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2016年9月 7日 (水)

映画「シン・ゴジラ」を観て

◆「ゴジラ」の第一作は1954年(昭和29年)で、小学5年か6年の頃に見ている。特撮と分っていても、その迫力に興奮したものだ。その後何度か続編が作られたが、1~2度見た程度で、成長するにつれ、安直な怪獣映画には全く興味がなくなった。しかしその間「ゴジラ」は世界的なキャラクターとなり、日本からメジャー選手として米大陸に上陸したり、2014年にはアメリカ版”GODZILLA”が制作されて、日本に再上陸するなど想定外の大成長を遂げてきた。

◆今年第29作目になるという「シン・ゴジラ」が制作され、今までとは大きく異なる社会性に富んだ作品として話題を呼んでいるというので、取りあえず観に行った。東京湾アクアラインの海底トンネルが原因不明の事故で破壊されるところから映画は始まる。巨大な尻尾のようなものが海上で見えたというので、巨大不明生物の仕業と判定。官邸は生き物なら簡単に駆除できるだろうと楽観するが、品川方面の川を遡る巨大な怪獣は津波のような災害を引き起こし、建物は軒並み倒され、住民は逃げ惑う。これらの被害状況を見て、政府は尋常ならざる事態と認識。災害対策本部を設置するが・・・。

◆実は2011年3月11日の「東日本大震災」こそ、この映画製作の大きな動機になっているようだ。想定の範囲を超えた大地震と大津波のような被害。緊急事態における人間社会の右往左往する混乱振り。対応する政府、自治体、警察・消防などの機能的動きを推進する指揮命令系統の不透明さ。省庁間の責任の押し付け。「マニュアルにない、法整備の不備」等を持ち出すお役人たち。そうして意思決定の遅さ緊急時の日本の行政の実態を露呈しているかのようである。

◆今回のゴジラの登場は福島原発事故も想起させた。即ち、体内に「巨大な原子炉」を抱えたような未知の怪獣が、海底に放置した使用済み核燃料を取り込み、エネルギー源として暴走。制御不能の状態で放射能を拡散させる。被害を食い止めるため、止むを得ず陸・海・空の自衛隊を出動させる。しかし国民を巻き添えにする恐れがあるため、最終決定者の総理は攻撃実行に苦悩するが、住民の緊急避難、疎開の措置をとりつつ「Goサイン」を出す。ところが日本の自衛隊が保有する武器等では、何の防御にもならない。

◆いよいよ日本では手に負えず、日米安保の適用、中露仏等を巻き込む国連安保問題へと発展していく。さらに日本を飛び越えて、「」使用を巡って議論が進むなど、国際問題へ広がっていく。ゴジラは何のため日本を、そして東京を襲ったのか。まさに日本の安全保障と、東京一極集中に対して警鐘を鳴らしているようである。また日本の領土・領海を侵略しようとする某国を念頭に、ハード・ソフト面の防衛力の強化を訴えているようにも思えた。映画自体も62年前の円谷監督作品とは比べるまでもないが、ゴジラ自体は荒唐無稽とはいえ、CGを駆使したリアルな映像は実写さながらに展開し、改めて技術の進歩に驚かされる。

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 画像は映画とは関係ない

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