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2016年11月 3日 (木)

中国兌換元の話

◆中国が世界第二のGDPを誇る経済成長を成し遂げた今、この先アジアを中心に通貨・人元元の経済圏を作ろうと布石を打っている。中国の人民元が10月1日、米ドルユーロ日本円英ポンドと並んで、IMFの特別引き出し権SDR)を構成する通貨に名を連ねた。かつて自国通貨防衛のため、外国人専用の兌換券を発行していた中国が本来の通貨である人民元を国際通貨として認めさせたことになる。

中国の兌換元は中国政府が外貨を管理するために1979年に導入(前年1978年に日中平和友好条約に調印)、翌年4月1日から流通し、1995年1月1日に廃止された紙幣(外貨兌換券)のことだ。外国為替専門銀行であった中国銀行が発行し、外国人が観光や商用で中国を訪れ、外貨を両替する際に渡された専用紙幣であり、約15年間流通した。

Photo◆当時の中国では一般人民が使用する人民弊レンミンビンRMB)とは別に、この外貨兌換券FFC)が流通していた。外貨兌換券と人民幣の額面価値は等価であったが、外貨に両替可能なことや、人民幣では買えない外国製品が買えることなどから外貨兌換券に中国人の人気が集まり、人民幣との闇両替が横行した。闇両替のレートは、FFC1元=RMB1.5元~1.8元ほどだったという

◆券種は1角、5角、1元、5元、10元、50元、100元(表記は圓)の7種類があり、表には万里の長城などの中国国内の観光地が描かれ、裏面には中国語と英語で使用上の注意が書かれている。そのため表のデザインは外国人受けするような様式になっていた。個人的には毛沢東の肖像がデザインされた現行の人民幣より、少し洗練された兌換券の方に好感が持てる

◆兌換券廃止から22年、中国政府の目論み通り中国経済は大成長を果たし、強大国になった。更なる経済覇権を狙う中国にとって、SDR入りは一つのステップに過ぎない。「究極の夢」は米ドルに代わって基軸通貨の地位を得ることにあると言われている。通貨が広く流通するには金融市場の自由化が欠かせないが、中国では逆に規制が強化される傾向にある。資金の流れや人民元相場を管理下に置きたい強い意識と金融市場の自由化というジレンマの中で、中国経済は減速してきた。共産党一党独裁下での通貨戦略の舵取りは困難さを増し、国際社会に負の影響を及ぼしかねない局面を迎えようとしている。

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