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2016年11月 4日 (金)

横須賀軍港巡りと猿島見学記(上)

先日、船上から横須賀軍港を見学する機会を持った。横須賀港は何度か訪れているが、海上から見学するのは初めての体験。見学クルーズはほぼ毎日出港しているようで、猿島見学と合わせて、近年特に人気のあるコースとなっている。

◆横須賀港は今から163年前、米国ペリー艦隊が浦賀に来航して以来、幕府の高官小栗上野介の国防に関する進取な英断で、フランスの技術者ベルニーを招致。横須賀に製鉄所、造船所、ドック、海軍工廠などを建造した。明治新政府に代わってもさらに手を加え、軍港として発展を遂げた。なぜ横須賀だったのか。ひとつは江戸に近かったこと、またリアス式の穏やかな入り江が軍港に適していたことなどによる。

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 ベルニー公園に並ぶ 上)小栗上野介と 下)ベルニー銅像

◆戦前の日本の主な海軍基地は横須賀佐世保舞鶴だった。現在の海上自衛隊はこれら4基地を引き継ぐとともに、大きく分けて護衛艦隊航空群潜水艦隊その他部門が全国に点在し、これらの現場部門を統括する海上自衛隊司令部は横須賀に置かれている。また潜水艦隊は横須賀、呉の2基地だけである。横須賀港は横須賀本港と長浦湾に分れ、長浦湾の船越地区に海上自衛隊司令部が置かれている。

◆横須賀本港の汐入ターミナルから軍港巡りのクルーズが出港。分りやすいユーモアある解説者の案内で、本港から長浦港を巡ってターミナルへ戻る。出港してすぐ右側に明治時代に造られた係留ドックが2基あるが、これは海上よりも陸地から見た方が分りやすそうだ。今も現役で活躍中とのことで驚き。その先に「おやしお」型潜水艦と「そうりゅう」型潜水艦が係留されていた。さらに進むとアメリカ海軍横須賀基地となり、イージス艦が見られたが、空母「ドナルド・レーガン」は残念ながら、作戦中なのか留守だった。

Dscf1810 おやしお型潜水艦

◆船は大きく左折して長浦湾に入る。ここではいくつかの種類の護衛艦が見られるが、海上自衛隊全体で23種類あるそうだ。もっとも大型のヘリ空母「ひゅうが」や「いずも」、輸送艦「おおすみ」などは見られなかったが、ペルシャ湾の掃海作戦で活躍し、今は静かに退役を待つ木造の掃海艦2隻が見られたことは幸いだった。金属製の艦艇は掃海作業には適さないので、新造船はプラスチックになるとのこと。

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廃船を待つ木造の掃海艦

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対空、ミサイル、魚雷、など多様な装備の護衛艦

◆長浦港から横須賀本港に戻る帰路はショートカットするように狭い水路を通った。どうやら人工的な水路では?と思ったら、まさにこの水路は明治の頃、手作業で掘削した「新井掘削水路」と呼ばれ、半島を分断して両港を結んだもの。本港の海岸側にも数隻の各種艦艇が見られたが、45分のクルージングでイージス艦数隻をはじめ、20数艦を外観のみ見学したが、広い港のあちこちに点在しているので、散乱している感がある。

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人力で建造した新井掘削水路

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◆日本の領海を警備する任務は海上保安庁の役目であり、自衛隊は何をやっているのかと思う人も多いだろうが、確かに領海警備のため海保の予算、人員を増やす必要はある。しかし自衛隊は海外においてトータルで後方支援や、復興支援PKO(国連平和維持活動)、難民救済甚大災害時の緊急援助在外邦人輸送海賊対処など幅広い活躍をしている。(自衛隊HPより)。また米、韓、豪、インドなどとの共同訓練で抑止力をPRして不法な侵略を牽制する役目を果たしている。国民は海外での貢献などは断片的にしか知らされていない。逆に駆けつけ警護など新たな任務を付与するたびに、野党やメディアは騒ぎ立てる。本当は海外における活動への現地の人達の評価などを、もっと積極的に報道すべきではないだろうか。

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