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2021年3月 7日 (日)

少年時代の心象風景(1)

人には心に刻まれた心象風景というものがある。その風景を甦らそうとしても現実には不可能である。しかし脳裏から消え去ることは無い。むしろ年輪を重ねるにつれ、色濃く蘇るのである。生まれてから高校卒業まで長崎で過ごした。特に少年時代の思い出の中に、印象的ないくつかの場面がある。そうしたものを今のうちに記録に残して置きたい。(以下はこのシリーズの予定です)

第一話 瓦礫の中のオアシス
第二話 道路工事のトロッコで遊ぶ
第三話 ねずみ島の遊泳教室の話
第四話 キリシタンの島の漁村風景
第五話 シーボルトの軍服に接す
第六話 幻の荷馬車にぶら下がる
第七話 貯木場で木材乗り
第八話 工場の中のレトロな機関車 

第一話 瓦礫の中のオアシス
◆戦後の混乱がまだ多少残っていた昭和25年(1950)、長崎駅から徒歩15分ほど、稲佐山の麓の小学校に入学した。長崎港外の疎開先から、元住んでいた町に親子4人で越してきたが、以前の事は1~2歳のことであり、一切記憶にない。戦後5年経ったとはいえ、アチコチに戦争の爪痕は色濃く残っていた。人々の暮らし向きは楽ではなく、粗末な家に住み、食糧不足は続いていた。しかし幼い子供にとっては目に入るものすべてが現実であり、当たり前のように受け取る。そしていつの世もそうだが、子供は何処でも遊び場所を見つけ、遊び方を工夫し、元気に飛び回っていた。

◆我が家から10分もかからない浦上川河口沿いの焼け跡に、コンクリートの瓦礫が山のように積まれてあった。子供の眼からは10m以上あるように見えたが、実際には5~6mだったかもしれない。近所の悪ガキ数人で、「この上はどうなっているか探検しよう」ということになり、よじ登ってみた。難なく登れたが、頂上部の瓦礫の間から見えるその光景は全く想像を超えるものだった。

◆そこには想像もしなかった大きな池が広がっていた。しかも透明できれいな水だ。表面にさざ波が立っている。池の大きさは直径30mもあっただろうか。しかし、魚影はもちろんの事、水草の1本も見えない。不気味と言えば不気味。この水はどこから来たのか。雨水が溜まったものなか?不思議と言えば不思議な話だ。昭和25,6年頃の話だが、もう少し探求心があれば科学者になっていたかも(?)この瓦礫はしばらくして綺麗に片付けられ、その後バス会社の車庫やコンビニ等に様変わりしたようだ。(本稿終り)

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