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2016年5月 8日 (日)

大山参り

◆大山山麓の「茶湯寺」に来たついでに、阿夫利神社まで足を伸ばした。鮮やかな緑が野山を覆い、微風が爽やかな薫りを運んでくる。大山ケーブルカーは昨年10月、新式の車両を導入したばかりで、ヘリで空輸している場面をTVで見た。一両の定数が78名だそうで、3回ほど待たされた。この日はこどもの日、家族連れが多く、中には外国人の姿もチラホラ。展望が利く大きな窓から濃淡の緑とともに、みるみる駅が下の方に遠ざかる。大山中腹の標高700mの終点阿夫利神社駅まで約6分。

Dscf1456 新緑が目に優しい

Dscf1460 途中の大山寺駅

大山は丹沢山系の最東南端に位置し、相模平地に突出した標高1252mの独立峰で、東海道線の車窓からよく見える山だ。過去2回山頂までのハイキングで訪れたが、今回の目的である阿夫利神社の下社はいつも通り過ぎるだけで、じっくりと見ていない。もともと信仰の山だったが、近年では手ごろなハイキングコースとして、また神事以外にも薪能など文化的行事も盛んに行われ、神奈川県は横浜、鎌倉、箱根に続く第四の観光スポットとして大山にも注力するようになった。
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大山阿夫利神社下社本殿。江戸時代までは大山寺があった場所で、大山詣りの目的地だった。明治の廃仏毀釈運動で、大山寺は山腹の下方に追いやられ、今の阿夫利神社下社として蘇った。

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境内から相模湾を望む。春霞のためか見晴らしはイマイチ。

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神社の境内はテーマパークのようにいろいろなものが置かれている。
手前は川越の水桶を模した鉄製の置物。

◆大山の阿夫利神社は奈良時代の752年、良弁僧都が開山した真言宗の寺院、雨降山大山寺とそれ以前からあった山岳信仰神社とが文字通り神仏混淆して修験道の山として発展してきた。雨降山阿夫利)と呼ばれる所以は、常に雨や霧が山上に生じ、雨を降らすことから起こったと言われ、その証拠に大山の麓にはいくつも名水が湧出している。山頂には阿夫利神社の本社と奥社があり、中腹の下社が一般的な観光スポット。江戸時代には庶民による「大山詣り」がブームとなり、「」という組織を作って参拝した。江戸期には年間に数十万が訪れたと記録されている。

Photo Dscf1465
下社本殿の地下にある竜神の水と恵比寿・大黒天像とさざれ石

◆江戸時代には7月に限って山頂までの登山が許されたので、当時の江戸っ子は現在の国道246号添いの道、約70kmの行程を途中1泊。さらに宿坊で1泊し、翌朝登山した。富士山よりは手軽に行ける人気の参詣コースだった。庶民の殆どは参詣と行楽をかねていたから、下山後は藤沢、江の島、鎌倉方面や小田原、箱根へ回って精進落としの名目で遊んで帰った。また「富士に登らば大山に登るべし。大山に登らば富士に登るべし」と伝えられ、両山をお参りする「両参り」も盛んにおこなわれた。落語の「大山詣り」で知られるように参拝というのは表向きで、本来は男たちの羽目を外しての楽しみだった。だから女人禁制と称して男だけの大山講となり、「不動から上は金玉ばかりなり」、「怖いものなし 藤沢へ出ると買い」などという戯れ歌も残っている。お後がよろしいようで。

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ボケ防止と夫婦和合がシンボライズ。

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