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2017年7月

2017年7月30日 (日)

「すみだ北斎美術館」を県f学して

◆一昨日、猛暑の中を両国まで出かけ、昨年秋にオープンした『すみだ北斎美術館』を見学してきた。場所は総武線両国駅から「江戸東京博物館」を左に見ながら、錦糸町方向に向かって徒歩9分ほどの所。まだ新しいので地元の人に聞いても、「?」という感じ。
日本だけでなく西洋美術にも大きな影響を与え、世界的な芸術家として評価の高い葛飾北斎(1760~1849年)。90年の生涯の殆どを過ごした墨田の地に「北斎」の名を冠した美術館が誕生した。生みの親は墨田区で、北斎の優れた業績を永く顕彰するとともに、地域の産業や観光にも寄与する活性化の拠点として、昨年11月に開設した。


◆美術館自体は公園の一角を半分ほど利用したようで、地上四階建て、敷地面積380坪と小振りだが、一見教会風の洒落たデザインは伝統的な日本文化をテーマにしたコンセプトとさして違和感は感じられない。「すみだ北斎美術館」の建築地には、江戸時代に弘前藩津軽家の大名屋敷があったという。藩主からの依頼により、北斎は屏風に馬の絵を描いて帰ったというエピソードが残されていることなどから、この場所は北斎と縁の深い土地だったらしい。
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北斎美術館全体像        北斎美術館エントラス付近

◆「冨嶽三十六景」と「富嶽百景」の揃い踏みと題して企画展を開催していた。北斎の版画絵はいろいろな形でお馴染みになっているが、実際の版画は画用紙大の大きさで、描写も細かいため、かなり近くに寄らないとよく分からないところがある。展示資料の中に歌川広重が「写実的表現において自分も負けてはいないと思うが、全体の構図における独創性では敵わない」という趣旨の言葉を残していた。確かに北斎の「冨嶽三十六景」」と広重の「東海道五十三次」を比べるまでもなく、そのことは言えている。

◆浮世絵版画の彫りと擦りの制作過程を高精密モニターの動画でじっくりと見られるコーナーがあった。浮世絵版画の最終形態である錦絵の制作過程を映像を交えながら紹介するコーナーだ。この日は歌麿の美人画を題材に、輪郭線の彫りから完成までの各プロセスを現代の名工たちによる再現で観賞することができた。浮世絵版画のグラデーションのやり方や細かい過程がわかる貴重な機会だった。

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老齢の北斎が狭い貸し間で絵を描いているシーン。蝋人形の像は立体的でリアルだ

◆葛飾北斎は1999年に、米雑誌「ライフ」で、「この1000年でもっとも偉大な業績を残した100人」として、日本人でただ一人選ばれたことは何かで知っていた。確かに西欧の美術・工芸等の芸術に多大な影響を与えたことは確かだろう。しかし日本人が選ぶとすれば、他にもいそうだ。「武士道」を広く伝えた新渡戸稲造、「禅の研究」の西田幾多郎、「柔道」を世界的にした加納治五郎、映画監督の黒澤明等々・・しかし世界的業績となれば「ウーン」と考え込んでしまう。日本は長く閉ざされていたから不利な側面があることは否めない

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展示室の前に大きな錦絵が飾られている。推定復元された「須佐之男命厄神退治之図」関東大震災で焼失した北斎晩年の傑作を白黒画像をもとに復元したものだという。北斎は風景画だけでなく、妖怪などの怪奇絵なども多数残している

2017年7月26日 (水)

最高の日本民謡--秋田音頭

日本の民謡は約58,000曲現存するそうですが、その多くが哀調を帯びた暗い感じのものや、のんびりした牧歌的なもの、小節を効かせた冗長的なものなど、生活や労働を歌ったものが多いようです。例えば追分、馬子唄、甚句、木遣りなどがありますが、中には音頭、盆歌など比較的明るい調子のものもあります。その中でも最も異彩を放っていると思われるのが秋田音頭」でしょう。日本の民謡の特徴の一つに、歌の冒頭部分や途中、区切りなどの間に掛け声や、合いの手が入ります。この秋田音頭の合いの手はとにかく、底抜けに明るいのです。リズミカルで滑稽、今はやりのラップなんかより数段もノリノリでしょう。

        秋 田 音 頭     (秋田県民謡)
(ヤートナー) コラ 秋田音頭です (ハイ!キタカサッサ ホイサッサ ホイナ-)
(コラ) いずれこれより 御免こうむり 音頭の無駄をいう  (アーソレソレ)
     お耳障りも あろうけれども サッサと出しかける
     (ハイ! キタカサッサ ホイサッサ ホイナー) *合いの手繰り返し

(コラ) 秋田名物 八森ハタハタ 男鹿で男鹿ぶりこ (アーソレソレ)
     能代春慶 桧山納豆 大館曲げわっぱ    (*)

(コラ) 秋田の国では 雨が降っても 唐笠などいらぬ (アーソレソレ)
     手頃な蕗の葉 さらりとさしかけ サッサと出て行かえ (*)

(コラ) 秋田の女ご 何して綺麗だと 聞くだけ野暮だんす (アーソレソレ)
     小野小町の 生まれ在所を おめさんしらぬのげ  (*)

(コラ) お前(め)がたお前がた 踊りコ見るならあんまり口開ぐな(アーソレソレ)
     今だばエエども 春先などだば 雀コ巣コかける  (*)


2歌詞は20以上あるようですが、代表的な歌詞をいくつか挙げました。また合いの手、掛け声などもいくつか変化もありますので、YouTube などで確認されるとよいでしょう。いずれにしろお国自慢もここまで徹底すれば気持ちがよいもの。節(メロディ)は殆どなく、秋田弁満載のコミカルな歌詞と、ラップ調でテンポいいリズムが何とも楽しいのです。三味線、笛、太鼓、摺り鉦を伴奏に滑稽な表現の方言を軽妙に展開させる民謡など他に知りません。歌詞もそうですが、踊りの振り付けも盆踊りと違って歯切れがいい。もともと即興で、おもしろおかしく歌うというのが本来でした。庶民の間では長く時事風刺や春歌としても歌い継がれていたそうですが、レコード産業やラジオ放送の出現によって、「お国自慢」の歌詞が最も有名になったそうです。 今地方活性が叫ばれておりますが、明治から戦前にかけて、日本各地が自然にお国自慢を繰り広げるほど、地方が活性化していたということなんでしょう

2017年7月22日 (土)

星影の話

♪月なきみ空に きらめく光 嗚呼その星影 希望のすがた♪ 「星の界(よ)」、
星影やさしく またたくみそら あおぎてさまよい こかげを行けば♪ 「追憶」、
星影さやかに 静かに更けぬ 集いの喜び 歌うはうれし♪ 「星影冴やかに」、
また、演歌「星影のワルツ」、「星影の小径」etc. 星影という言葉は歌や詩などでよく耳にする。だが、「星影」って何だろう。星の影? 星に影があるのか? 辞書を引くと「星の光、ほしあかり」とあり、用例として「星影の明るい夜、またたく星影」などと使われる。国立天文台 渡部潤一教授はコラム「星空の散歩道」の中で「星影とは古い言葉で、『星の光』を意味します。光があるところには必ず影がありますから、その連想で星影=星の光という言葉が生まれたのでしょう」と書いている。


Photoところで、同氏は地球上の物体に影を生じさせる天体は、太陽、そして金星、さらになんと天の川の四つだけだという。確かに月は満月の澄み切った夜に自分の影をはっきりと地面に映し出したことを体験している。
金星は太陽と月を除けば最も明るい天体だ。「明けの明星の場合は、夜明け前の暗いとき、地平線から上がったばかりの頃、宵の明星の場合は逆に夕闇が消えて、西の地平線に沈みかけた頃、それぞれ白い紙の上に手をかざしてみると、金星の光で影ができているのがわかる」という。都会では無理だろうが、何もない自然の中で試してみる価値はありそうだ。

さて、もう一つの天体天の川は最近では見ること自体難しい状況であるが、子供の頃九州の西の片隅でも空気の澄んだ夜にははっきりと見ることができた。光害がなく、透明度が高い夜空が見えるところでは天の川の光で、地面に自分の影ができるそうだ。と言っても我が国では無理のようで、南半球のオーストラリアの原野で見られたという体験を渡部教授はコラムに書いている。

「天の川の中でも最も明るい部分は、夏に見えるいて座の方向。いて座の方向とは天の川銀河の中心部で、凸レンズ状の最も厚い部分だ。2000億個もの星の大集団『天の川銀河』を横から見たもので、その方向が太く明るく見えるという。いて座は南半球の中緯度では頭の真上にやってくるから、確かに影は作りやすい。天の川が真上に来るような場所では影ができるのも不思議ではない」という。

さらに続けて、「オーストラリアの中心部、アウトバックと呼ばれる乾燥地帯に出かけた。地平線までほとんど減光のない透明度の高い夜空に、深夜になると天の川の中心部、いて座が真上にやってきた。すると、あたりはほのかに明るくなっていった。白いシートの上に立つと、ぼんやりとした自分の影が銀河の中心と反対方向にできているのがわかった。手をかざして動かすと、それにつれてぼんやりとした手の影が動くのが見えた。確かに天の川で影ができたのです。」(要旨)と書いている。あんなかすかな星明りで影ができる。まさにこれこそ正真正銘の星影だ。
(参考:国立天文台教授 渡部潤一氏のコラム「星空の散歩道」より「星影を楽しむ」)

2017年7月16日 (日)

安倍総理の責任問題と今後の政局の展望

◆安倍総理の責任を声高に叫び、「辞めろコール」が澎湃しても、総理自ら辞めると言い出さない限り、替わる可能性はゼロに等しい。総理はよほどのことがない限り、集中予算委員会を乗り切り、来月早々に内閣改造を断行して、政権の立て直しを図るだろう。野党の弱体化と自民党内に有力な後継候補者が不在の中で、政権は継続されていくというのが大方の見方だ。今、自民党の中で次期総裁候補者と言えば、石破氏か岸田氏。しかし石破氏は党内人気がイマイチで、岸田氏はまだ線が細い。こんな状況だから、かつての自民党のように「党内抗争をやってでも」という強力なパワーも気力も見られない。結局、来年9月の総裁の任期満了に伴う「総裁選」を含めて、選挙なしに首相が交代するということはあり得ないだろう。

◆いくら内閣の支持率が下がり、自民党政権にNOを突き付けたとしても、総理が解散総選挙をして与野党が逆転しない限り、政権交代はあり得ない。国民はかつての民主党政権の悪夢を鮮明に覚えているから、民進党連合政権にも拒否反応を示すだろう。まして共産党が政権の一翼に入ることなど考えられない。唯一考えられるとすれば、韓国の民衆が朴槿恵大統領を弾劾裁判に懸けようと100万の民衆がモを繰り広げたように、多くの国民がムードに乗って十重二十重に国会を取り囲むようなデモを展開すれば、総理を辞任に追い込むことは可能だ。しかし、安倍総理が国家を貶めるような大逆を犯しただろうか? デモには世情を混乱させることを目的にして扇動者が現れてくることは必至だが、国民がそれに乗るほど愚かだとは思えない。

◆一つの可能性として、都議会議員選挙で「都民ファーストの会」を率いて大勝利させた小池百合子都知事が、次は国民ファーストの会を立ち上げ、国政に打って出るケースだ。すでに国会内に受け皿を作る動きが見られる。若狭、長島、松沢、渡辺喜美など一癖も二癖もありそうな連中ばかり。「俺が、俺が」で纏まるのか。小池氏本人が国政に転じるケースは最短で、来年11月の衆議員任期満了に伴う解散総選挙になる。そのときは小池チルドレンを大量に引き連れて出るかもしれない。しかし、知事の任期を1年8か月ほど残したまま、都政をほったらかして出るのが得策か

◆やはり都知事を一期務め上げ、言うところの都政改革を成し遂げて、東京オリンピックの名誉ある大役を果たしたあとに国政転出というシナリオがベストだろう。この場合都知事の任期は2020年8月1日までだから、ギリギリ開会式には間に合うが、すでにこれよりひと月以上前に二期目の選挙戦に突入しているから、立候補するかどうか態度を表明していなくてはならない。(オリンピック開催は7月24日から8月9日まで、9月にはパラリンピックもある)これは大きな賭けとなるだろう。国政の受け皿が本年12月までにできたとして、小池氏本人が国政に出るのが、2020年8月以降とすれば、3年近く国会に党首不在のまま、国民ファーストの会が続くことになる。かつての橋下徹氏の大阪維新の会と、日本維新の会を連想させられるが、その頃小池ブームはまだ続いているのだろうか。政界とはまさに一寸先は闇そのものだ。
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内閣支持率低下、加計問題の本質を探る

◆稲田防衛大臣ら安倍内閣の閣僚たちの言動に対する批判が集中している。また自民党一強の緩んだ環境の中で、二回生議員たちの言動がメディアの格好の餌食になっている。問題ある閣僚達をすぐには更迭できない優柔な任命責任も問われている。そして何より総理自身の加計学園問題等の説明責任を果たしていないという国民の不信感が相俟って支持率が大幅に急降下、このままでは30%割れも目前となってきた。

◆ここにきて安倍総理が「加計学園」の獣医学部新設問題を巡る国会の閉鎖中審査に応じる方針を決めた。なんともはや遅きに失した感があるが、対応を誤ればすべて言い訳に取られる可能性が高く、火に油を注ぐことにもなりかねない。ここは誠心誠意説明を尽くすしかない。野党の候補はまるで検察官気取りで、総理の首を取ることだけを手柄と考え、その後の政治の形やあるべき姿が見えてこない。「倒すまでが仕事、後はどうなろうと知ったこっちゃない」というのが本音だろう。

◆そもそも安倍総理は政治を混乱させた責任を感じていても、辞めなければならないとは感じていないだろう。「加計学園」獣医学部新設問題に絡み、便宜を図った見返りに金銭でも受け取っていたとするならば、これはもう辞任どころの騒ぎではなくなる。結局加計問題の本質は、獣医師会の在りように関する見解の相違の対立と言ってよいだろう。即ち、これ以上獣医師を増やす必要はないとする、獣医師会、既存の獣医学部関係者、認可管轄する文科省など、所謂岩盤規制と言われる人たちが一方の勢力だ。

◆一方、地方公務員としての産業獣医師が絶対的に不足しているとして、獣医学部の創設を希求し、10年以上も誘致活動続けてきたが、厚い岩盤に跳ね返されてきた愛媛県・今治市、それを利用し経済特区に指定して岩盤に穴を開けようとした安倍内閣、早くから指名に名乗りを上げて運動してきた加計学園側、この二つの対立が根本構図だ。

◆この場合の内閣の経済特区構想はいささか無理があることは確かだが、内閣総理大臣が文科大臣の上にあるのだから、真に設置が必要であるならば、特区などの搦手を使わなくとも正面から堂々と根拠とデータを示し、文科省を説得すればよかった。しかし結果は腹心の友人ということで、疑念を抱かれる結果となったことは戦略の見誤りだろう。こうなった以上どちらも引くに引けなくなったが、裁判に訴える問題でもなかろう。今「四条件がどうだこうだ」と議論したところで、埒が明くまい。平行線のまま続くだろう。将来のことは誰にも予測はできない。10年後、20年後獣医師会の現況を見た時、答えは出ているのではないだろうか。

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2017年7月11日 (火)

梅雨明け間近

◆梅雨明けを思わせるような、真夏の陽射しが二日続けて降り注いだ。そう言えば、昨日の朝(7/10)、今年初めてセミの鳴き声を聞いた。去年は11日に初鳴きを聞いている。去年より1日早まったことになるが、それだけ温暖化が進んでいるのだろうか。カラーっと晴れているようで、ムシムシした湿気は居座っている。梅雨はまだ明けていない証拠だろう。

◆北部九州の福岡県と大分県に跨る地域で、集中豪雨の被害が凄まじい。遠く離れた有明海で遺体が発見されるなどあまりにも痛ましい。近年、茨城県常総方面、広島県などの集中豪雨のように毎年のように大災害が発生しているが、水害に限らず、地震、津波、台風、大火事、竜巻など日本に住んでいる限り、どこにいても災害に襲われる危険性と隣り合わせだ。これだけはどうすることもできない宿命と諦めるしかないのだろうか。

◆鴨長明の方丈記の一節を読み返す。日本民族は遊牧民や石造りの家に住む民族とは全く異なるイメージの棲家に住んでいる。当時の日本の住居の災害時の弱さは、はかないイメージそのものだが、現在でも大災害の前には大差はないといってよいだろう。長明は大火、辻風(竜巻)、飢饉、地震などの災害を経験している。棲家のはかなさを感じるのであれば、堅固な家に住めばよいわけだが、長明は一丈四方(四畳半の広さ)、つまり方丈の庵に閑居し、安静を得た。人の命のはかなさは水の泡のようなものだと、はかなさに徹する美学を実践した。すべての執着を捨ててしまえば怖いものはないのかもしれないが・・・。

2017年7月 7日 (金)

七夕の夜に思いを寄せて

◆今夜は七夕。そもそも「七夕」と書いて「たなばた」と読むのは何故だろうか?ものの本によれば、いにしえの日本の禊(みそぎ)行事として棚機(たなばた)というものがあった。選ばれた乙女は「棚機女」(たなばたつめ)と呼ばれ、機屋はたや)にこもって神様の為に心をこめて棚機を操作して着物を織った。乙女が織った着物を棚に備えて、神様を迎え、秋の豊作を祈り、人々の穢れを祓うというものだった。奈良時代に遣唐使によって「織女、牽牛の星の伝承」が伝わり、織姫・彦星となって、宮中行事に取り入れられた。やがて仏教のお盆を迎える準備として7月7日の夜に行われるようになり、「七夕」と書いて「たなばた」と読むようになった。

2◆しかし、今夜は「織姫と彦星が1年に1度のデートを楽しむ」なんてロマンティックな話はさて置いて、天の川を挟んで夏の夜空に輝く、こと座のベガ(織姫)とわし座のアルタイル(彦星)、この二人の橋渡しをする白鳥座のデネブの話を天文の観点から調べてみた。夏の夜、浮世の喧騒を離れて、天の川を背景にこの三つの星が描く「夏の大三角」に思いを寄せるのも一興かと・・。


◆地球から見える天の川は「天の川銀河」と呼ばれ、渦巻き状の銀河横から見たものだと言われている。大きさ・形状は直径約8万~10万光年のディスク状で、厚さは中心部で約1万5千光年、周縁部で約1000光年、凸レンズ状の形状を持つ。銀河には約2000億~4000億個の恒星が含まれていると考えられている。太陽から銀河中心までの距離は約26,000~35,000光年と見積もられている。

Photoしかし、銀河系が普通の渦巻き銀河ではなく、中心部は棒渦巻銀河であると考えられるようになったのは1980年代になってから。中心には超大質量ブラックホールがあると考えられている。相対的なスケールを考えると銀河系を直径130kmに縮めた場合、太陽系は約2mほどの大きさになるという。銀河系の中心は地球から見て、いて座の方向に約3万光年離れた所に位置しており、いて座Aの中心部に超大質量ブラックホールが存在することが確実視されている。(写真は棒状渦巻銀河の想像図)

ベガ織姫)は、こと座でもっとも明るい恒星で、地球から比較的近く、およそ25光年の距離にある。この星には塵のリングが見つかっており、惑星が存在するのではないかと考えられている。また、この星は写真に撮影された最初の恒星でもある。西暦13,000年頃には北極星になるらしい

アルタイル彦星)は、わし座で最も明るい恒星。非常に若い恒星(おそらくは数億歳)であるため、水素の核融合反応によって生じたヘリウムが中心核を形成し、35億歳前後で赤色巨星へと変化して最終的に白色矮星になると考えられている。

デネブ白鳥座で最も明るい恒星。質量で太陽の15倍、半径は108倍、光度も太陽の54,400倍以上と、恒星としては非常に大きくて明るい白色超巨星である。ベガやアルタイルは質量や半径が太陽の2~3倍程度、光度も太陽のせいぜい数十倍程度であり、夏の大三角形の中ではデネブだけが突出している。3つの星が肉眼でほぼ同じ明るさに見えるのは、デネブだけが太陽系から極端に離れているからである。(太陽からの距離は約1400光年と推定) 仮にベガの位置にデネブがあったとすると、金星の最大光度よりも15倍も明るく、三日月とほぼ同じ明るさの点光源で見えることになる。デネブは恒星進化論に従えば、数千万年後には赤色超巨星を経て超新星爆発を起こして、中性子星かブラックホールに進化すると考えられるそうだ。いやー、宇宙って面白いですね。

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