2017年11月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    
無料ブログはココログ

最近のトラックバック

« 2017年2月 | トップページ | 2017年4月 »

2017年3月

2017年3月30日 (木)

金権主義と恋愛の関係(下) -小説「金色夜叉」に学ぶ-

◆仮に、宮が富山のプロポーズを断り、貫一との結婚を選んでいたら、平凡な恋愛小説に終わっていただろう。しかし、貫一は資産家との結婚を宮の裏切りと見た。当の宮自身もそうした後ろめたさを感じるところもあった。読者にとっても、宮への批判とこの先の展開が気になるところで、作者紅葉の巧妙なストーリーの運びがみてとれる。今の若い娘は、貧乏学生より玉の輿を取るのに何の抵抗があるだろうか。これで逆恨みされるなどあり得ない。しかし、小説はここから、金権主義と恋愛の関係について考えさせるよう、大きく展開していく。

◆「金色夜叉」はセリフの部分を覗いて、華麗な美文調の文語体で書かれている。現在の我々にはやや読み辛いところがあるが、明治の頃の庶民の教養が伺い知れる。しかし、自然主義文学の口語文小説が一般化すると、その美文がかえって古めかしいものと思われ、ストーリーの展開の通俗性ばかりが強調され、日本文学の伝統的技法に寄せた名文(三島由紀夫紀)の部分が真剣に検討されることは少なくなった。

Photo〇さて、宮の熱海行きを聞いて、貫一は宮の本心を確かめるべく熱海へ直行する。そこで見たものは富山と散歩中の宮の姿。富山も宮を追っかけて熱海へ来たのだった。その夜、宮と海岸に出た貫一は宮を詰問する。宮は訳を話し何度も詫びを入れるも、貫一の怒りは収まらず、ついには「操を破った浮気女」と罵倒する。ここで、泣いて許しを請う宮を怒りに震える貫一が蹴り飛ばす有名なシーンが生まれた。

「1月の17日、宮さん、よく覚えてお置き。来年の今月今夜は貫一は何処でこの月を見るのだか!再来年の今月今夜…10年後の今月今夜…一生を通して僕は今月今夜は忘れん、忘れるものか、死んでも僕は忘れんよ!いいか、宮さん、1月の17日だ。来年の今月今夜になったらば、僕の涙で必ず月は曇らしてみせるから、月が…月が…月が…雲ったらば、宮さん、貫一は何処かでお前を恨んで今夜のように泣いていると思ってくれ」(原文)

貫一にすがりつく宮を突き放し、勢いのまま蹴り倒すと、泣き伏す背中に恨みの言葉を投げかける。「宮、おのれ、おのれ姦婦、やい、貴様のな、心変わりをしたばかりに間寛一の男一匹はな、失望の極発狂して、大事の一生を誤ってしまうのだ。学問も何ももうやめだ。この恨みのために貫一は行きながら悪魔になって、貴様のような畜生の肉を啖ってやる覚悟だ…(原文) 何たる男の未練!か弱い女性相手の悪口雑言!そして女々しい責任転嫁!読んでいる方が恥ずかしくなる。どう読んでもこの部分はいただけない。

◆しかし、何故これが名セリフとなり、名シーンとなるのだろうか。まだ男尊女卑の風潮が残り、女性の心変わりは許されないという時代の背景があったにせよ、決して許されるものではない。実は金権主義の風潮が表面化し、「金がすべての世の中」なりつつある今、作者はそのアンチ・テーゼとして金権主義と恋愛の関係を対比することによって問題点を浮き彫りにしたのではなかろうか。

〇貫一が消息を絶ってから4年。宮は貫一への思いを残したまま結婚生活を続けるが、優しい夫、裕福な暮らしの中でも、夫を心から受け入れることはできなかった。貫一は名うての高利貸しのもとで、夜叉の如く、冷酷非情と言われながら金を追い求め、己の所業の虚しさを嘆いていた。「5年前の宮が恋しい。俺が100万円積んだところで、昔の宮は得られんのだ! 思えば金もつまらん。少ないながらも今の金が熱海に追っていった時の鞄の中に在ったなら…ええ!」  俗っぽい話が、しかし気になる話が延々と続いていく。(終)

2017年3月29日 (水)

金権主義と恋愛の関係(上) -小説「金色夜叉」に学ぶ-

◆熱海の海岸を散歩すると、いやでも貫一・お宮像お宮の松が目に入る。言うまでもなく、尾崎紅葉の名作「金色夜叉」の有名な一場面をモチーフにしたもの。余談だが、ある学生が「きんいろよるまた」と読んだという笑い話も残っている。
自分はこの像を見るたびに気恥ずかしい思いに捕われる。外国人が見てどう思うだろうか?多くの外国人は「男性が女性を足蹴にしている、何故?」、「なぜこんな銅像が建っているの?」、当然だろう。日本在住54年のC・W・ニコルさん(1995年日本国籍を取得)さえ、「男性が女性を蹴ることは許せない。例え、文学作品の一部だとしても許せない。撤去した方がいい」という意見を伝えている。確かにその通りで、いくら外国人に説明しても理解を得るのは困難だろう。日本人の自分さえ理解できないのだから。


Photo◆では何故、一見野蛮なこのシーンが日本人には受け入れられいるのだろうか。それには原作と時代背景を知る必要がある。この作品は1897年(明治30)1月に読売新聞に連載され、1年で一旦終了するが、読者の強い人気と要望もあって、「続編」、「続々編」等が断続的に連載され、1902年5月まで連載された。しかし紅葉の病気もあり、未完のまま終わっている。因みに紅葉は翌1903年に満35歳で没している。

◆時代は明治中期を過ぎ、日清戦争に勝利した日本は資本主義が発達し、鉄鋼・造船・鉱業・銀行などの産業資本が確立、労働組合の結成など近代化に邁進していた。社会的には貴族、上流社会、庶民、書生など様々な階層が混然一体となって前向きに進んでいた時代だった。
一方文学界でも、樋口一葉、泉鏡花、与謝野鉄幹・晶子、国木田独歩など古い日本文化の上に立った新しい風が吹き始めていた。そうした中で尾崎紅葉は「金権主義と恋愛の関係について」をテーマに「金色夜叉」を発表し、大衆の心を捉えた。


〇15歳の時に両親を亡くした間寛一は、彼の父親に恩を感じていた鴫沢隆三夫妻に引き取られ、息子同然の世話を受ける。鴫沢家には一人娘「」がいた。当初夫妻は宮との結婚は考えていなかったが、貫一の素行の正しさ、学問に励む姿勢に惹かれ、次第に宮との結婚を考えるようになった。貫一も宮を愛し、宮もゆくゆくは彼の妻になるものと納得していた。ところがある日、着飾った女性が集まるカルタ会の会場で、英国帰りで銀行家の御曹司富山唯継に見染められ、その後人を介して結婚を申し込まれる。宮は着飾らなくても際立った美貌の持ち主だった。

〇宮は貫一に好意は持っていたものの、一方で高貴な暮らしに憧れ、玉の輿に乗ることを夢見る普通の娘だった。そうした期待を持っていたこともあり、貫一を愛する気持ちを整理できないまま、富山との結婚を決意する。貫一に直接言えない宮は、父の隆三
に伝言を頼み、母と二人で熱海に向かう。隆三にとっても資産家と姻戚を結ぶことは名誉なことであり、貫一に対する後ろめたさもあって、「海外留学も援助するから宮のことは諦めてくれ」と頼む。貫一は大恩人である隆三の頼みには黙って頷くしかなかった。(続く)

2017年3月27日 (月)

自虐史観からの脱出と道徳教育の再興

◆戦後の歴史教育は日本の歴史の負の面ばかり強調して、あまりにも偏った歴史観を国民に植え付けてきたという見方がある。確かに誤った皇国史観や軍国主義が日本を破滅に導いたことは否定できない。そして「自虐史観」と言われる歴史認識が蔓延し、その教育を受けた結果、「自分の国の歴史に誇りを持てない」、「昔の日本は最悪だった」、「日本は反省謝罪を」という意識が根付いた。特に左翼系や進歩的と自称する多くのメディアは、ことある毎に「自虐史観」を働かせてきた。

◆戦後の歴史観を「自虐史観」と呼ぶ人々は「日本の歴史学が戦後民主主義教育によって著しく歪められた」とする。一方でこのような主張は「歴史修正主義」であると、日本の多くの歴史学者や戦勝国であるアメリカの歴史学者なども批判する。「戦勝国」を名乗る中国や韓国からも教科書問題や歴史認識に関して、「歴史を捻じ曲げるもの、反省と謝罪が足りない」と、事ある毎に批判し続け、外交にも利用されている。

◆話は変わるが、「日本の総務副大臣が正式な外交関係のない台湾を公務で訪問し、日本の観光イベントの開幕式典に出席した」というニュースが日本の各メディアから一斉に報じられた。加えて、わざわざ「中国の反発が予想される」と付け加えている。このニュースを報じること自体、何ら問題はないが、わざわざ「日本政府はこんなことをしているんですよ。中国は日本政府を批判しないのですか」と言っているように見えないだろうか。彼らの根底に「自虐史観」が透けて見えるようだ。二つの中国を認めていないからといって、忖度する必要があるだろうか。

◆2014年1月、自民党は運動方針案に「自虐史観に陥ることなく日本の歴史と伝統文化に誇りを持てるよう、教科書の編集・検定・採択で必要措置を講ずる」と明記した。戦後教育を受け始めた我々世代には自由で民主的な教育は当たり前のものであったが、戦前の教育はずいぶん窮屈なものだったと理解できる部分はまだあった。「道徳」の時間は1958年から復活されたが、名ばかりで実態は無かった。戦前の「修身」のイメージもあり、道徳教育そのものが忌避される風潮があって、他教科に比べて軽んじられていたことは否めない。

◆それらの積み重ねが、少年犯罪の増加いじめ問題の頻発などの教育の荒廃を招いたといっても過言ではないだろう。政府は24日、来年度から使用する小学校の道徳高校教科書の検定結果を公表した。特に小学校の道徳は「考え、議論する道徳へ」大きく転換し、教科書の質量増強を図るという。また高校の地理歴史や公民では最新の政治情勢を反映して、領土問題なども正確に記述するとしている。遅きに失した感もあるが、戦後長く続いた自虐史観と中・韓に対する忖度の姿勢から脱して、ようやく左・右に傾かない本当の日本の姿勢が示されるものと期待している。

2017年3月21日 (火)

豊洲移転問題を政争の具にするな

◆築地から豊洲への市場移転問題は都議会の「百条委員会」で4日間計21人の証人喚問をして、一区切りを付けたものの、特に真新しい事実は見られなかった。今後も引き続き事実の解明は必要だろうが、犯人探しもさることながら、肝心なのは今後どうするのかという決断ろう。
考えられる選択肢は小池知事も述べている通り、(1)安全・安心宣言をして、豊洲へ移転する。(2)老朽化した築地市場を建替える。(一部営業を縮小しつつ、10年以上の時間をかけて部分的に順繰りに建築する)の2案しかないと思う。問題なのは豊洲市場の安全性は確認されたとしても、安心かどうかの判断は「都民が下すもの」として小池知事が先延ばしの姿勢を見せていることだ。
特に、この夏の都議選に持ち込み、その判断を都民に問おうとしていることはポピュリズムそのものだ延期は自分の一存で決定し、決断はその責任を都民に丸投げしているように見える。丸投げされた都民も困惑するだろうが、小池新党とも言える「都民ファーストの会」が自民党を悪役に仕立てて、大躍進。まさに移転問題を利用して勢力を伸ばす図式が見えてくる。


◆安全・安心に関する問題は宗教論争に足を突っ込むようなものだ。移転反対派はどんなに汚染対策を施して、科学的に安全な数値が出たとしても、過去にあった汚染土壌の上に建っている限り問題だとする。例え地下水を口にしたり、利用したりするものではないとしても、安全性への疑問は消えないとする観念に凝り固まっているのだろう。そうした心理を利用した一部勢力や政党が存在することも国内各地の紛争の裏で垣間見られる現象だ。

◆ここにきて、築地市場の過去の有害物質による土壌汚染が指摘されている。さらに以前から言われていた耐震強度不足、サビ等で老朽化著しい建築物、開放型市場による鳥・ネズミ等の衛生被害、自動車排気ガスの問題が一段とクローズアップされだした。(なお、国際水準では生鮮市場は外部と遮断される閉鎖型でなければならないとされている)
移転反対派はこれらの指摘があっても「今まで問題がなかったのだから、有害物質が残る豊洲より築地市場のままでよい、問題点は徐々に改修すればよい」とする立場のようだ。


◆小池知事も豊洲市場の安全性に関して「法的に求められていることはカバーしている。世界的にも閉鎖型で温度管理していくことが主流だ。また衛生面で優れていることも否定しない。」と言いつつ、「安心の判断基準」については、「豊洲市場には不信感がある。それを取り除くための材料がまだ欠けている。長年営業してきた築地ブランドという安心感がある」とまさに盲目的な信仰心に支配されているようだ。

◆テレビで築地市場関係者が語っていた。仮に安全宣言して、豊洲に移転したとしても、スーパーで「当店は豊洲市場のものは販売しておりません」とPRされたら、お仕舞だと語っていた。つまり問題なのは風評被害なのだ。
発生から6年経過した現在に於いても、福島原発から避難を余儀なくされた児童たちが避難先で差別を受けたとか、学生が侮辱を受けたという例があった。ここが日本なのかと悲しくなる。韓国・中国ではいまだに東北・関東産のものを放射能汚染の恐れありとかで輸入規制しているという。これと同じことを日本の東京で多くの市民が行っているのだ。風評被害は「作る者」、「流す者」、「被害を受ける者」で構成される。誰もがその構成メンバーになり得るものなのだ。日本人よ。もう少し賢明になろうよ。

2017年3月19日 (日)

博さんが選ぶプロ野球史上最強ベストメンバー

内外ともにいやなニュースばかりで、気が滅入っちゃいそうですが、こういうときはスポーツが一番。WBC小久保JAPANは期待以上に頑張っていますね。下馬評ではイマイチでしたが、いざ本番となると、予選一次リーグ、二次リーグとも無傷の6連勝。全員野球のサムライ魂がヒシヒシと感じられます。

いよいよ敵地アメリカに乗り込んで、最後の決戦。応援に力が入るのは日の丸を背負っているからでしょうか。アメリカも今回ばかりは真剣さが感じられます。国技の野球でありながら、過去一度も優勝していないという屈辱がそうさせるのでしょう。

さて長いプロ野球の歴史の中で、多くの名選手が誕生し、球史に名前を刻んできました。そこで、自身が独断で「史上最強・ベストメンバー」を選んでみました。


 1番 鈴木イチロウ (中堅)     2番  福本 豊  (遊撃)
 3番 王 貞治    (一塁)      4番 長嶋茂雄  (三塁)
 5番 松井秀喜    (右翼)          6番  山本浩二   (左翼)
  7番 高木守道    (二塁)     8番  野村克也  (捕手)
  9番 張本 勲    (指打)


〇先発投手:稲生和久  中継:江夏 豊  抑え:佐々木主浩

どうでしょうか? 他にも 投手なら沢村、金田、野手なら川上、千葉、中西、
豊田、広岡、落合なども選びたいところですが、枠に限りがありますので・・。


Dscf0526

Dscf0528 

2017年3月12日 (日)

朴槿恵大統領罷免後の韓国社会

◆韓国憲法裁判所による朴槿恵大統領の罷免決定は、罷免を求める世論が7割を超え、弾劾を棄却する選択肢はなかった。韓国の司法は法理や法治主義よりも、国民に寄り添うことが優先される側面がある。日本では「司法といえば純粋な法理に基づいて、最終的な判断を示す組織」と認識されるが、韓国はそうではない。何故なのだろうか。

◆戦後,韓国は軍出身の大統領の下で、人権は踏みにじられ、司法は政治権力の道とされた。国民の間には「司法はその片棒を担いだ」という認識があって、司法に対する不信感は根深いものがあった。1987年の民主化宣言以降(大統領直接選挙制で盧泰愚大統領が誕生)、司法は過去への後ろめたさがあって、信頼を取り戻すべく、国民感情情緒を重視するようになった。国民に寄り添うと言えば聞こえはよいが、それは移ろいやすい国民感情におもねることになり、司法の判断が外交上の諸問題にも影響を及ぼすことが多々見られることとなった。慰安婦像問題などはその典型だろう。
(以上は11日付読売新聞、奥園秀樹静岡県立大准教授の寄稿文を参照)

◆また、11日付産経新聞電子版によると、拓殖大学の呉善花教授は朴槿恵氏を大統領から罷免した韓国社会について「韓国には悪者を完全に潰すという国民性がある。そのような国民感情を前にして憲法裁判所も全員一致で罷免を決定した。今後、韓国の北朝鮮化が進むだろう」と語った。呉氏は次期大統領選では、朴氏弾劾を先導した文在寅氏が当選するとの見方示し、その上で「親北朝鮮の姿勢は隠し、慰安婦や強制連行などで反日を強め、国民の情緒に訴えるだろう」と述べた。

◆続けて韓国の内政が、北朝鮮と同じように社会主義的な政策に傾くと指摘した。呉氏はその理由として「韓国では貧富の格差が拡大し、伝統的な韓国らしさが失われたと考えられている。一方、北朝鮮は民族の主体性を保っているとして親近感を持つ国民は多い」と指摘した。北朝鮮の弾道ミサイル発射や、金正男氏がマレーシアで殺害された事件もあったが、呉氏は「金正恩は、韓国の北朝鮮への接近は後戻りしないと自信を持っているのだろう」と述べた。


◆だが、韓国が北朝鮮に傾くとして、それまで韓国経済が保っているだろうか。日・米あってこその韓国経済だ。財閥の寡占が続くとはいえ、いったん資本主義を経験した韓国経済がその枠組みから離れ、負の遺産の塊といえる北朝鮮経済を支えるだけの力があるだろうか。韓国が大きく左傾化するならば、金正恩体制の食い物されるだろう。「移ろいやすい韓国民の感情はまた大きく右に振れ、かつての体制に戻ろうとするだろう。いずれにしろ朝鮮半島の春は遠いし、慰安婦像、拉致被害者問題は当分の間解決しそうにない。

2017年3月 7日 (火)

金正男殺害事件に思うこと

◆2月13日、マレーシア・クアラルンプール国際空港で起こった金正男と見られる男の殺害事件。20日以上経過しても連日、続報が流されている。事件は当初マレーシア警察の迅速な動きで、インドネシアとベトナム国籍の犯人女性二人が捕まり、早い時期に解明されるものと思われた。ところが事件は思わぬ方向に展開した。北朝鮮の国家ぐるみの捜査妨害、加えてマレーシア当局や韓国への誹謗中傷に終始する。対するマレーシアも北朝鮮へのビザ免除制度を廃止し、北の駐在大使を「ペルソナ・ノン・グラータ」(好ましからざる人物)に認定し、国外退去を命じた。北も当然ながら同様の報復措置を講じたが、今や国交断絶寸前まで差し迫ったようだ。

◆今までのところマレーシア警察当局は、同国在住の北朝鮮工作員と見られる人物を犯人一味として逮捕したが、証拠不十分として釈放。国外退去を命じたが、もう少し調べる方法がなかったのか。外交当局はウィーン条約に則り、毅然たる態度をとっていたが、仮に日本の国際空港で、外国人による他の外国人への同様な殺害事件が起こった場合、かつその裏に微妙な国際門題が見え隠れする事件であった場合に、果たして適正な捜査、適正な判断ができただろうか。というのも、日本はかつて金正男が成田空港に偽造パスポートで入国しようとした際、国際問題化するのを恐れたのか、ただ単に入国拒否、国外退去を命じただけという経緯があるからだ。

◆その際これを奇貨として、拉致被害者と交換するなどの外交交渉を考えなかったのだろうか。今回の金正男殺害事件も、過去のテロ事件と同様、北朝鮮は「金正男ではない、北は犯罪に関わっていない、韓国の陰謀だ、ねつ造だ」と言い張り、絶対に非を認めない。このまま二人の犯人女性をトカゲの尻尾切りに仕立て、ウヤムヤに終わらせたい腹のようだ。一方事件の真相が明確になると困る国、中国の影も見え隠れする。正男氏の身元が明らかにならないよう、息子のマレーシアへの渡航を抑え、このまま闇から闇へと葬って、北朝鮮への影響力を保持したいようだ。

◆いずれにしろ、唯一ビザなし渡航を認めてきたマレーシアという友好国を敵に回し、同じように北朝鮮と国交を結ぶ諸国にも警戒感を与えてしまった。国際的経済制裁でますます追い詰められ、海外に頼るべき相談相手となる首脳もいなく、ますます孤立感を深めようとしている。結果、頼るべきは核とミサイルだけとなり、開発・実験にシャカリキとなる。ついには自暴自棄となり、近隣諸国を巻き込んで暴発することが現実の脅威となりつつある。しかし、韓国は目前に迫った次期大統領選で親北朝鮮政権誕生が確実視される。実現すれば当面北の脅威は後退するだろう。今回のミサイル実験は在日米軍を標的にしたものと強調する。まさに日本が標的になる時がきたと真剣に捉えるべきだろう

2017年3月 2日 (木)

韓国大統領代行の発言を支持

◆昨日3月1日は韓国の「3・1独立運動」の記念日だったという。日本の朝鮮半島統治下の1919年に朝鮮各地で起きた独立運動を記念する日とのことで、昨日もソウル市内で記念式典が行われ、朴槿恵大統領の代行を務める黄教安(ファン・ギョアン)首相が演説の中で注目すべき発言を演説を行った。

独立運動記念日とは何なのか?あくまでも運動が始まった記念日であって、独立記念日ではない。歴史を紐解いてみよう。日清戦争に勝利した日本は1895年、下関条約において清国に対し、「朝鮮を自主独立の国」と認めるよう要求し、これを認めさせた。つまり朝鮮が自力で清国から独立したものではなく、日本の力を得た上での独立だった。
もともと反日色の強い朝鮮は1897年、「大韓帝国」と改号。その後も権力闘争に明け暮れ、国王一族はわざわざロシアの影響下に入って、反日を煽った。かくして満州から朝鮮半島に「侵略」してきたロシアと、それに危機感を持った日本は朝鮮半島の支配権を巡って日露戦争を戦い、1905年辛うじて日本は勝利した。
それでも朝鮮の独立を支援してきた日本は、「大韓帝国」に当事者能力がないとして、保護下に置くべく、1910年日韓併合条約に調印し、「大韓帝国の併合」に踏み切った。因みに併合に反対していた伊藤博文が暗殺されたのはその前年1909年のことだった。ここから韓国が言う「日本の植民地化」が始まることになる。その9年後の1919年に対日独立運動が始まった訳だが、真の独立は日本が太平洋戦争に敗戦する1945年8月15日となる。


◆話を黄首相の演説に戻そう。黄氏は大部分を金正男殺害事件に割いたが、一部で日韓関係について「未来志向的な正しい歴史認識に基づき、断固対応していく」と強調。慰安婦問題に関する2015年末の日韓合意については「合意の趣旨と精神を心から尊重し、実践しなければならない」として、その上で「日韓二つの国が互いに信頼し、発展していくだろう」と述べた。日韓関係は昨年12月末に釜山の日本領事館前に慰安婦像を設置するなど合意の精神とは真逆な方向に向かっているとして、政府は駐韓大使や総領事を一時帰国させるなど、冷え切っている。こうした中で黄氏は合意への韓国世論の理解を求め、対日関係の改善を訴えた形だ。

◆韓国では左派系野党をはじめ国民の7割近くが2015年末の日韓合意の破棄を求めている。こういう時期に、しかも「3・1独立運動記念日」の当日に、親日的な(外交上当然ではあるが)発言をしたということは、かなり勇気のいることだと思う。しかし、穿った見方をすれば朴槿恵政権がレームダックになった今、そして次期野党政権が確実視される今だからこそ、世論におもねることなく本音の発言を吐露したのかもしれない。韓国民の真の理解を得るにはまだまだ時間がかかりそうだ。

« 2017年2月 | トップページ | 2017年4月 »