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2016年7月 6日 (水)

おかしな憲法改正論議(中)

【憲法解釈変更の前歴と今】
◆わが国の憲法は、「国が発動する戦争(つまり外国に討って出る戦争)は国際平和を誠実に求める観点から、永久に放棄する」と明記し、「その目的のため陸海空軍の戦力は持たないし、戦争する権利も認めない」とはっきり謳っている。つまり外国に侵略するための戦力は持たないが、防衛のための戦力は持つとも、持たないとも明記していない


◆そもそもわが国の憲法は、戦後GHQの監修のもと、1947年5月3日吉田総理の時に施行された。ところがマッカーサーは1950年1月1日、「日本国憲法は自衛権を否定せず」と声明を発表。それまで吉田は自衛のための戦争であっても、戦争自体してはならないものであるとしてきた。ところが同年7月、GHQの方針に沿って自衛隊の前身である警察予備隊が設置された。このときに憲法を改定していれば、その後の不毛の憲法論争もなかったはずだが、当時は言い出しっぺのGHQも、政治家も、不戦を支持する世論も、苦しい憲法解釈の変更でしか、乗り切ることは困難だったのだろう。

【正当防衛は戦争に当たるか?】
◆しかし、国が侵略されれば「国家は国民の生命と財産を守る責務がある」から、それは正当防衛に当たる。戦力を行使すればそれは戦争だろう。従って自衛のための戦力保持は憲法上許されると解釈を変更して長年運用してきたのだ。つまり「自衛のために戦力を持つことは憲法違反には当たらない」と憲法の文言を変えずに、解釈の変更で180°変えてしまったのが戦後の我が国の憲法だった。


◆この解釈変更は遠い過去の事として不問に付し、「集団的自衛権は憲法違反だ」と騒ぎ立てる民進党、共産党など野党、左翼系学者、一部メディア、それらに踊らされる市民団体などがいる。「戦力を持たないという国是から、戦力を保持するという方針」に大転換したことと、「個別的自衛権の行使から、集団的自衛権の行使容認」へ転換したことは、どちらも憲法の解釈を変更したという点で同じである。どちらがより責任が重いか。現状は一国だけで自分の国を守れるほど国際情勢は甘くない。後述するが、現行憲法も国際協調のもと、平和を維持しなければならないと明記している。本来なら「自衛のための戦力の保持」も「集団的自衛権の保有」も我が国憲法の曖昧さゆえの混乱であるから、明確にして「憲法改正」を国民に図るべきものではないだろうか。(続く)
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