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2017年5月 4日 (木)

憲法改正の是非を考える(最終回)

◆安倍総理が遅々として進まぬ憲法改正論議にしびれを切らしたのか、5月3日の憲法記念日にタイミングを合わせるように、新聞とテレビで憲法改正に向けて強い決意を表明した。驚いたのは2020年に改正した憲法を施行することとし、その柱は憲法9条に自衛隊を明確に位置付けること、それを正面から打ち出したことだ。総理としては戦後70年、誰も成し得なかった憲法改正を自分の在任中に、自分の手で目途をつけたいという思いが、ここにきて急に浮上したのだろう。

◆しかし些か短兵急ではないか、何か焦りさえ感じる。国民や野党への根回しが十分とは思えない今の状況で、反対勢力の説得に成算があるのだろうか。「天下分け目の関ケ原」ではないが世論を二分した総選挙の洗礼を受けなければならない。次期総選挙、続く参院選でも与党勢力が3分の2を維持する勝算があるのだろうか。大変な賭けになるだろう。

◆問題は憲法改正そのものが目的化して、「何のために改正するのか、どこをどのように改正するのか、改正して国民の暮らしはどうなるのか」といった説明は今までは充分ではなかった。これからは理解を得るため大変な努力が求められるが、問題なのは憲法改正を認めたくない勢力の人たちが一丸となって、あらゆる難癖をつけ、メディアも呼応して不安感を煽り、野党は審議入りを拒否。与党が強硬に進めていることを印象付けて、「安倍内閣はこういう悪い事しているんですよ。許すんですか」と、国の将来のことより妨害することを目的とした一大キャンペーンを展開することが予想されることだ。ここで失敗すれば、本当に必要になった時に、改正することができなくなるかもしれないということを肝に銘じて慎重に対処することが求められる。

◆また憲法改正すべきは何も9条だけではない。安倍総理は維新の党の主張を取り入れて高等教育の無償化も打ち出す方針のようである。他にも緊急事態における国政の在り方、衆議院・参議院の役割の見直し(一院制も含めて)、被害者側の人権等、この連載の(1)~(3)までにいくつか取り上げるべきテーマを述べてきた。また裁判員制度が採用されたが、この制度は本来憲法上に明記すべきマターではないだろうか。

日本は曖昧な文化、ファジーなものを受け入れる素地がある。文化などはそれで良いかもしれないが、法整備は明白なものがよい。国家元首の規定も曖昧のままで、明確になっていない。9条における自衛隊の地位についても、曖昧のままであることに違和感はないらしい。安倍総理が一石を投じたことで、国民一人一人が真剣に考える切っ掛けができたと捉えるべきではなかろうか(終り)

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