2019年5月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
無料ブログはココログ

最近のトラックバック

« 2018年8月 | トップページ | 2018年10月 »

2018年9月

2018年9月15日 (土)

自民党総裁選と憲法論議(後)

安倍総理は9条(1)項の「平和主義」と(2)項の「戦力不保持」はそのまま維持し、新たに9条の2として「自衛隊の存在」を明記し、法的根拠を与えようとする考えを打ち出した。即ち、現実をそのまま認め、宙ぶらりん状態の自衛隊を正式に認知しようというもの。これなら現状と大きく異ならず、比較的国民に受け入れられやすいと判断したのだろう。
        ◇         ◇         ◇

ところが、この案に対しては「実質、現状が変わらないのであれば、何も憲法を改正する必要がないではないか」と、左派系政党をはじめ、憲法改正反対派から声が上がる。また、安倍さんは「史上初めて憲法改正した総理として名を残す考え」ではないかと、穿った見方する人もいる。しかし、もっとも大きなポイントは、(2)項の「戦力不保持と交戦権の否認についてそのままにした上、いくら憲法上に自衛隊を明記しても、戦力ではないという従前からの主張の矛盾については、何ら解決策にはなっておらず、対立の図式は変わらない。
        ◇         ◇         ◇
対立候補の石破氏はまさにこの点を突き、安倍さんの提言は「まやかし」であるとして、大胆にも(2)項の「戦力不保持と交戦権の否認」を削除し自衛隊を通常の軍隊であることを明記し、保持を定める。その上で国際法上の「交戦権」を認めようとするもの。もちろん自衛隊の暴走を防ぐため、文民統制(国会や内閣による)の原則を明確に定めるという。
        ◇         ◇         ◇
さて、どちらの議論が正しいか。理論的には石破氏の提言が正しい。自衛隊は軍隊ではないなどという非現実的なところを改め、矛盾がなくなり、スッキリした形になる。しかし、この憲法案だと、反対勢力から逆に「戦争ができる国にしようとしている」などと喧伝され、それに乗じて、中・韓・北朝鮮あたりから「右傾化だ、軍国主義の復活だ」などと逆宣伝されるだろう。そして(1)項で平和主義の貫徹を謳っているにも拘らず、そのことには目もくれない。その辺りを意識してか、持論の改正案については、「緊急課題ではない、理解無き憲法改正をスケジュール感ありきでやるべきではない。」とトーンダウンしている。これはこれで「機を見るに敏」な政治家の姿勢をよく表している。ではいつ理解を得られるのか?
        ◇         ◇         ◇
結局総理の案は「現実」を直視した案で、自衛隊員の立ち位置について「」に訴えた形ではあるが、根本的な矛盾を孕んだままであるのに対し、石破氏の案は「理想」を追求した案で正論ではあるが、現実性に欠けるきらいがある。これほど難しい安全保障や憲法改正について国民に判断せよといっても簡単ではない。為政者は安全保障上の長期的ビジョンと国益を第一とした外交方針を示したうえ、そのための憲法改正の必要性を丁寧に説明して、理解を得るしかない。このまま何もせず、放置したままで、「他国侵略の難」が起こったときに、「時すでに遅し」では済まされない。(終)

2018年9月13日 (木)

自民党総裁選と憲法論議(前)

9月20日に投開票される自民党次期総裁選。我々一般人には1票を行使する権利はないが、事実上時期総理の決定であり、注視せざるを得ない。メディアの予想では、国会議員票(405票)では8割程度が現職安倍総理・総裁に、約104万人といわれる党員票(405票に比例配分)では、地方に人気がある石破氏が過半数を上回る見込みだと言う。しかし、全体では安倍さんの有利は動かないと言う見方が大勢を占めている。
      ◇        ◇       ◇
本格論議を極力避けている安部さんに対し、石破氏は正々堂々と議論し、世論を味方につけ、その勢いで党員票の大幅獲得を狙う。しかし北海道地震や、総理のロシア極東会議出席で、その論戦の場は狭まった。メディアの報道にしても表面的な現象や評論的な立場に終始し、国民が最も知りたがっている、石破さんが総裁になったら日本はどうなるのか安倍さんが続投したら、どう変わるのか、あるいは変わらないのか、その辺のところは全く触れられていない。この二人の政策で大きく違うところは「外交安全保障」とそれに関連する「憲法改正」問題だ。その辺に焦点を絞り、考えてみたい。
       ◇        ◇       ◇
憲法9条の「戦争の放棄」と「戦力及び交戦権の否認」についての改正問題は自衛隊の存在の規定を巡って、70年に亘り違憲か合憲かの不毛とも思える論争を繰り返してきた。即ち、1項では、「日本国民は国際平和を誠実に希求し、戦争及び武力による威嚇・行使は国際紛争解決の手段としては永久に放棄する」と平和主義を貫徹することを謳っている。その上で、2項において「前項の目的を達成するために、陸海空軍その他の戦力を保持しない。国の交戦権は、これを認めない」と規定している。この規定は世界に類を見ない完ぺきな平和憲法であり、世界が目指すべき崇高な目的ではある。しかし、理想だけでは現実社会の統治が困難であることは、真剣に取り組む政治家ほど実感するのではなかろうか。
       ◇        ◇       ◇
長年問題となってきたのは第2項の規定であり、自衛隊は陸海空軍その他の戦力に当たるのか当たらないのかと言う問題である。しかしながら戦後70年を経て、自衛隊は国民の間に定着してきた。交戦権は認めないといっても、自衛権まで否定されるものではない。近年では近隣諸国による日本の領土・領海への侵略のみならず。サイバー攻撃などでインフラを麻痺させようとする戦略にも対応を余儀なくされている。
       ◇        ◇       ◇
こうした現実に直面しているにも拘らず、「自衛隊は戦力ではない」という苦しい弁明が70年ほど続いてきた。国民もこうした矛盾に慣らされ、「憲法上に規定されていなくても実効があればいいんじゃないの」という軽い気持ちで憲法問題や安全保障問題を捉えているのではなかろうか。問題なのは憲法上に自衛隊の存在、機能、制限など何の規制もないまま自衛隊が存在していることだ。海外から見れば立派な軍隊であり、戦力ではないと言っても全く通らない話だ。(続く)

« 2018年8月 | トップページ | 2018年10月 »