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2018年3月17日 (土)

明治150年の歴史から何を学ぶか(4)

【格調高いリアリズムと精神重視の非合理性】
◆司馬さんが目指すリーダー像とは、国を誤らせない、集団を誤らせない、個人を不幸にしないリーダーということに尽きる。その対極にあるのが、合理主義とは相容れない偏頗な「思想」にかぶれ、仲間内だけでしか通用しない異常な行動をとる人や集団だと言う。日本人の中には勝敗や結果に関係なく、忠義の思想・動機が大事だと言うような情緒に感動する人がいて、そうした史実はいくつもあるが、幕末の長州藩の一部にもその傾向が見られ、勤皇攘夷にかぶれたあまり、禁門の変では天皇を守るどころか、結果的に朝敵にされてしまった。

◆司馬さんはこの時の長州の「思想」や「ドグマ」に偏った組織の在り方、精神性に、後の昭和の陸軍の原型を見ていた気がすると書き残している。昭和の陸軍が日本を破滅に導いた遠因は、明治37~38年(1904~05)の日露戦争に辛勝した日本軍そのものに内包されていた。日露戦争は枝葉を切り取れば、「合理性とリアリズムを重視した体質」と、「忠義の思想や神州不滅などのドグマ」という相反する思想が葛藤しつつも、前者のリアリズムを重んじる姿勢が上回り、辛うじて勝ち取ったという戦争だった。

◆明治の日本は列強に比べれば小さな国で、「弱者の自覚」があり、ある種の謙虚さが残っていた。そうして国民が「坂の上の白い雲」を目指して一心に坂道を上って行った時代だった。文明開化と言う形で、小さな蕾が開花を迎えようとするこの時期に、日本は海外の動向、特にロシアの脅威に無縁で済ます訳にはいかなくなった。「日露戦争」こうした世界情勢の中で勃発したが、司馬さんは「坂の上の雲」の中で、秋山真之乃木希典という人物を対比させて、リアリズムについて述べている。

◆どちらも「格調の高い精神で支えられたリアリズム」を体現しているのだが、秋山は明るいリアリズムで合理的、一方、乃木は暗い、公のための滅私という不合理なリアリズムを体現している。明治という時代はこの二つのタイプの日本人がいて、国家が成り立っていたと書き分けている。司馬さんは乃木という、国民からはその「格調高く愚直な精神」が非常に愛された人物を通して、明治のリアリズムの「」の部分を、しっかりと見つめた。

◆秋山は、「どんな武器を渡されてもそれで戦うのは軍人の本分である。しかし兵器の優劣が戦争の結果を左右する」と、日本海海戦の勝利のあとに故郷松山で語っている。「どんな兵器でも死ぬ気で戦います」というリアリズムを持って戦えば、勝てる公算が高くなる。然し、「死んでも戦います」という人が、リアリズムを失えばそれは「自殺」になる。昭和の歴史はそれが当たり前になってしまった。司馬さんが言いたかったことは、まさに「格調高い精神に支えられたリアリズムと合理主義を合わせ持っていたならば、あのような愚かな戦争に突入することはなかったであろう」と言うことだろう。

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