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2017年4月19日 (水)

「教育勅語」と「十七条の憲法」

◆森友学園問題に端を発した「教育勅語」が俄然注目を集めるようになった。私の友人で明治神宮まで出かけ、ペーパーをもらってきた人がいる。その印刷物には、「教育勅語原文」及び「口語文訳」、発布の意図を分かりやすく説明した「明治天皇と教育勅語」、そして勅語の要点を記した「教育勅語の十二徳」がA4一枚に収められている。

◆「十二徳目」のうち前半の6項目は、個人として立派な人格、平和な家庭、道義的な良い社会づくりを目指すものであり、後半の6項目では勉学、人格向上、社会貢献、遵法・秩序など教育の向上を指針としている。「教育勅語」と呼んでも、明治天皇に限らず、いつの世でも目指す指針は不変のものと思われる。
但し、最も問題視されているのが最後に謳われた「義勇」即ち、原文では「一旦緩急アレハ、義勇公ニ奉ジ、以テ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ」と述べられている点だろう。口語訳では「非常事態の発生の場合は、真心を捧げて国の平和と安全に奉仕しなければなりません」と書かれている。これとて普通に考えれば、自国が他国から攻められようとすれば、愛国心があれば祖国を守ろうとする気持ちを持つのは自然の成り行きと言える。


◆問題なのは、かつての日本軍は軍国主義を推し進めるために、この規定を拡大解釈して、「教育勅語」そのものを国が求める人材の在り様に利用したことにある。御上からの押し付けが結局この国の歴史に大きな過ちを残した。戦後昭和23年、国会で勅語の排除と失効が決議されたことで決着しているはずだ。
ところがこの葬られたはずの「教育勅語」が忘れた頃に頭をもたげてくる。その要因は現代社会における道徳心の欠如、社会秩序の乱れ、倫理観の喪失などと裏腹の関係にあると言っても過言ではない。「戦後の道徳教育がないがしろにされてきた結果の顕れである」とはよく聞く話である。


◆明治天皇を1400年ほど遡った祖先の一人、聖徳太子が604年に「十七条の憲法」を定めた。現代語訳を読んでみたが、これは法典というより道徳律であり、当時の朝廷に仕える諸氏族、役人に対して、守るべき態度・行動規範を示した服務規定ともいうべきものである。これが現代でも政治家・役人・勤め人等にそのまま当てはめられるのではないかと思われる。「教育勅語」のように子供たちに直接押し付けるのではなく、まず教える側の教師や教育者に対して、「十七条の憲法」を参考にした「期待される教師像」を明文化してみてはどうだろうか。子供は後姿を見て育つものだ。

 閑話休題:新解釈笑辞典
  ・「教育勅語」・・子供達には暗唱を強要しながら、それを指導した教育者は
   真逆なことをして、国会で糾弾されたり、破産することを指す。 

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