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2016年6月22日 (水)

福島原発隠ぺいの責任は誰?

◆福島第一原発事故は、地震当日の2011年3月11日、津波による全電源喪失でメルトダウンが始まっていた。あれから5年3か月余。東電の広瀬現社長が6月21日記者会見し、事故当時の記者会見の際、当時の清水社長が「官邸の主導により炉心溶融(メルトダウン)という言葉は使わないよう」に指示していたとし、「隠ぺい」にあたるとして謝罪した。

◆当時のことを調べてみた。当時の民主党枝野官房長官がテレビの会見で、「チェルノヴイリのような原子炉が爆発するような事態にはならない」と発表しながらも、半径3km圏内の住民に避難指示、10km圏内の住民に対して屋内避難を指示した。3月11日のことである。しかし後に明かされたことだが、1号機の炉心溶融は始まっていた

◆翌12日、1号機の原子炉建屋が水素爆発。これに対して枝野氏は「建屋内にたまった水素が爆発しただけだから、原子炉そのものは冷却を続ける限り大丈夫。但し、念のため避難指示を20km圏内に拡大する」と表明。1号機の建屋が爆発して、蒸気のような白煙を噴出している遠景をテレビが報じた場面を見て大いに驚かされたが、政府談話を信じるしかなかった。この日、原子力安全・保安院の担当審議官が記者会見で炉心溶融の可能性に言及した直後に交代させられたことを殆ど気にすることはなかった。

◆そして、3月15日までの4日間で、水素爆発が3号機、4号機と合わせて3つの建屋で起こり、メルトダウンが3号機、2号機でも発生、計3機の原子炉で炉心溶融を引き起こしてしまった。こうした想定外の甚大な原発事故に官邸東電本社東電福島原子力委員会など混乱の極限に達していた。こうしたなか、14日に行われた東電の武藤副社長による記者会見中に、「炉心溶融」という言葉は使わないよう清水社長から指示があったと言うのだ。東電が炉心溶融を認めたのは5月に入ってからだった。

◆当時の社長は「官邸の主導だった」というが、それが誰だったか明確にしていない。当時の菅総理、枝野官房長官は全面否定。公表が遅れたことについて第三者委員会は菅氏、枝野氏について聞き取り調査をやっていないという。どうやらいろいろと支障が出るからうやむやにしたいらしい。舛添都知事の辞任問題にしてもそうだが、日本は問題をうやむやにするのが常識らしい。

◆仮に当時の民主党政権が情報を正確に伝えることで、国民がパニック状態になるのを恐れて東電に慎重に対応するように要請したとするならば、正直に言えばよい。「あの状態で炉心溶融という言葉を使えば、東京以北が大パニックになって収拾がつかなくなる恐れがあった。従って落ち着くまで公表をしばらく伸ばした。申し訳なかった」といえば、ある程度理解は得られたのではなかったか。参院選を前に「悪質な選挙妨害だ」と剥きになればなるほど、ますます疑いたくなる。

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