手が届く可能性があるもの、日本が得意としていても世界のレベルがそこまで迫っているものなど各種各様だ。日本のスポーツは従来、個人・学校・企業など個々の努力に任せられた側面があった。しかし、それでは世界に太刀打ちできないと、近年クラブスポーツの活躍などもあり、国もスポーツ庁を設立してハード・ソフト、資金面等で支援体制を充実するようになった。その成果も少しずつ現れ出したと言えるだろう。

Photo_2◆いろいろなスポーツの底辺を広げていくことと一握りのアスリート達への強力な支援体制車の両輪となって、日本のスポーツ全体のボトムアップに繋げていくことが大切だ。今回米国に続きメダル獲得数で2位につけている英国が、ロンドンオリンピックを機に長期低迷を脱し、スポーツ大国となった良い見本もある。また最近、外国人との間に生まれた子供達が、優れた運動能力と日本の精神面の良さを兼ね備えた若いアスリートとなり、活躍するケースが増えてきた。国際交流はもとより、移民の受け入れなど積極的に図って、将来を見据えたスポーツ政策を展開していくことも必要だろう。さあ、次は2020東京オリンピックだ。それまで何とか元気で、運動しながら健康を保とう。

2016年8月19日 (金)

2020東京五輪日程に疑問を呈す。

◆リオ・オリンピックの日本選手の活躍に一喜一憂している毎日である。リオは冬とはいえ、マラソンなどは暑さで選手も可愛そう。日本で応援している我々はエアコンの利いた部屋でないと暑さで参ってしまう。4年後、この時期に東京で開かれるオリンピック・パラリンピックはこの酷暑にどのように対応するのか、今から心配してしまう。

◆何故よりによって、こんな過酷な時期に開催するのか。実は国際オリンピック委員会(IOC)は夏季大会を7月15日から8月31日までの間に設定していることを大前提としているからだという。ではIOCは何故この時期を設定理由にしているか?それは一言でいえば「」のためである。つまりIOCは欧米のテレビ局から支払われる巨額の放映権を収入の柱としているからだ。そのため、欧米で人気プロスポーツが開催されておらず、テレビ番組の編成に余裕のある7~8月に五輪の日程を組むことで、収入を得るという仕組みを作ったのだ。

◆日本はこの決定に沿った形でプレゼンテーションをしたからに他ならないが、招致のコンセプトの中で気候について、晴れる日が多いこと、温暖であることが挙げられ、「アスリートが最高の状態でパフォーマンスを発揮できる理想的な気候」だとしている。だが、実際は温暖どころか酷暑であることが現実だ。これでは一種の詐欺ではないか。日本で最高にスポーツに適した時期は10月であることは明白だ。1964の東京オリンピックでは10月10日に開会式が行われ、それを記念して「体育の日」ができた。
Photo◆近年、1984年のロスアンジェルス大会から、今年のリオ・デジャネイロ大会までの9回のオリンピックは殆ど7月から8月にかけて開催されているが、例外も無くはない。それは1988年のソウル大会(9/17~10/2日)、及び2000年のシドニー大会(9/15~10/1日)である。「2020年東京オリンピック」は7/24日開会式(サッカーは7/22開催)、8/9日閉会式、またパラリンピックは8/25日~9/6日までを開催期間として、各競技日程まで細かく決まっている。

◆「2020年東京オリンピック」のこの時期の開催はまさに、アスリートにとっても、国内外からの観客にとっても、そして多くのボランティアにとっても、熱中症という危険と隣り合せであることは住んでいる日本人が最も実感しているところだ。近年のこの時期の東京は最高気温35度前後の日が1週間以上続いたり、午前中から30度を超え、昼はスポーツどころか外に出るのも億劫になる。特に外国人にとっては日本特有の湿気が堪らないという。また外国人ならずとも熱帯夜で十分な睡眠がとれず、体長を崩しやすい時期だ。さらに、渇水で取水制限になれば、オモテナシどころではなくなる。このように真夏の東京の気候がどれほど過酷なものかということを、多くのアスリートも、大会役員も、IOC委員も本当に認識しているのか甚だ疑問だ。
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◆ここは「ダメモト」で、大会期間を10月に延期することをIOCに働きかけてもよいのではなかろうか。もちろん過去数年のこの時期の気温や湿度のデータ(日中の変化も含めて)、熱中症による被害者(死者)等のデータも提示した上での話だが。「2020東京五輪」はすでに「大会エンブレム問題」、「国立競技場問題」では大きなミソをつけ、変更を余儀なくされた。ことのついでに大会期間の変更があっても、「カネ」より「人の命」が大切だろう。人間、いくら科学が発達しても自然には勝てない場合があることは多くが承知しているはずだ。

2015年11月23日 (月)

何故短い、力士の平均寿命

◆大相撲九州場所の千秋楽を二日後に控えた今月20日、北の湖理事長の突然の訃報が伝えられた。享年62歳、死因は直腸癌、多臓器不全だったという。それにしても元力士たちはどうして早世するのか。元大関貴ノ浪音羽山親方は今年6月、心不全のため43歳の若さで急逝した。名横綱大鵬は1977年37歳の時に脳梗塞で倒れたものの、懸命のリハビリで回復。しかし、2013年1月心室頻拍のため72歳で没した。大鵬のライバル第47代横綱柏戸は腎臓病の悪化で1996年12月、58歳の時に他界した。

◆少々古い数値だが、力士の寿命の平均値のデータがある。1980年から2002年の間に死去した100人の幕内力士の死亡時年齢の単純平均は63.6歳だった。この値は2002年の日本人男性の平均寿命78.07歳より15歳近く短命という事になる。昭和の時代に横綱になった人の多くは50~60歳代で亡くなっており、やはり短命と云えるだろう。

◆現役時代横綱になり、引退後協会の功労者になると、還暦を迎えれば「還暦の土俵入り」を行う事が慣例になっている。戦前の37年に初めて第22代横綱の太刀山が披露してから、今年の58代横綱千代の富士(九重親方)まで、赤い横綱を締めて土俵入りしたのはたった10人しかいない。つまり太刀山以降37人の横綱がいるが、還暦まで生きていた、或いは健康を保つことができた横綱は3割にも満たない。
近年では、「還暦土俵入り」を務めたのは大鵬北の湖の他に今年5月末、千代の富士が露払い・日馬富士、太刀持ち・白鵬を従え披露した。なお、千代の富士の九重親方は今年7月に早期の膵臓癌で手術を受けていたことを明らかにした。九州場所では元気に解説していたが、国民栄誉賞を受賞した角界の宝であり、小兵・筋肉質の最後の横綱で、大相撲の精神的な伝統を引き継ぐ一人でもある。健康面ではさらなる留意をしてもらいたいものだ。

◆現在の力士の平均身長は184cm、体重159kgだから、これを肥満度BMIで見ると47.0。入門時に80kgそこそこの新弟子が数年後には倍の体重になるのだから、いくら猛稽古をするといっても、カロリー過多には違いない。内臓疾患、尿酸値増に伴う痛風、関節痛、心臓負担などは後を絶たず、肥満によって怪我をしやすい体質になっている。本場所中継を見ても、サポーターや包帯を巻いていない力士は皆無だ。無理に肥満にすることで有利になるスポーツというものはどこかに歪みがでてくるものだ

◆その結果、180kgも、200kgもある大型のブヨブヨした力士のぶつかりで、突き押しの単純な取り組みが多く、引き、叩き、すかしなどでバターっと前に倒れるあっけない勝負も多い。つまり重すぎる体重を足腰が支えられないのだ。昭和30年代の国技館は栃錦・若乃花などの小兵横綱が土俵狭しと暴れまわり、大型力士投げ飛ばす大ワザを駆使して観衆を沸かせた。若乃花などは土俵際に追い詰められても、足に根が張ったように動かなかった。また栃・若の対戦ではガップリ四つとなり、二度も水が入るという大相撲もたびたび見られた。相撲の質が今とはまるで違っていたように思う。これも戦後の食生活の貧しさもあったのだと思うが、食が豊かになるつれ、相撲の質が変わってきたのは間違いなかろう。 

 
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2015年10月 3日 (土)

オリンピックの種目を考える

Photo_2◆オリンピックのモットーは「より速く、より高く、より遠く」であると云われる。これはもともとラテン語の「より速く、より高く、より強く」であったものをもじったものらしい。確かに古代オリンピックのモニュメントなどを見ると、投擲競技の他にも、レスリングなどの格闘技もある。近年のオリンピックを見ているとさらに、「より綺麗に」という概念が加わり、物理的数字では表せない、人の眼による採点競技も多く採用されてきた。

◆近代オリンピックを提唱した仏人、クーベルタン男爵は五輪のマークを考案したが、「オリンピックで重要な事は、勝つことではなく、参加することである。人生で大切な事は、成功することではなく、努力することである」と訴えた。また、「アスリートは自己を知り、自己を律し、自己に打ち克つこと、これこそが最も大切な義務である」とも強調した。

◆ところが近年のオリンピックを見ていると、スポーツ貴族が生まれ、商業主義に走り、国威発揚や政治利用など、当初の理念がどこかに置き去りにされているようだ。以下は筆者の独断と偏見による独り言である。
人間にはもともと闘争心があり、人に勝ちたい、優位に立ちたいという本能的なものがあり、それをルール化したものが競技スポーツとなったことに異存はない。ところが素手で争う分には構わないのだが、もともと武器として発達した道具を使って優劣を争う、例えば「射撃」などは如何なものか。オリンピックが平和の祭典であるならば、「ピストルやライフル」など殺人兵器はふさわしいものと言えるのだろうか。「狩りの道具」の延長であるという理屈だろうが、それは貴族趣味であり、軍人の技量の向上であり、万人向けのスポーツとは言えない。では、アーチェリーやフェッシングはどうか?と言う事になる。基本的には武器から発達したものであるから殺人兵器になり得るし、平和の理念からはややずれてくる。しかし今ではスポーツに特化しているようだから、この辺が線上だろう。


◆もうひとつ問題なのは競技の種類が広がり過ぎていること。本来の「より速く、より高く、より遠く、より強く、より綺麗に」という理念の、どの範疇にも入りにくいものが多く候補にあがってきていることだ。強いて言えば「より楽しく」という事かもしれないが、それらに該当するのが、サーフィンやスケボー、ボウリング、水上スキー、ビーチバレー、ゴルフなど、その時の大会の一時的な種目として扱われるにしろ、裾が広がり過ぎるのも考えものだ。サッカーラグビー野球はオリンピックより価値が高い、ワールドカップがある。あえて規模を縮小してまで無理にオリンピックで採用する必要があるのだろうか。

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