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2016年7月 1日 (金)

両国の川開き

◆今日から7月。毎年7月の最終土曜日に隅田川花火大会が開かれる。今年は30日が開催日だが、翌31日(日)に都知事選の投開票が実施されるので、悪天候の場合は順延せずに中止すると発表した。しかし花火大会は何も隅田川だけではない。8月には東京湾大華火祭や江戸川区花火大会も行われる。

◆江戸時代の旧暦5月28日(今年の新暦では7月2日に当たる)は両国の川開きが行われる日だった。享保17年(1732)、江戸の町は大飢饉とコロリの流行によって、多くの死者が出た。徳川吉宗は大川端(隅田川河畔)で死者の霊を弔う法会「川施餓鬼」を催した。そして翌1733年7月9日(享保18年5月28日)、幕府は両国の川開きの日に合わせて「川施餓鬼」と「水神祭」を実施。その際に花火を打ち上げたのが現在の花火大会のルーツとされる。

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(両国橋の舟遊び。江戸東京博物館のジオラマ)

◆川開きの期間は毎年5月28日から8月28日までとされ、期間中に花火大会は3回あったという。花火そのものは1659年、隅田川に初めて両国橋が架けられると、同年開業した「鍵屋」が花火を担当した。後に7代目の鍵屋の番頭「玉屋清吉」が暖簾分けして、1808年に「玉屋」を創業。二大業者体制が続いた。落語の「たがや」は両国橋の上で起きた噺とされる。江戸の町人が武士を揶揄する話で、たがやは桶の修理をする職人。ちょっとした諍いで逆に武士の首を刎ねてしまった。高く舞い上がった武士の首を見上げながら見物客が叫ぶ。「あがった、あがった、あがった~イ、タガヤ~!」(お馴染みの落語だ)

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(橋の袂には見世物小屋、飲食店など様々の店が並び、賑わった。 写真同上)

◆江戸の町人は縁台涼みの他にも、川や池などの水辺の涼を求め、両国橋辺り、不忍池辺り、浅草寺辺り、向島堤などに出かけた。両国の川開きが始まると、隅田川は提灯を掲げた船宿が並び、納涼船で舟遊び、沿岸では茶屋、料理店、見世物小屋、寄席などで賑わったという。一方不忍池では7月7日の七夕の夜、江戸詰め諸藩の武士による花火大会が行われた。「将軍の霊を慰めるため」は名目で、実際には諸藩の花火作りの成果を町人たちに負けじと競う行事だったようである。ところが内実は両国橋に行って、タガヤに首を刎ねられたら武士の面目が立たないってんで、上野にしたという話があるんですが、これはどうやらガセネタのようです。
◆しかし、贅沢を戒める風潮が高まり、川開きの花火大会も次第に衰退して、天保の改革(1841年)以降は、納涼船などの花火も取り締まられ、慶応元年(1865)には時節柄、花火の催しは無かったとされる。 平和が一番ですね。
(参考:江戸用語の基礎知識、ウィキペディア)

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