2017年7月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          
無料ブログはココログ

最近のトラックバック

« 2016年11月 | トップページ | 2017年1月 »

2016年12月

2016年12月31日 (土)

行く猿、来る鶏

今日は大晦日。あと3時間ほどで年が改まる。
猿が去り、鶏が来るという。猿に因む格言・ことわざと言えば、
「犬猿の仲」、「猿も木から落ちる」、「猿に烏帽子」、「猿の尻笑い」など、
あまり良い意味では使われない。
鶏に因む格言・ことわざといえば、「鶏口となるも牛後となるなかれ」など
少しは良い意味に使われることもあるが、「鶏を割くにいずくんぞ牛刀を用いん」、
「鶏鳴狗盗」など、こちらもあまり良い意味には使われない。
いずれにしろ、騒がしい一年が過ぎ、また騒々しい一年となりそうだ。


Photo   Photo_2

大晦日と言えば、年越しそばに、紅白歌合戦。
紅白の音声が流れているが、何十年と見ていない。
見ていないと言うより、見る気がしない。
もうひとつ、大晦日と言えば除夜の鐘
その除夜の鐘が、今年は騒音の苦情がで、昼に衝く寺もあるという。
夜衝いてこそ、「除夜の鐘」だろう。これじゃ「除昼の鐘」だ。
近年何かと周囲がクレームを付け、それが通っちゃうという現象が起こる。
やな、世の中になっちまったね。来る酉年もあまり期待できそうもないね。


Photo_3  Photo_4

2016年12月29日 (木)

真珠湾の寛容と和解のレガシー

年も押し迫った27、28日の両日、安倍総理がハワイ真珠湾を訪問し、オバマ大統領と75年前の旧日本軍による真珠湾攻撃の犠牲者を慰霊したことは、世界に向けた平和のメッセージとして大いに評価したい。今年5月、オバマ大統領が慰霊訪問した広島が太平洋戦争の終結の地を象徴するものであるのに対し、安倍さんの真珠湾訪問は戦争開始を象徴する地でもあるから、順序としては逆でもよかった。いずれにしろ、同じ2016年に、しかも大統領の退任直前に訪問したことは、影が薄くなったオバマ氏に脚光を浴びせて、最後の政治的遺産を残す形となり、まさに絶妙のタイミングだった。

安倍さんは演説の中でリンカーンの言葉を引用したうえ、「私は日本国民を代表して、米国が、世界が、日本に示してくれた寛容に対して改めて心からの感謝を申し上げる。(略)パールハーバー、真珠の輝きに満ちたこの美しい入り江こそ、寛容と和解の象徴である。未来の子供達、そして世界中の人々がパールハーバーを和解の象徴として記憶し続けることを願う」と訴えた。確かにアメリカの心の広い許容の精神が、互いの憎悪と憎しみを乗り越えて、未来志向の希望の同盟を築いてきたことは間違いないだろう。

対してオバマ大統領は「国家として、国民として、我々は受け継ぐ歴史を選ぶことはできない。しかし、我々はそこから教訓を選び、それらの教訓を生かして未来を築くことはできる」と述べ、「和解は報復よりも多くの恩恵をもたらす」と語ったことに感銘を受けた。過去の過ちをいくら指摘し、修正せよと迫っても詮無い事。暗に中国や韓国、ロシアの首脳たちに向けて発しているメッセージのようにも思えるが、寛容の精神を持ち合わせない彼らに届くことは無いだろう。

中国や韓国、そして日本の野党までが、「戦争責任に対する反省と謝罪の言葉がない」、「パフォーマンスに過ぎない」といったコメントを発する。安倍総理は昨年4月の米上下院合同会議での演説や8月の戦後70年の首相談話で「痛切な反省と心からのお詫びの気持ち」を表明してきた。問題は口先の表明ではなく、行動でどう表すか、お互いの当事者がどう受け止めるかであろう。今回慰霊の演説後、生存している旧米兵たちと抱擁を交わした。また米兵士の遺族や日系元兵士らも参列し、「首相の行動は単なる謝罪の言葉よりよっぽど重みがある」と語った。こうした事実こそ真摯に受け止めるべきで、未来志向の良好な関係を築くのであれば日米関係こそ良き手本とすべきであろう。

Dscf4132

2016年12月27日 (火)

ポピュリズムの世界的台頭を憂う(後)

眼をアジアに転ずれば、フィリピンは「麻薬の一掃」を掲げ、民族主義的なポピュリズムを掻き立てたドゥテルテ氏が大統領となり、圧倒的な支持を得ている。
韓国は全く異質なポピュリズムを有する国で、新しい政権を担ぎ上げては数年後に引きずる落とし、次の政権を求めて振り子のように大きく揺れる。右系・左系を模わず「反日」というキーワードをポピュリズムに利用する点では一致する。偏頗なナショナリズムと結びついた民族主義的なポピュリズムとでも言おうか。
問題は昨年12月、日韓両政府の間で「慰安婦問題の最終的かつ不可逆的な解決」で合意した点だ。日本は8月には韓国政府が設立した財団に10億円を拠出し、元慰安婦の7割に当たる34人に一人約1000万円が支払われた。しかし少女像は移転されるどころか、新たに釜山に設置する動きがあるという


即ち、韓国世論・市民団体は「犯罪者の朴槿恵大統領が締結した合意は無効」だと主張。学生や左派団体は「合意が間違ったものであることを市民に認めさせ、最終的に再交渉を求めるためだ」という。何たる無知。間違った民主主義を取り入れた国の愚かさ以外何物でもない。昨年の両国合意で、これでやっと前に進むかと思ったが、かすかに危惧される部分もあった。その予感が現実のものになりつつある。国家間の約束より自分たちの主張が正しいとするならば、無政府状態でいいではないか。現在はそれに近い状態だから、大統領選をやる必要もなかろう。これはもうポピュリズムを通り越して狂気の沙汰と言わざるを得ない。相手にする方が間違っていた。かの国はもう見捨てよう。すべてを無視するに限る。

翻ってわが日本はどうか?長期安倍政権が続き、先進国の中では比較的に安定しているように見える。これはそれ以前の2006年から2011年までの5年間で6人の総理が代わるという短命内閣が続いたことへの反動もあるだろう。特に2009年から2012年までの3年3か月で、3人の総理が就任した民主党政権こそ、大衆受けはするが現実的でない政策を掲げた「ポピュリズム」の最たるものだった。当時は国民も民主党の議員もそのことを意識していなかったが、またぞろ、小沢ゾンビが共産党、社民党、民進党などに働きかけ左派系ポピュリズムを復活させようと蠢いている。本当に懲りない人だ。

日本は1930年代に軍国主義が台頭し、大衆を駆り立てるポピュリズムが席巻した。賢明な人たちは軍国主義に反対したが、結局ポピュリズムに敗れ、破滅の道へと突き進んだ。真に賢明な人たちは悪しき前例には乗らない。世界中に巻き起こっているポピュリズムに対してその過ちを正し得るか。欧州各国で国の重要な方向性を決める際、国民投票に委ねる姿勢が増えている。国民投票は「白か黒かを問うことで、少数意見に配慮した政治的妥協の余地がなくなる上、感情的なポピュリズムに繋がりかねない」という危険な事例を残した。日本では地方自治体では行われているが、国レベルでは憲法改正以外国民投票は行われない。政治家がリーダーシップを発揮できず、判断を国民に丸投げするのが国民投票であり、民主主義のように見えて、実はポピュリズムに委ねるものである。結果は常に正しいとは限らないからだ。(終り)

ポピュリズムの世界的台頭を憂う(前)

一匹の妖怪がヨーロッパを徘徊しているー共産主義という妖怪が」。このマルクスの「共産党宣言」の冒頭部分を借りるならば、「多数の妖怪が世界中を駆け巡っているーポピュリズムという妖怪が」ということになろうか。
ポピュリズム大衆迎合主義)とは、経済停滞や社会不安に付け込み、大衆受けはするが現実的ではない政策で、大衆を惹きつけ、扇動する政治運動や政治思想を指すと言われる。エリート層や体制側を批判し、庶民の味方のような姿勢を見せる。ポピュリズムには保守的ポピュリズム左派的ポピュリズム、ナショナリズムと結びついた民族主義的ポピュリズム国粋主義的ポピュリズム等がある。


◇保守的ポピュリズムの代表はアメリカの次期大統領トランプ氏だろう。政治や社会の現状に強い不満を持つ貧しい白人労働者に対して「反移民、自国第一主義、反エリート」など内向きの人気取り政策を訴え、効を奏した。米国の国益最優先を主張するトランプ氏だが、国際経済を牽引してきた米国が保護貿易主義的な「内向き志向」に向かえば、貿易は縮小し、世界経済は停滞、ひいては米経済に跳ね返ってくるだろう。

保守的ポピュリズムを利用しようとして失敗したのが、英国の与党保守党のキャメロン元首相だ。EU離脱を巡る英国世論を「離脱反対」の方向に持って行こうとして国民投票にかけたが、それが裏目に出て逆に内向きの離脱派、英国独立党が僅差の勝利を得た。保守的ポピュリズムの変形と言えよう。また離脱反対のスコットランドは英国からの独立を目指して、EUに残るという分裂の危機を孕んでいる。

同じくイタリアのレンツィ政権は経済成長と財政再建を目指して構造改革を進めてきたが、憲法改正を巡る国民投票で否決され、翌日辞意を表明した。EUと足並みを揃えるレンツィ政権に対し、新興ポピュリズム政権「五つ星運動がノーを主張し、次の総選挙で左派系ポピュリズム政権誕生の可能性が高まった。来年3月のオランダ総選挙では反EUを掲げる極右・自由党の躍進が見込まれている。4月~5月に行われるフランス大統領選では中道左派のオランド氏が出馬を見送り、移民排斥を掲げる極右・国民戦線のルペン党首が中道右派候補と決選投票すると予想されている。来秋に予定されているドイツの下院選挙では難民の受け入れ反対を掲げ、地方選で躍進を続ける右派政党「ドイツのための選択肢の初議席獲得が有力視されている。(続く)

2016年12月24日 (土)

今日はクリスマスイブ

最近のクリスマスは昔みたいにバカ騒ぎをすることはなくなった。その代りかどうか、家の周りや庭先などにLEDライトを飾り付け、雰囲気を出す家が増えてきたようだ。街中からも伝統的な静かなクリスマス・ソングは少なくなり、訳の分からないクリスマスソングのようなものが流れている。NETで調べてみてもクリスマスソングは200以上。自慢じゃないが、そのほとんどを知らない。
正統派クリスマスソングと言えばやはり讃美歌。「聖夜」、「荒野の果てに」、「諸人こぞりて」、「神の御子は今宵しも」等々。ポップス、子供向けとなると、「ホワイト・クリスマス」、「ジングルベル」、「サンタが街にやってきた」、「赤鼻のトナカイ」、「ママがサンタにキッスした」、「We Wish You a Merry Christmas」、「ウィンター ワンダーランド」などがすぐに思い浮かぶ。


1988年、40代半ばだったか、JR東海のCMソングで山下達郎の「クリスマス・イブ」という和製ポップスが大ヒットした。100年に1度の大ヒットだという人もいる。この頃以降だろうか、様々なクリスマスソングが生まれたらしい。しかし古い人間と言われようとも「White Christmas」の右に出るクリスマスソングは無いと思っている。
高校1年か2年の音楽の授業の時だった。ある時、独身女性の先生が黒板に英文の歌詞をスラスラと書いた。タイトルは”White Christmas” 続いて先生のピアノの伴奏と歌唱指導で何度か練習した。高校の音楽の授業で教科書には載っていない英語のポピュラーソングを習うとは当時としては画期的な事だったと思う。


「ホワイト・クリスマス」は古風なクリスマスの情景の思い出を歌ったアーヴィング・バーリン作詞・作曲のクリスマス・ソングで、1942年に同名の映画の中でビング・クロスビーが主題歌として歌ったもの。子供向けのクリスマス・ソングが多い中で、この歌はちょっと大人のムードが漂う歌としてフランク・シナトラなど多くの歌手がカバーした。この歌はオリジナルの英語歌詞以外で歌うことは禁止されているそうで、確かに日本語訳詩の歌は聞いたことが無い。
なお、ダークダックスは1951年のクリスマスに、後の主要メンバー3人が、あるパーティーで「ホワイトクリスマス」を合唱したことが、グループ結成のきっかけになったという。
この歌がアメリカで発表されてから17、8年経った頃、九州の片田舎の高校の音楽の授業で歌ったという格別の思いが、ずーっと刻み込まれたクリスマスソングとなった訳である。


Photo_2     White  Christmas
  I'm dreaming of a white Christmas
  Just like the ones I used to know
  Where the tree tops glisten
  And children listen
  To here sleigh bells in the snow
   I'm dreaming of a white Christmas
  With  every Chiristmas card I write
  May your days be merry  and bright
  And may all your Christmasses be white


品種:ホワイトクリスマス

2016年12月19日 (月)

映画「海賊とよばれた男」を鑑賞

読んでから見るか、見てから読むか」、題名は忘れたが、ある映画のPR用キャッチフレーズだったと思う。かつては「本から先に入ったケース、逆に映画やドラマを見てから原作を読んだケース」など数多くあった。しかし、近年そうしたケースは少なくなり、多くは原作よりも映像のみで終わるというケースが多くなった。長文の活字に眼が疲れるようになったせいかもしれない。

前回の「永遠の0」もそうだったが、百田尚樹原作の「海賊とよばれた男」も大ベストセラーとなり、小説が映画化され、映画も大ヒットしている。今回も原作はパスして、映画だけ覗いてきた。昨年の山崎貴監督、岡田准一主演の『永遠の0』は岡田が日本アカデミー賞・最優秀主演男優賞を受賞、山崎監督も最優秀監督賞を受賞した。その同じコンビが野心作「海賊とよばれた男」に挑み、気心知れたスタッフが再び集結して、制作に当たった訳だから面白くないはずがない。

明治から戦前にかけて、政治家や軍人など所謂偉人たちは小説、ドラマ、映画などに何度もヒーローとして登場している。しかし経済界・実業界からヒーローとして取り上げられる例は多くない。日本の石油業界の草創期から身を起こし、一代で民族系石油元売り会社に育て上げた出光佐三の名前とアポロマークを知らない人はいないだろう。しかし、その実態は殆ど知らなかった。この映画を見て、日本にこれほどの優れた経営者、指導者がいたのかと、改めてその人物像に触れて、大きな感銘を受けた。

映画は戦争を挟んでいくつものエピソードが展開されていくが、もっとも手に汗を握るシーンが1958年(昭和28年)の日章丸事件を扱った部分だ。当時産油国イランは英国メジャーの横暴のため、石油を国有化した。英国はイランに圧力をかけるため、イランからの輸入をストップするよう働きかけ、海上封鎖した。実際にイタリアのタンカーが拿捕されている。主人公鐡造は無謀と反対されつつも、社有のタンカー日章丸(1万9千トン)を秘密裏にイランのアバダンに派遣する。

売り先が無くなったイランは国を挙げて大喜び。しかしイランに到着した時点で、国際的な事件として認知された。日本でも武装していない一民間企業が、当時世界第二の海軍力を誇っていた英国海軍に「喧嘩を売った事件」として連日報道された。日章丸は国際世論が注目する中、イランのアバダン港を出港。浅瀬や機雷などを突破、イギリス海軍の裏をかき、マラッカ海峡を避けて遠回りをするが、行く手に軍艦らしい船影が・・。船影は英国フリゲート艦と判明。グングン近づきあわや正面衝突!(この辺は映画上の創作部分か)

ストーリーはテンポよく時代を行き来する。20代の血気盛んな青年から、50、60の働き盛り、90代の老人まで一人の俳優が演じる。その演技力の凄さとそれを裏付けるメークアップの技術力にも驚かされる。また全編を通して特撮や不自然さを感じさせないCGによる仕上がりが素晴しい。良い原作と素晴らしい演技力、作り上げた監督の映画力、まさに三拍子そろった映画だと言えよう。

2016年12月17日 (土)

プーチン大統領、来るは遅刻、去るは早退

年の瀬の15、16の両日、プーチン露大統領が首脳会談のため来日、慌しく帰っていった。駆け引きに有利との思惑か、宮本武蔵に学んだか、首脳会談の常套手段のように日本到着は約3時間遅れ、2日目の東京着も遅らせた。ところが帰りは予定を40分程早めて、午後7時頃羽田を飛び立ったというから、思わず笑ってしまった。帰国前に講道館を訪れ山下、井上氏らに歓迎されたというが、「柔道家を自任するならば、真の柔道家は時間・礼儀を守るものだ」と山下氏が投げ飛ばしたら、よいお土産になったと思うが(笑い)

今回のプーチン大統領との首脳会談に対するメディアの評価も大きく割れている。NHKは「プーチン大統領の訪日は歴史的な出来事」と報じ、9:00のニュースで本人が出演、また日テレ、フジのBS報道番組では専門家が詳しく解説・評価していた。今朝の新聞(読売)も「北方4島共同経済活動、平和条約へ一歩」などと客観的、好意的に書いているが、一部NETニュースでは「プーチン訪日、大失敗をごまかす安倍官邸の情報操作にマスコミが丸乗り!ただのプレス発表を共同声明と云々」と痛烈に批判する記事で、歓心を買おうとする。概して領土返還に関与してきたプロ達の評価は高く、3流メディアや野党はいつもの通りボロクソに批判する。また4島返還を当然とする国民にとっては期待外れと言ったところか。

さて、北方4島問題の経緯についておさらいすると、1945年8月14日、日本はポツダム宣言(無条件降伏)の受諾を決定し、翌15日の玉音放送で戦争終結を宣言した。しかしソ連は日ソ中立条約を一方的に破棄して8月8日、日本に宣戦布告。(ヤルタ会談の密約があった) 翌9日、満州・朝鮮半島に侵攻開始した。合わせて日本領土である千島列島(占守島から得撫島)を占領しつつ南下して、9月5日までに北方4島を占領してしまった。北方4島は1855年に日露間で取り決め、90年間日本の領土だった南千島の4島である。9月2日、日本は米艦ミズ-リ号上で、連合国と停戦協定に調印した。日本はその後ソ連に対し、降伏した後に不法に占拠されたものであるから、4島は一括して返還せよとの立場だが、ソ連は降伏文書に署名するまでは戦闘状態である、よって戦闘で勝ち取った領土であると主張、互いに譲らず71年が経過、唯一平和条約も締結できない国となった。

交渉の過程において、多くの人物が関与し、時に接近し、時に遠く離れたりしたが、プーチンは1956年の日ソ共同宣言にある「平和条約締結後に歯舞色丹を引き渡す」ということこそ日ソ両国議会が承認したものであり、これが出発点であると主張する。ここで妥協していればとっくの昔に平和条約は締結されていたかもしれない。しかしダレス米国務長官の恫喝もあり、国民感情としてはあくまで4島一括返還にこだわった。結局70年間「4島を追うもの1島も得ず」という結果になってしまい、今はそれすら難しい局面になってしまった。プーチンはどういう形で戻すかは書かれていないと言い出したからだが、今回の安倍総理は時間をかけて信頼関係を築き、ようやく話し合いのテーブルにつくことができた。腹の中では、ぶん殴りたい気持ちだろうが、表には出さずよくぞ「忍」に耐えている。

そもそもロシアが我が国固有の領土を不法占拠している訳だが、国際司法の場に提訴したことがあったのか。実は昭和47年、当時の大平外相がグロムイコ外相に打診したが、彼はこれに応ずる考えはないということを明確に述べたという。確かにこうした問題を国際司法裁判所に付託するにも、双方の合意が必要だから法的決着も無理だ。では中国並みの軍事力を持って力を背景に交渉するか?まず世論が許さず、憲法が歯止めする。フィリピンのように国際仲裁裁判に持ち込んでも、「歴史的由来や経緯を主張するよりも、現実にどちらが実効支配しているか」がものを言うらしい。あと20年経てばロシアの支配の方が長くなる。今北方4島に住んでいるロシア住民は日本と友好関係を持つことは賛成だが、領土の引き渡しは考えられないという。

日本は最低歯舞・色丹の両島が返還されたとして、その未来図を描いているのか。旧島民は高齢になってしまった。今更戻って一から生活の基盤を築くことは難しかろう。唯一、海産資源は魅力があるが、離島に進出して海産物加工場などの投資をするためのインフラ整備をどうするのか。ただでさえ、日本の離島の人口減少は進んでいる。何よりすぐそばにロシアのミサイル基地や秘密警察がいる。そんなにリスクが高く、寒冷地の島に移住しようという国民がどれだけいるだろうか。先の話だが、政府がしっかりした未来図を描かない限り、返還後の島の未来も見えてこない。

2016年12月14日 (水)

イジメ問題ここに極まれり

今年、これほど胸にグサッと来た出来事はなかった。そして無性に怒りが込み上げてきた。東日本大震災による原発事故で福島県から横浜市に避難してきた少年に対するイジメの手記の記事を目にした時のストレートな感情である。

「いままでなんかいも死のうとおもった。
でもしんさいでいっぱい死んだから つらいけどぼくはいきるときめた。」


好きで見知らぬ都会に越してきたわけではあるまい。メディアの過剰とも思える放射線量の報道、それに伴う風評被害の伝播・・。原発事故が起きた福島から避難を余儀なくされた多くの家族を全国の自治体が受け入れた。被災地から転向者が来たとなれば、温かく迎え入れるのが従来の日本の常識だった。
しかし、今の日本は大きく事情が変わってきているようだ。一部の心無い親たちの偏見や謂れのない差別意識が敏感に子供たちに伝わっていく。「子供は社会を映す鏡」と言われる。イジメ側に回る生徒が「全て」だとは思わないが、転校したとたんにイジメが始まり、嫌がらせ、暴力、不登校、カネの強要等々、最初の発生から実に4年も経って親が調査を要望し、それから1年経ってやっと国が動き、この12月に市教育委員会が両親に謝罪したという。その間なんと5年5か月も経っていた。多感な少年時代の5年間が生死を意識する時間だったとは・・


青少年のイジメ事件がクローズアップされてから何年経つだろうか。自殺、殺人などに進むケースも後を絶たない。今回は生徒の手記が公開されて、大きな反響を呼んだ。中一になった生徒は「今の学校は楽しい」と笑みを浮かべ、父親もやっと前に進めると喜ぶ。
それにしても子供を「死」にまで思い詰めさせる陰湿なイジメ。それを繰り返す同級生や上級生、見て見ぬふりをする学校側、表沙汰になってから慌てふためく教育委員会、これらを支える地域社会、それらが混然一体となっている日本。日本とは一体どんな国なのか?どうして日本はこんな国になってしまったのか。少年の例を見るまでもなく、普通に当たり前に対処できる国なのに、どうしてわざわざ人を傷つけ、自分も傷つき、無駄なエネルギーを浪費をしてしまうのか。


「社会全体の変化が原因だ」と言ってしまえばそれまでだが、かつて日本は子供を大切にする時代があった。猫かわいがりのように大切にするのではなく、一個の人格として周囲も認め、育んだ。そこには無意識のうちに情操教育があった。日本には世界に例がないほど、子供向けの童謡、唱歌が数多くあった。敢えて道徳教育を叫ばなくとも、自然のうちに情操教育が醸されていった。こういうことを言い出せば「時代錯誤」だと言われかねないが、「温故知新」という言葉もある。良き伝統・習慣は残していきたいものだ。

2016年12月12日 (月)

今の火星は数万年後の地球の姿?

火星で恐竜の化石(頭骨)が発見される。歯までクッキリ、火星にもジュラ紀があった!?

先日のNETニュースの見出しである。火星には地球と極めて似た生物が存在した可能性があることは、これまで再三に亘って伝えられてきたという。今回は何と、恐竜の頭蓋骨の化石が見つかったというのだ。地球同様、火星でもかつて恐竜が繫栄していた時代があったということなのか? 今回、NASAの火星探査車「キュリオシティ」が撮影した画像の中に恐竜の頭のような化石が写っていた。この発見は11月24日付の英紙「EXPRESS」も報じている。

Photo問題の画像はNASA のWebサイトで公開されている超高解像度のパノラマ画像で閲覧できる。岩石が転がる地表面にむき出しになっているこの物体。印がついていなければ、異変に気付くのは難しいだろう。周囲に比べて少し黒みがかっており、長い歯らしきものが確認できる。また、大きな顎、眼があったと思われる丸く開いた穴などから、博物館でよく目にする恐竜の頭蓋骨の化石に似ていると言われれば「そうかな」とも思える。これは火星にも恐竜がいた動かぬ証拠なのだろうか。数年後、人類は火星を目指す計画を立てている。その時にははっきりするだろう
(写真は火星の写真)


火星の極地には氷の状態で水が存在し、内部にも水があるのではないかと推定されている。火星表面には水流が削ったような跡がいくつも発見されている。水があったとすれば生命がいても不思議ではない。宇宙にはハビタブルゾーンというものがあって、中心星(太陽等)から生命発生条件に適している距離にある領域のこという。太陽系のハビタブルゾーン(HZ)は約0.97~1.39AU(*)の距離にある領域とされる。
(*)1AUは地球と太陽との平均距離に由来するもので、1天文単位と同義。
この領域にあるハビタブル惑星は唯一地球しかない。火星はHZの外側で太陽からの放射が弱すぎ、金星はHZの内側で逆に強すぎ、生命存在のための環境を整えるにはHZより厳しい努力が必要となる。


しかし、火星に水が存在し、生命の痕跡があるとするならば、46億年という長い太陽系の歴史の中で、ハビタブルゾーンが移動したとしてもおかしくない。「数万、数百万以上前には火星もHZの中にあった!」かもしれない。ということは我々の地球が存する現在のHZも将来移動する可能性がないとは言えないのでは。確かに人類は自己の都合で、資源を取り尽くし、自然破壊を進行させ、地球温暖化をもたらし、気候を変動させてきた。巨大隕石が地球に衝突したら、劇的な変化をもたらす。水は干上がり、大気は二酸化炭素に覆われ、どこまでも赤茶けた砂漠の大地が続く。ハビタブルゾーンの移動がなくとも、数万年後の地球はまさに今の火星の姿だろうか。

2016年12月10日 (土)

プーチン訪日、領土交渉進展は?

ロシアプーチン大統領と安倍総理の日露首脳会議が来週15、16日山口と東京で開かれる。ロシアに対する経済協力をテコに、北方領土・返還交渉の進展が期待されるところだが、残念ながら殆ど期待は持てないだろう。それどころか旨い汁だけ吸われ、食い逃げされる公算大だ。

Photo日露間はあまりにも両者の思惑が開きすぎる。ロシア(旧ソ連)は戦争で勝ち取ったものはあくまで勝者のもの、返還などあり得ないというのが大方の国民の立場だ。一方日本は降伏した後に不法に占拠されたものだから、北方四島は戦前の状態に戻すべきで、四島一括して返還すべきだと長い間主張してきた。
1956年10月、鳩山一郎、ブルガーリン両首相が日ソ共同宣言に署名した。そこには「平和条約締結後に歯舞・色丹を引き渡す」と記されており、ロシアはこれを人質にとって条約締結が先で、それなしに2島を引き渡すことはあり得ないとする。日本は2島返還だけで決着されてはたまらない。長年「四島一括返還」を主張してきたが、1島も得ずという結果になってきている。そこで「条約締結前にロシアが歯舞・色丹を日本に返し、そのあとで国後・択捉の帰属を決めた上で締結する」とハードルを下げたが、長年ロシア人が居住し、国後・択捉は軍事基地化した今、ほぼ絶望的になっていると言えるだろう。


プーチンは経済協力が欲しいものだから、安倍首相に秋波を送り、領土返還をチラつかせる。ところが最近、2島返還の形態に触れ、「宣言書にはどちらの国の主権下に置かれるかは書かれていない」と言い出した。狙いは現地で盛んな水産加工業やインフラ整備へ日本企業を参加させ、日本の元島民が切望する故郷訪問・滞在の枠組みを簡素化するなどを想定しているとみられる。つまり「2島への自由往来は許可するが、あくまで主権はロシアにあり、ロシアの法制・警察権の下に置かれる」というのが狙いで、この状態を「ヒキワケ」と考えているのではないか。

Photo_2まさか、これで決着するとは思えないが、安倍さんも地元山口に招待して、何もお土産がないとすれば面目丸つぶれだ。結局プーチンは「話し合いは続けよう」と期待だけは持たせて置く。要するに「平和条約」というニンジンを顔の前にぶら下げておいて、食いつこうとすれば「ずらす」という実にいやらしい手を使い続けるだろう。得るものだけ得て、領土に関しては1mmたりとも譲歩しない。そうでなければロシア国民の支持を失うからだ。クリミア半島強奪の国民の支持を見ればよい。
結局、何もお土産がないとするならば、日本側は下関のフグのフルコースで接待し、最後の締めに大変美味とされる「」を出そう。結果はどうなるか責任は持てない。(冗談です)

2016年12月 6日 (火)

歴史における和暦と西暦の食い違い

12_2歴史小説を読んだり、歴史を学んだりするとき、年代・日付のことで迷ったり、疑問に思ったりすることはないだろうか。例えば本能寺の変は天正10年6月、西暦では1582年6月と習う。この場合は月が符合しているから特に問題はないが、日付を付記すると和暦では6月2日、西暦では6月21日となるそうだ。つまり旧暦と新暦の違いがあるからで、例えば今日12月6日は旧暦では11月8日に当たる。
12月や1月など、年をまたぐ時期に起こった事件や出来事などの表記はどうなっているのだろうか。この疑問に明確に答える記事に出会った。本年9月21日の読売新聞「歴史の年月日 正確な表現を」と題する笠谷和比古氏(注)の署名記事だ。副題に「西暦の年と和暦の月日の奇妙な合体」とある。

(注)1949年神戸市生まれ、国際日本文化研究センター名誉教授。日本近代史、武家社会論。著書に「歴史の虚像を衝く」、「関ケ原合戦と大阪の陣」など多数。

12月は赤穂浪士討ち入りの月。この事件は「元禄15年12月14日」に発生。元禄15年は西暦では1702年にあたる。ところが西暦の方が早く改まるため、和暦で年の瀬に起こった討ち入り事件は西暦では1703年1月30日の出来事だったという。よく見かける間違いは西暦年と和暦の月日を合体させた疑似西暦の例で、この場合1702年12月14日も1703年12月14日もともに間違いということになる。

こうした例は関ケ原合戦・・(和暦)慶長5年9月15日、(西暦)1600年10月21日・・(間違い例)1600年9月15日、王政復古の大号令・・(和暦)慶応3年12月9日、(西暦)1868年1月3日・・(間違い例)1868年12月9日や1867年12月9日、鳥羽伏見の戦い・・(和暦)慶応4年1月3日、(西暦)1868年1月27日・・(間違い例)1868年1月3日など数多い。
こうして見ると鳥羽伏見の戦いは1月3日と覚えているので、王政復古の宣言の正しい西暦
1868年1月3日と混同してしまう。


笠谷氏は言う。「疑似西暦を野放しにしていると、このようなトリックにからめ取られてしまいかねない。(略)もはやどれが正しい西暦で、どれが疑似西暦であるかの判別もつかないまま戸惑うことになるだろう。歴史家として多くの本や資料に当たる中で、懸念し続けてきた問題である。(略)表記が少し長くなっても、せめて関ケ原合戦なら『慶長五(1600)年九月十五日』、王政復古なら『慶応三(1868)年十二月九日』とする書き方が適切だと呼びかけたい」と締めている。確かに西暦表示をする場合、正しいからといって月日まで置き換えてしまうのは無理があるだろう。読みながら実際の日にちはひと月以上のズレがあるということを念頭に置いて読むべきだろう。

2016年12月 5日 (月)

韓国に真の民主主義は訪れるか

朴槿恵大統領を巡る一連のスキャンダルで、韓国社会はどこへ向かうのか、混迷の様相を見せている。与党の一部が野党の弾劾案に賛成する意向を示し、大統領が「4月退陣」を表明しても、弾劾案が可決される見込みとなった。
そもそも「弾劾とは罪や不正を暴き責任を追及して、厳しく人を攻撃すること」であるから、韓国社会ではあり得る話ではあるが、日本では憲法64条で裁判官を裁判するために、両議院の議員で組織する弾劾裁判所が行うと規定されている。


弾劾裁判が可決され大統領が罷免されたら、その後どうなるのか?韓国国民は後のことは考えず、とにかく朴槿恵を辞めさせることが先決と考えているようだ。そのため民衆が結集し毎週何万、何十万と青瓦台に押し寄せる。とにかく韓国人のしつこさ、執拗さは驚かされる。大統領が「加害者と被害者の立場は千年の歴史が流れても変わらない」と強調する国だ。その国民が被害者として、今度は加害者である大統領に辞任を迫っている。デモをする背景、動機は理解できるが、こうした大統領を選んだ責任の一端は自分達民衆の側にもあるという思いにはならないのか。国家の在り様、憲法や法律に問題は無いのかという考えには至らないのだろうか。

確かに韓国には憲法の上に国民情緒法という超法規的なものが君臨する。もちろん明文化されていない。一言でいえば、裁判官・裁判所が法解釈を超越して世論に迎合する判決を下すことを指す。例えば靖国神社の門に放火した事件、対馬の寺から仏像を盗んだ事件、慰安婦少女像問題などがあるが、それらは世論に依存して法規範を無視する風潮が生んだものだ。その結果、民意=正義、正義のためなら何をやっても許される。古くは伊藤博文を暗殺した安重根は英雄に祭上げられた。今回ソウル地検の建物に重機で突っ込んだ犯人は?まさか英雄にはならないだろうが。

よその国の出来事だからどうでもよいことだが、韓国は政変に時間をかけてばかりはいられないはずだ。韓国経済は問題山積、「火を噴くスマホ」、「現代自動車、ポスコなどの業績低迷」、「海運大手韓進海運の破綻」、そして今回の「財閥を巻き込んだスキャンダル事件」、まさに満身創痍の状態だ。この事態は韓国が根源的に持っている政・財癒着の腐敗構造独特のコネ社会過剰ともいえる学歴尊重など様々な矛盾が露呈した結果に他ならない。過去に多くの大統領が任期の後半に求心力が衰え、退任後には悲惨な末路を辿っている。この構造を変えない限り新しい大統領を選んだとしても、同じことの繰り返しに終わるだろう。

何が問題なのか。一言でいえば「韓国の国民性」にあるように思える。歴史的に周辺強国に虐げられ、戦後は軍事政権下で抑圧されてきたこともあり、被害者意識が強い。また上に弱く、下に強い気質は長年の身分社会によるものだろう。激情しやすい気質は中露米日など支配された国の中では最も弱い日本に向けられる。最後の軍事政権大統領だった全斗煥は初めて「韓国を含む朝鮮半島が日本の領土となったことは、当時の大韓帝国にも責任があった」と認めたが、光州事件の責めで死刑になっている。

その後民衆が1988年、直接大統領選挙を勝ち取り、一応民主主義国家となったが、まだ30年足らず。成熟した民主主義社会になるにはまだ時間を要しよう。そのためには、法とは何か、道徳とは何か、国際信義とは何か、そして自己に都合が良かろうが悪かろうが正しい歴史を一から学び直すことだ。南北に分離された状態は不幸ではある。今のままでは、東西ドイツがベルリンの壁を崩壊して統一したが、そのような事態は望むべくもない。唯一あるとすれば、北が崩壊し消失するときだろうが、それはそれで韓国にとっても日本にとっても非常事態となるだろう。

2016年12月 3日 (土)

忙中閑あり(2)

最近のスナップ写真です。
Dscf1925_2 
11月24日 初冬に見られるケアラシ。海面から湯気が立っているよう。

Dscf1928_2
11月24日 久しぶりの新橋、機関車までイルミネーションとは!

Dscf1931_2
11月25日 本格的に富士山冠雪

Dscf1933_2
箱根もうっすらと雪化粧 (11月25日)

Dscf1934_2

富士山に穴が開く?(12月3日)  


忙中閑あり(1)

ブログ休憩中のちょっとした写真です。

Dscf1859 信州松本郊外の紅葉

Dscf1864 言わずと知れた・・

Dscf1883 松本城月見櫓から

Dscf1890 
大町街中にて日本カモシカに遭遇

Dscf1893 夕暮れの戸隠高原鏡池

Dscf1902 別所温泉「花屋」の庭園

Dscf1905 「花屋」の中の水車小屋

« 2016年11月 | トップページ | 2017年1月 »