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2021年3月 8日 (月)

少年時代の心象風景(2)

第二話 道路工事のトロッコで遊ぶ

◆瓦礫の中の不思議な池の近くは、その後道路工事の現場となり、デコボコ状態が1kmほど続いていた。終戦後のことであり、まだ建設機械は少なく、人手に頼っていた。後年美輪明宏が長崎の宅地の基礎工事を歌った「ヨイトマケの唄」を出したが、この頃以降各地で見られた光景だった。道路工事では、牛馬や人がローラーで地面を均していた。泥を山盛りにした「トロッコ」を工夫が操縦しながら運んでいく。この光景が面白く、何時間も飽きもせず眺めていた。

◆ある日、工事が休みの時だった。悪ガキたちと一緒にトロッコに乗ってみようという事になり、見よう見まねで動かしてみた。ゴトッと音を出して動いた時は嬉しいという気持ちと同時に怖くなった。遊びはそこで中止し、一目散に逃げ帰った。高校時代に芥川龍之介の短編「トロッコ」を読んだ時、主人公の少年の心理とその時の自分の心象が重なり、彼の気持ちがよく理解できた。

◆因みに芥川の短編「トロッコ」は明治29年に建設された「豆相人車鉄道」を「軽便鉄道」にランクアップするためのレール拡幅工事を題材にしたものだった。明治41年に開通したSL「軽便鉄道」は熱海~小田原間を通るもので、現在の東海道線とは全く違う別物。今では車道となっているが、それも旧道となって、裏道的な存在となっている。

◆話を戻すと、この工事で完成した道路は現在では稲佐橋から三菱長崎造船所方面に延びる国道202号となり、メインのバス道路でもある。工事中の現場で遊んでいた西側に急勾配の数十段の階段がある。この階段の上から数10mのところに我が家があった。昭和26,7年頃の道路建設以前は崖そのものだった。道路工事の進展に伴い階段工事も進んだ。コンクリート舗装の前に土の坂に変わりつつあったが、いたずら小僧たちはこの急坂が格好の遊び場だった。板切れやダンボールをソリに見立て、坂を滑り降りては興じた。これも心象風景のひとつである。(本稿終り)

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