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2019年6月16日 (日)

松の嘆き

  ◆東海道の松並木と言えば、広重の「東海道五十三次」を思い出す。全55図の内、4分の1の図柄に「松」が主軸に描かれ、また遠景に配置されたもの、その他の樹木と併用されたものを含めると、約半数に及ぶ。「松」は東海道のイメージ創出に大きな役割を占めていると言えるだろう。 「小田原宿」をテーマにした「酒匂川の渡し」にも遠景に松が描かれている。現国道1号線に面した小田原市酒匂に転居してきて13年になるが、国道に面して推定樹齢70、80年から150年以上になる黒松が30数本立っていた。樹高は10mから20数mにもなるだろうか。

◆この10数年の間に3本ほどの松が大きな切り株を残して伐採された。一つは台風による倒木、一つは松くい虫による被害だろうか、切り株の中ほどに大きな空洞が見られた。もう1本は建物の邪魔になったのか、伐採された直径は1mほどあった。こうした状況にあって、先日、松の枝や上部を伐採する工事が行われた。複数の作業員を動員し重機を利用して交通規制をかけ、3日ほどの作業日数を要した。切っ掛けは、大きな枝が建物に掛かり危険性が増すこと。松が落とす大量の枯葉や松かさの清掃の手間、台風等による大枝の落下や倒木の危険性、そして通りに面し松に隣接する建物や店舗からの要請が大きかったと思われる。
Dsc_0034 伐採作業中
◆工事が終わり、マンションの6階から見ると、見通しは確かに良くなった。しかし、枝落しされた松の傍らに立って見上げると、上半身を切断されたような、腕がもぎ取れたような、無残さを感じてしまう。無傷の松は5~6本になってしまった。
時代が幕末から明治になって、今や令和を迎え150年余が経った。世の中は大きく様変わりし、自然環境も大きく変わった。東海道の象徴だった松並木が次第に姿を消していったのも、時代の流れだったのだろう。今回部分伐採された松たちも、かつては東海道を行き来する旅人を眺めつつ、文明の変化を身をもって感じていたのかもしれない。
  Dsc_0032 伐採作業中
 
◆「松」は岩や砂だらけの海岸地帯のような荒地であっても、潮風に強く、風雪にも耐え、時間をかけて大きく成長する。肥沃な土地や堆肥などは苦手というから質実剛健そのものだ。松並木では日陰を作り旅人を和ませてきた。また防風林の役目を果たし、暮らしを守ってきた。日本各地で「白砂青松」と言われる景勝地を作り出し、日本の原風景のひとつにもなった。ところが昭和40年前後から、高度経済成長の影響だったのか、松の樹勢が弱まり、松くい虫が増え、「枯れ死」が問題視されるようになった。さらに道路の拡張、都市計画の進展で、松はドンドン伐採されていった。結局松を活かすも殺すも人間の都合によるもの。一抱えもある伐採後の松の枝の断面を見上げて、そんなことを考えさせられた。

Dsc_0046_1 伐採後の姿

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