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2016年7月27日 (水)

熱海でブラタモリ(?)

◆ここ数年、毎年夏に熱海・伊豆方面へ泊りがけで家族旅行することが恒例行事となっている。今回、熱海には1泊、翌日伊豆高原のリゾートホテルに1泊した。24日朝方、「日本丸」が熱海港に入港してきた。よくあんな狭い場所に入港できるものだと感心する。夜の花火大会が目的らしいが、我々はパスして午後には伊豆高原に移動。

Dscf1746 日本丸の熱海港入港

◆熱海はいつも通り過ぎるだけで、じっくり街中を見て歩くことなど殆どない。先日放送された「ブラタモリ」に触発されて、今回少しでも歴史に触れてみようと散策してみた。熱海の歴史は徳川家康が湯治に訪れ、代々将軍が「お汲み湯」として江戸城に運搬させたことくらいしか知らない。運搬は陸路から海路に変更され、吉宗の時代にピークとなって、約3600樽の温泉が江戸城に献上されたという。明治維新後は華族、名だたる政界の重鎮、財界の大物、著名な文人墨客が別荘を構え、多くの名士が来遊した。明治28年には小田原~熱海間に「人車鉄道」が開通するなど、大正・昭和にかけて「保養地」としての地位を確立した。
Dscf1736 往時を偲ばせる旅館

◆熱海には1970年以降、何度も訪れているが、こうした歴史を知ったのは最近のことで、以前は単なる歓楽温泉地としての認識しかなく、日本経済に左右された盛衰を見てきただけだった。今回、偶々入った行列のできるラーメン屋は、昭和の薫りを漂わせた相当古い店で、壁に貼ってある1枚のセピア色の写真が目に入った。それは熱海の海岸沿いに立つ低い堤防の写真だった。まさに小津安二郎監督「東京物語」で笠智衆、東山千栄子の老夫婦がこの上に座って「ボチボチ帰ろうか」とつぶやくシーンのロケ現場だった。少なくとも昭和28年(1953)以前の写真だろう。その頃から熱海は急に俗化していったのだ。

◆熱海温泉の歴史で重要な位置を占めてきたのが『熱海七湯』と呼ばれる自噴の温泉で、熱海の名湯として知られ、大正年代にはまだ残っていたとのこと。熱海七湯と言っても当時の温泉施設を復元したモニュメントで、わずかに噴気や熱気、少量の温泉が染み出ているものもあるが、入浴施設ではない。その中でも大湯間欠泉は見ものだ。大正時代初期までは、一定のリズムで規則正しく、多量の熱湯を噴き上げる自噴泉だったが、関東大震災後、噴出が衰え、昭和37年に人工的に噴出する間欠泉として整備され、市の文化財として保存されている。たまたまシャッターを向けた瞬間、1日4度しか噴出しないという温泉と蒸気が噴出したのは出来過ぎだった

Dscf1728 大湯(おおゆ)間欠泉

◆その他の熱海七湯
Dscf1724 野中の湯

Dscf1727 小沢の湯
Dscf1735 風呂の湯・水の湯
Photo 清左衛門の湯
Photo_2 河原の湯
Photo_3 目の湯
以上「熱海七湯」でした。

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