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2018年10月10日 (水)

長崎ブラリ街歩き(後)

◆長崎駅前の高架広場を横切った辺りの一帯を西坂と呼んだ。この辺りを歩いているうちに、ビルとビルの隙間から何やら大きな観音様の像が見えた。思わず狭い石段を登り、境内に立って驚いた。「えっ!何これ?」、なんともグロテスクな亀の像の上に巨大な観音像が立っている。調べてみるとこの寺は1628年に建立された福済寺という寺院で、興福寺崇福寺、と合わせて「三福寺」と呼ばれる黄檗宗の由緒ある寺院だった。また後述する聖福寺と合わせて「長崎四福寺」と呼ばれる寺院でもある。興福寺、崇福寺は既知の寺院で子供の頃から馴染みがあったが、迂闊にも福済寺は知らなかった。戦前は本堂などの建築物は国宝に指定されていたが、長崎市への原爆投下で焼失したと言う。

Photo (万国霊廟長崎観音像)

◆しかし、何で亀の上に観音様が? 実は1979年(昭和54)に平和を祈願して建立されたもので、「万国霊廟長崎観音」が正式名称とのこと。中国の謂れによるものだそうだが、亀の形をした霊廟を台座として建っている姿はいかにも奇妙だ。高さは18m(地上から34m)、重さは35tあるという。昭和54年といえば東京で社会人になって10年余。その後何度も帰省していたが、終ぞ知ることがなかった。40年ほど昔にできたとは思えぬほど真新しく、ひょんな切っ掛けで知ることとなった。内部には地球の自転を示す「フーコーの振り子」(長さ25.1m「で日本最大級)が取り付けられているという。今度行ったときに覗いてみよう。

福済寺は坂本龍馬が初めて長崎に滞在した時の宿泊所。また勝海舟は長崎海軍伝習所時代に福済寺の隣の本蓮寺に滞在した。また数100m離れたところには「いろは丸事件」の談判が行われた聖福寺(国の重要文化財多数)があり、維新の志士たちが闊歩したゆかりの地となっている。
Dscf3680 聖福寺山門

◆長崎駅前の西坂の丘の斜面に沿った細長い地域は、歴史的に由緒ある寺院仏閣、教会などが点在する。1597年2月5日、秀吉の命により西坂の丘で殉教した二十六聖人を記念して、記念館と記念碑(レリーフ像)が建つ。それに付随して建つ双塔のデザインの小さな教会「記念聖堂」が印象的だ。「聖フィリイポ教会」と称するこの教会のデザインは「スペインゆかりの地に立つ現代建築」というテーマで、サグラダ・ファミリア教会で知られるガウディのスタイルを意識的に取り入れたというが、ちょっとオーバーじゃないかという感じ。いずれにしろ、長崎の街は古いもの新しいもの、いろいろ取り混ぜ、進化しているようだ。(本稿終り)
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「二十六聖人記念聖堂」

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