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2017年11月14日 (火)

はじめてのコーヒーの味

コーヒーをはじめて飲んだのは、昭和34年(1959)、16歳の時だった。当時我が家では紅茶やココア、カルピスなどを飲むことはたまにあったが、コーヒーを飲むことはなかった。それもそのはずで、戦後コーヒー豆の輸入が再開されたのは1950年(昭和25)のことで、実に8年ぶりのことだったという。量も少なく、一般の人が口にすることは多くはなかったようだ。コーヒー豆の輸入が全面自由化になったのはそれから10年後、1960年のことで、この年多くのメーカーがインスタントコーヒーの製造を開始、翌年には全面自由化となって内外のメーカーが入り乱れてインスタントコーヒーブームが起こった。

つまり、コーヒー豆が完全自由化される前後にようやく口にしたということになる。これにはちょっとしたエピソードがある。高校に進学して半年ほど経つ頃のことだった。今や「世界の新三大夜景」として有名な長崎の稲佐山展望台だが、ロープウェイは昭和34年10月に開業している。通学途中にその麓の駅があった。この麓の駅は神社の境内にあり、鳥居をくぐって数10段の階段をあがったところにあった。中学・高校と毎日この鳥居の前を歩いて通学した。
Dscf1770_2 稲佐山展望台

Dscf1771_2 展望台から市街を望む

ロープウェイが完成して間もなく、通学途中で、この階段を上っていく可愛い女の子と出会った。その子は階段の途中で振り返ってニッコリ笑い、軽くお辞儀した。はて、誰だったか?翌日も、次の日も続いた。そして思い切って話しかけてみた。なんと、中学3年時の同級生だった。軽くお化粧し、すっかり垢抜けして見違えるほどだった。女の子から女の娘(こ)に脱皮したように、恥ずかしそうに微笑んだ。

しばらくして休みの日に、親父を誘ってロープウェイに初乗りした。展望台のレストランには期待通り彼女がいた。可愛いウェイトレスの服に身を包み、オーダーを聞くために傍にきた。ここでちょっぴり大人っぽく振舞おうと飲んだこともないコーヒーを注文した。運ばれてきたコーヒーを一口飲んで、驚いた。独特の豊かな香りに、芳醇な味、コクのある風味というのだろうか、これぞ大人の味だと思った。その後何年かたってブルーマウンテンを飲んだ時にあの時の味に近いと思った。しかし、稲佐山展望台で初めて飲んだコーヒーに勝る味にお目にかかったことはない。それから彼女に会う機会はプッツリ途絶え、晩年になって開かれた中学校の同窓会でもその消息を耳にすることはなかった。

ついでながら、そのことがあった翌年あたり、1961年から62年にかけて、西田佐知子が歌った「コーヒールンバ」が大ヒットした。原曲は1958年、コーヒーをモチーフにした「モリエンド・カフェ」(コーヒーを挽きながら)で、ベネズエラで生まれた。日本版ではアラブの坊さんとあわれな男の話に変わっているが、コーヒーの不思議な味を軽快なテンポで歌っており、稲佐山展望台のコーヒーの味とともに忘れられない曲となった。


   「コーヒールンバ」    歌:西田佐知子   作詞;中沢清二

♪昔アラブの偉いお坊さんが 恋を忘れた あわれな男に
 しびれるような 香りいっぱいの こはく色した 飲み物を教えてあげました
 やがて心うきうき とっても不思議 このムード
 たちまち 男は 若い娘に 恋をした
 コンガ マラカス 楽しいルンバのリズム 南の国の情熱のアロマ
 それは素敵な 飲み物 コーヒー・モカマタリ
 みんな陽気に飲んで踊ろう 愛のコーヒールンバ♪

Photo


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