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2021年3月12日 (金)

少年時代の心象風景(6)最終回

第六話 幻の荷馬車にぶら下がる。
◆中学校に上がって、通学距離がかなり伸びたが、30分とは掛からなかった。道路も次第に整備されて行った。アスファルト舗装される前の通学路。下校途中に屡々、大きな荷馬車に出くわした。馬方さんに曳かれ、尻尾を振り振り歩いていく。ある日、「今日は何も積んでいない。空だ。」友人たちと目配せして、一人が荷台の後ろにぶら下がる。また一人、更に一人。その雰囲気が馬方に伝わったのか、こちらを振り返ると、凄い形相で睨みつけ、大声で「コラッ!」と怒鳴られる。いったん、謝ってまた別の日に同じことを繰り返す。
何の変哲もない風景だが、田園風景ではない。古びたトラックやオート三輪も通る。周りは人家や工場、崖などが連なる。間もなく完全舗装され、バスが走るようになった。僅か1~2年の短い間の出来事だったが、なぜか忘れられない光景となっている。

第七話 貯木場で材木乗り
◆同じく、下校途中の道草の話。通学路の道路沿いに浦上川から水を引いた大きな貯木場があった。ラワン材などの角材が数本ごとに繋がれ、筏のようだった。大きな丸太もあった。これらの木材は輸入木材だったのだろう。この木材に乗り移ってユラユラ揺らす。木材の間から水面が見える。かなりのスリルだが、子供たちは無鉄砲だった。今では考えられない行為だが、当時は注意する人も殆どいなかった。これらの貯木場は現在は三菱重工の野球グラウンドやスポーツ施設、クラブハウスなどになっている。

第八話 工場の中のレトロな機関車
◆浦上川沿いの通学路の対岸は戦前から大きな製鋼所があり、戦禍で一旦破壊されたが、戦後すぐ復興した。我々が通学する頃は最盛期となり、1日中大きな音を立てて活況を呈していた。その工場の中を小さな機関車がコマ鼠のように動き回り、何か物は混んでいる。その機関車は教科書等で見る明治5年、新橋~横浜間を走ったあの機関車そっくりに見える。工場の中をSLが走る・・それだけで見ていて面白かった。
◆そもそも長崎はSL発祥の地だった。1865年、ト-マス・グラバーは西欧文明のデモンストレーションのためか、商売に直結させるためか、同年4月大浦海岸において、蒸気機関車「アイアン・デューク号」を走らせた。当時の人は度肝を抜かれたことだろう。それからわずか7年後、東京~横浜間の鉄道を実用化したのだから、恐るべき能力の高さと言えよう。

【終わりに】今まで6回に亘り少年時代の取り留めもない話題を縷々綴ってきた。自分だけの脳裏に刻まれた風景を残して置きたいという思いで文章に記した。思えば、我々が少年時代「鉄腕アトム」などで見た夢物語だった未来の世界が、今悉く具現化されている。その間わずか60年~70年。文明の進化は留まるところを知らないようだ。その反面、あの頃の人と人との繋がりや絆は希薄になってきたようだ。これからの未来はどうなっていくのか、いくつかの憂いを抱えながら筆を折る。(本稿終り)

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