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2016年11月 5日 (土)

横須賀軍港巡りと猿島見学記(下)

◆横須賀三笠公園の1.7kmほど沖にある猿島。東西約200m、南北約450m、周囲約1.6km、標高約40mの東京湾で最大の自然島だ。緑豊かな無人島でもある。この島の特徴と言えば、縄文・弥生の遺跡はともかく、幕末ペリー艦隊が来航した折、東京湾の測量を行って海図を作成。その海図には「猿島」を勝手に”PERRY ISLAND”(ペリー島)と命名している。江戸防備の必要性を痛感した幕府は品川などの沿岸に砲台を築いた。猿島もその一環で台場が据えられたように、幕末から明治、昭和にかけて軍の要塞だったということにある。

◆明治新政府は明治13年、観音崎砲台の建設から始まり、明治17年にかけて東京湾要塞を建設、防備を強化した。しかし、幕末から明治にかけて、これらの砲台が外国船を砲撃したことは一度もなかった。要塞としてその役目を果たしたのは、太平洋戦争時に猿島の砲台が陸軍から海軍に移管され、横須賀軍港を守る防空砲台として再生されたことによる。太平洋戦争末期には、本土空襲のため来襲したB-29に対して、高角砲で対抗するも、殆ど届かない。それでも記録によれば2機撃墜し、米軍に恐れらたという。

◆三笠公園横の三笠桟橋から猿島行に乗船、約10分で猿島桟橋に着く。年配の親切な専門ガイドが2時間ほど島内をくまなく案内してくれた。2015年3月に猿島砲台跡が国史跡に指定されたとのことだが、確かに、複数のレンガ積みの兵舎、弾薬庫、砲台跡、12.7cm高角砲砲座跡、それらを結ぶ切り通しや、トンネルなど見応え十分だ。レンガ積には明治10年頃主流となった「フランス積」、明治20年頃主流となった「イギリス積」の両方が美しい景観を見せている。しかし、薄暗い中、一人でこの要塞を巡るとすれば、兵士たちの怨霊が聞こえてきそうで怖いだろうなという気がする。

Dscf1838 最も有名な個所の一つ

Dscf1836 
兵舎跡、意外に湿気はない。ここは落書きが消されていた。

Dscf1840
愛のトンネル全長90m、幅4m、高さ4.3mのアーチ状トンネル。ここで、コスプレ撮影をやっていた。

Dscf1842 至る所こういう個所が点在。

Dscf1843

こうした施設を作るため、人手をかけ掘削して、構築したことに唯々恐れ入る。

◆戦後、この要塞跡は放置され、管理外に置かれたため人が出入りし、荒れ果てていたという。その証拠に複数の兵舎跡や弾薬庫跡の漆喰壁には無数の落書きが残されており、無残だ。近年この島の価値が再認識され、整備も進み、2015年3月に国史跡に指定された。その後は急速に入園者が増加、15年度は156千余の人が訪れたという。夏場には海水浴、BBQ、釣りなどのレジャー客で大変な賑わいを見せるそうだ。また島のレンガ造りの雰囲気が有名なアニメのシーンに似ているということで、コスプレの聖地にもなっているという。この日も何組かのグループの姿が見られた。歴史とレジャーが同居した無人島、大切にしたい島である。(終わり)

Dscf1844 猿島の一部

Dscf1845 
猿島桟橋と三笠桟橋を結ぶ運行船

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