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2017年6月25日 (日)

郷土愛と愛国心

◆「この国が気に食わない、社会が嫌だ、政治が嫌だ」と言って、国や社会に対し斜に構えている人でも、オリンピックで日本選手が活躍したり、サッカーやラグビーのワールドカップで強豪相手に必死に戦っている姿を見れば、自然と応援に力が入るようになる。何故だろうか?それは人として意識しようがしまいが、日本人のアイデンティティという根源的なものが自然発生するからではないだろうか。ここに一種の愛国心が芽生える素地がある。これが行き過ぎて、観客同士の小競り合い、反発、暴動などに発展することがあるが、これはもう愛国心とは言えない。単に民度の低さを露呈しているに過ぎない。

◆同様に人は自分が生まれ育った郷土に愛着を感じるものだ。それは年齢を重ね、郷土を離れて遠くに住むほど、その思いは強くなる。自分は九州長崎の出身であるが、青春時代にはどこか遠い所、有体に言えば都会に住みたいと思っていた。そして半世紀を過ぎ、東京も含めていくつかの知らない土地に住んで、今は神奈川県小田原に住んでいる。そうして住んだところはそれなりに愛着を感じている。多分北海道に生まれ育っていても、沖縄に生まれ育っていても長崎と同様に郷土愛を持ったに違いない。都会に生まれ育っていれば、その人にはそこが郷土であり、そういう意味では日本全国にそれぞれの郷土愛があることが自然の成り行きというものだ。それが愛国心に発展するものであり、逆に言えば郷土愛の希薄な人は愛国心も希薄になると言えよう。

◆ケント・ギルバート氏著作の「儒教に支配された中国人と韓国人の悲劇」を読んだ。長年日本と日本人について探求し、日本人が気づかない視点からの指摘や論評など、一読に値する。この書を読んで改めて中国や韓国に生まれ育たなくてよかったとつくづく思う。「愛国心」の観点がまるで違うのだ。氏は言う。最近の日本でも「」に対する意識が薄れてきているように思う。これはGHQによる戦後日本人の洗脳工作で、「日本は戦争で悪いことばかりした」と刷り込まれたことが大いに影響しているというのだ。

◆即ち、「国家に忠誠を尽くすことは非民主主義的であり、非人間的であり、ファシズムそのものであり、愛国心は悪だと思い込んだ国民は自分の祖国に誇りを持てない。国民の精神が荒廃すればその国の衰退は必然だが、GHQの洗脳教育の狙いはまさにそこにあった。この悪影響が大半の日本人の心の底流にある」と喝破している。日本人は本来「」の精神から出発し、そこから「」よりも「」を重んじる精神を培った。中国、韓国は全く逆で「公」より「私」の精神構造に支配されているという。思い当たる節は山ほどある。

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