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2016年5月24日 (火)

「敵艦見ゆ」のエピソード

◆先日、南西諸島9島巡りのツアーに参加した時の事、宮古島の島内観光で、綾小路きみまろの女性版といった感じのベテラン・バスガイドに遭遇した。「年の頃は40代では若すぎる、50前後か、いやもっといっているだろう、南国の強い日差しが深いしわを顔に刻んでいるところを見ると60代、ひょっとして70近い?」そんな話を休憩中、客同士で話していた。

◆実に当意即妙の話術を持つガイドさんが、突然古い軍歌調の歌を歌いだした。「これは何を歌ったものか」と乗客に問うた。聞いたこともない歌だった。歌詞を聞いているうちに「日露戦争の敵艦見ゆ」に関連したものだと思った。終わってからその顛末を講談調にテンポよく語って聞かせた。沖縄の漁師たちがバルチック艦隊を発見し、命がけで通報に向かった話は脳裏の片隅に残っていた。帰ってから司馬遼太郎の「坂の上の雲」の「宮古島」と「敵艦見ゆ」の章を読み返してみた。

◆明治38年1905年5月、日本海軍はロシア・バルチック艦隊が対馬海峡を通るか、津軽海峡を通るか、一刻も早く正確な情報が欲しかった。対馬海峡説に基づいて作戦を立てて備えていたので、津軽海峡を通ってくるとなれば、根底から変更せざる得なくなり、日本にとって一大危機となる。東郷司令長官率いる連合艦隊は、日本近海に哨戒船を張り巡らせ、情報収集に努めるが予定を過ぎてもなかなか姿を現さない。焦りは募るばかりだった。そしてついに5月27日未明、哨戒船信濃丸(6388t、汽船)が五島列島西方でロシア艦隊を発見。早朝4時45分敵艦隊見ゆ」の一報を発した。次いで「敵針路、対馬東水道を指す」と打電し続けた。本格的な戦闘開始時間は同日11:00頃。そして夕刻4:00頃には日本海海戦は終了した。本稿ではそのこと自体が目的ではない。

◆実は信濃丸が「敵艦見ゆ」を打電した日の数日前、22日か23日に那覇から宮古島へ向かうヤンバル船(小帆船)で走行中、北上しているバルチック艦隊に遭遇した若者がいた。那覇在住の奥浜牛という29歳の青年で、雑貨の商いを生業としていた。沖縄から宮古島までは300km。遭遇した場所は宮古島の南南東150km地点と推定されている。彼は一刻も早く知らせるべく、宮古島へ急ぎ、25日10時頃、ようやく今の平良港に到着した。この目撃情報を巡る宮古島の伝承「宮古島久松五勇士」が本稿の目的である。

◆島庁は騒然となった。駐在していた警察官も固い人物で尋問、調書作成に無駄な時間を費やした。当時の宮古島には通信施設がなかったため、島の役人・長老たちの会議の結果、郵便局のある石垣島にこの情報を知らせる使いを出すことに決定。半日ほどかけて漁を終わったばかりの若者5名を選抜した。彼ら5名は、全長5mほどの丸木舟(サバニ)に乗って26日早朝出発。石垣島までの170kmを15時間かけて必死に漕いだ。石垣島の東海岸に着いてから、30kmの山道を5時間かけて歩き、27日午前4時頃、八重山郵便局に飛び込んだ。早速那覇の本局に打電し、沖縄県庁を経由、、東京の大本営は10時頃受信した。

◆日本本土への連絡は信濃丸からの方が数時間早かったため、この情報が直接役に立つことはなかった。その後5人の行為は忘れられていたが、昭和5年、この事実が発掘され、当時の沖縄県知事が5人に金一封を贈った。決死の航海をしてから25年の歳月が流れていた。昭和9年5月18日の「大阪毎日新聞」が「遅かりし、一時間」という見出しで大々的にこのことを取り上げた。時間的な差はこの頃まだ正確に検証されていなかったからだが、この話題が国威発揚のための美談として、教科書にも掲載され、歌にも歌われるようになった。

◆横須賀の三笠記念艦にはこの新聞記事のコピーが展示されているそうだが、覚えていない。25年経った老人4人の写真(一人は死亡)が名前入りで掲載されているとのこと。戦後は軍国主義否定の観点から再び忘れ去られたが、宮古島、石垣島では郷土の英雄として語り継がれてきた。余談だが、5人のうち3人は与那覇という姓だった。ガイドさんも同じ与那覇姓。ある時乗客にこの話をしたら、「ガイドさんはその人達と兄弟ですか」と聞かれたそうな。「明治生まれの人と同年代じゃ、わたしゃ妖怪か?」と怒ったふりをしていた。(笑い)

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