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2016年4月

2016年4月30日 (土)

銃と人間

◆先日TVがアメリカの銃社会について10歳の女の子がピストルを持って射撃の訓練をしている場面を流していた。これは特別なことではなく、日常的に各地で見られる光景だという。年間何件もの無差別乱射事件が起き、その都度銃規制運動が叫ばれるが、実際には国内の銃の数は減るどころか逆に増えているという。池上彰氏がテキサス州を取材したところ「ある銃砲店では店員が5歳の女の子に銃の撃ち方を教えていた。銃に対する考え方や撃ち方を子供世代に継承していく様を見せつけられた」とレポートしていた。

◆まさにアメリカでは治安維持に役立っている反面治安を悪化させる要因にもなっている。銃規制法案が提出されるたびに政治的発言力が強い「全米ライフル協会」の反対により、法案の成立が阻止されていることは我々も承知しているところだ。アメリカで自然が多く残されている地域では野獣駆除や食料調達のため銃が必要とされるそうで、それらの地域では銃犯罪は少ないそうだ。逆に伝統的な自衛目的(つまり、アメリカ先住民の退治目的)で銃を所持することが多かった州では銃による殺人事件が多い傾向にあるという。

◆米国は言うまでもなく世界中から移民してきた人達で成り立っている国家だ。西部劇でお馴染みのように建国当時の「自分の身は自分で守る」という精神が現在でも国民の間に根強く残っているという。そのため多くの米国人は銃を手放すことを、「いわば全裸の状態になることであり、自分の身を自分で守れなくなる」と恐れるという。特に同時テロ以降、政界でも銃規制の議論自体タブー視されているそうで、銃規制はなかなか進まない。

◆「銃と人間」、人は何故銃を持つようになったのか。その源を辿れば人類誕生まで行きつく。人は最初か弱い動物であった。食料を得るため、逃げ回る小動物を捕まえ、人を襲う猛獣から身を守り、またそれを食料にするため、人間は弓矢を発明した。それが武器として部族間の争いに有効であることが判明。そして火薬の発明とともに鉄砲が生まれ、それが戦の重要な武器となり、科学の発達とともに次第に大型化して破壊力を増し、大砲、機関銃、ミサイル、ついには「」という究極の武器まで発明してしまった。結果的に人類はその恐怖に脅えて暮らしているが・・。

◆こうしてみてくると、「」とは人類史に於いて自然発生的に生まれた本源的なものであり、釈迦やキリストが生きていても止めることはできなかったであろう。しかし今更過去に遡って廃止することはできない。まして警察から銃を、軍隊から武器を取り上げることは、その態をなさない。アメリカについては他国のことだからとやかく言えないが、日本においては害獣駆除に限り、厳しい管理の元、厳格に運用されるべきだろう。

2016年4月28日 (木)

おかしな野党共闘

◆7月に行われる参院選で、民進党から共産党まで多くの野党が共闘して候補者を1本化する動きが目立ってきた。北海道5区の衆院選補選で野党統一候補が健闘したことで、大いに勢いづき、味を占めたのか32の全一人区のうち、23の選挙区で統一候補のメドがついたという。政権を任してもよいと思われる健全野党ならともかく、単に議席が欲しいだけの野合ではないか。政党にとって政策は命。根本的理念とそこから派生する政策が異なるが故、複数の党が存在する。候補者を1本化するなら、その前に政党が合流・合併するのが本筋だが、少なくとも政策の摺合せは必要だろう

◆仮に「安保法制反対」という政策(?)だけで1本化し、その戦術が功を奏して、多くの議員が当選したとしよう。そこでめでたく生まれた議員の所属はどうなる。当然どこにも属さない、謂わば認知されない子供の集団となろう。彼ら個人の考えが尊重され、自由な判断と行動が保証されるなら問題はない。しかし、現実には重要な局面になればなるほど、「誰のおかげで当選したと思っているのか」と野党同士が自党の影響下に置こうとする。下手をすれば四分五裂にされかねない。

◆また、参院で野党が過半数を得たとしたら(その可能性は高い)、国会は重要な局面で常に混乱し、空転する場面が続出するだろう。そして国際的には日本の政治の不安定さが問題視され、格付けが下がる要因となり、財政不安が浮上する。現在の政府・与党にお灸を据えるという程度ならよい。

◆野党は間違っても、今の「政策バラバラ状態」で、政権を取ろうなんて野望は持たないことだ。何か問題が表面化すると、分裂してしまう現象を過去何度も国民の前に暴露してきたではなかったか。それから何も変わってはいない。正しい政権担当能力を養ってから堂々と挑戦すればよい。そうでなくては人気取り政策に終始し、国民を不幸に陥れるだけだろう。国民も野党共闘などという「目眩まし戦法」に騙されないよう、よくよく吟味することが大切ではなかろうか。

2016年4月25日 (月)

「本当ですか」、「まじっすか」

◆最近若い人達が会話の間で使う「本当ですか?」という言葉に違和感を覚えている。軽い相づちの意味で使っている用語だと思うのだが、学歴もある複数の若いビジネスウーマンから聞いたことが大変気になる。「何?私の言うことを疑っているの?」と口には出さないまでも、気分的にはよくない。推察するに、かつて若い子が「えっ!ウソ!ホント!」という表現を使っていた(いる?)が、これは真偽を質すというより、単に「驚いた」という感情をオーバーに表す言葉として使っていたようだ。その子たちが成長して、目上の人に丁寧に表現しようとして使っているように思うのだが、やはり変だ。

◆また同様に若い男性に多い言葉で、やはり「相づち」の一種として使っている表現に、「マジッすか?」という言葉もよく聞く。これも「マジ」という流行語を丁寧な言葉に置き換えたものだろうが、相対する者にとっては「自分が真面目に対応していない」と思われているようで愉快ではない。仲間内で使用する分には構わない。しかしビジネスの場や目上の人に対しては相応しくない言葉だろう。

◆ついでながら、スーパーのレジやレストランなどの会計の際、「1万円からお預かりします」という言葉遣いにも違和感があったが、ますます広がっているようだ。「から」を数字や数量として使う場合は「○○円から○○円程の商品」とか、「千人からの人出」(以上の意)等、「ある範囲の下限を示す」言葉と辞書にある。だとすればお釣りがくるほどの上限を出しているのだから用語としてはおかしい。この場合「1万円お預かりします」でいいのではなかろうか。

◆尊敬する梁瀬健さんがかつて新聞コラムに『「なので」「ですので」』というタイトルで、日本語の用法の誤りを指摘し、美しく正しい日本語を後世に伝えていこうと寄稿されていた。梁瀬さんが指摘するのは、一旦言葉が切れた後に「なので」を頭に持ってくることだと言う。具体的には「健康のために早朝の散歩をします。なので、私はいつも調子が良いのです」というような用法である。正しくは「なので」の部分は「ですので」または「ですから」であって、「なので」は「上手なので」のように名詞につくのはよいが、頭にもってくるのは不自然であるという。

◆言われてみれば、確かにTVなどで出演者がやたら頭に「なので」を付けて言葉を続けるケースが目につく。何故違和感があるのだろうか。氏は文法的には断定の助動詞「」の連体形の「」に、接続助詞の「ので」がついたものと思われるという。「だから」は少しくだけているが、違和感はない。改まった場所、目上の人には「ですので」、または「ですから」を使い、対等もしくは目下の人には「だから」、「それで」を使うのが自然であるという。
そういえば昨日の新聞投書欄に53歳の会社員が『単独の「なので」に違和感』というタイトルで同趣旨のことを投書していた。そして「昔と違いネット社会の現在では、こういう言葉はあっという間に浸透する。疑問を持たず取り入れてしまうことが恐ろしく感じる」と締め括っていた。同感である。

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2016年4月23日 (土)

映画「エヴェレスト 神々の山嶺」を観て

◆皇太子ご一家も鑑賞されたという映画「エヴェレスト神々の山嶺」を観てきた。第11回柴田錬三郎賞を受賞した夢枕獏の小説「神々の山嶺」を映画化したもの。我々俗界でノホホンと暮らしている身にとっては無縁の世界ではあるが、であればこそ惹きつけられる何かがある。エヴェレストの高度5200m付近で大規模ロケを敢行しただけのことはあって、臨場感、音声効果も抜群ならば、ヒマラヤの荘厳な風景も圧巻だ。この迫力は劇場映画なればこそのものだろう。

◆山岳写真家(岡田准一役)がカトマンズの骨董屋でクラシカルなカメラを手に入れるところから物語は始まる。それはあの有名な英国の登山家ジョージ・マロリーが1924年にエヴェレスト登頂に挑んだ時、成功したか否かが判断できるかもしれないカメラだった。マロリーは「なぜ山に登るのか」の問いに対して、「そこに山があるからだ」と答えたことで有名な登山家。英国が国威発揚をかけたエヴェレスト遠征隊に参加。1924年6月の第3次遠征に於いて、彼はパートナーと共に頂上を目指したが、北東稜の上部頂上付近で行方不明となった。マロリーの最後は、死後75年に亘って謎に包まれていたが、1995年5月1日に国際探索隊によって遺体が発見されたという。マロリーが世界初の登頂を果たしたか否かは、いまだに論議を呼んでいる。このこともこの映画の1つの要素になっている。

◆岡田はカメラの逸話を調べるうちに、カトマンズに身分を隠してひっそり暮らす孤高のアルピニスト(阿部寛役)と巡り合う。他人に配慮しない登山をするために、孤高の人物となった彼の壮絶にして崇高な人生に触れるうちに、岡田の胸にある思いが生まれる。この二人の主人公の熱演が観る者をグイグイ惹きつけていく。阿部の目指すものはいまだ誰も成し遂げていない冬のエヴェレストの南西壁に単独・無酸素で登攀しようという無謀なものだった

◆この映画の一般の評価は割れているが、その一端は今の多くの若者達の山に対する畏敬のようなものが、我々の若い時と比べて相対的に低くなっていると思えるからだ。映画の中で岡田が阿部に「何故エヴェレストに登るのか」と聞く。阿部は答えた。「ここに俺がいるからだ」と。この映画は「山の真実は山でしか分らない。高度な技術と体力、精神力を擁し、命を懸けるだけの価値を見出した真の登山家に対して、軽々しく批判することはできない」と教えているようだ。自分の危険は省みず他者を救いに行く場面も、ラストで阿部がエヴェレスト山頂近くで銅像のような凍死の姿で発見されるのも、創る側の想いが凝縮されているように思われ、凄みを感じた。

◆余談だが、自分は「山は登るものではなく、遠くから見るものだ」という情けない考えだが、今まで登った最も高い山はハワイ島のマウナ・ケア(4205m)だ。いや、登ったというより運んでもらったというのが正確だが・・。4000mを超えると何か神聖なものを感じた事だけは確かだ。子供の頃、戦後まだ10年程しか経っていない昭和31年5月、日本の山岳会第三次隊が、先進国に挑むようにヒマラヤの高峰マナスル(8168m、世界8位)の初登頂に成功した。この世界的快挙に国民は大いに勇気づけられた。因みに、1950年代はヒマラヤ登山ブームで、8000m級は殆ど登り尽くされ、未登峰は僅かだったようである。参考までに高度10位までのランクと登頂した年号を列記する。

1位:エヴェレスト(8848m)  1953年  2位:K2 (8611m) 1954年
3位:カンチェンジュンガ(8586m)1955年   4位:ローツェ(8516m)1956年
5位:マカルー(8485m) 1955年     6位:チョオユー(8188m)1954年
7位:ダウラギリ (8167m)1960     8位:マナスル(8163m) 1956年
9位:ナンガバルバット(8125m)1953年  10位:アンナプルナ(8091m)1950年

2016年4月21日 (木)

熊本という県

◆今月14日、熊本で起こった震度7の大地震から今日でちょうど1週間。16日に起こった震度7の激震を含めた震度5弱~6強の多くの余震は、死者48人、エコノミークラス症候群など11名の関連死者を出し、その数はさらに増えるという。負傷者1215人、避難者9万3千人余、交通やその他インフラに大被害を及ぼし、余震はいまだ収束していない(20日午後10:00現在)。さらに、大雨による土砂災害が心配されるなど、余りにも惨い災害だ。

◆熊本という県はかつての肥後の国、長崎・佐賀は肥前の国で、3県は同じ言語圏に属し、方言には共通する部分がある。子供の頃、高校野球は西九州3県から代表校を選出していた。長崎の県営球場に熊本・佐賀からの代表校を迎え、西九州大会を開催したことがあった。その時熊本工高の選手たちの大きさ、大人っぽさに圧倒された。さすが打撃の神様と言われた川上哲治を生んだ高校の後輩達だけのことはあると思った。

◆熊本を初めて訪問したのは1958年、中学3年の修学旅行の時だった。阿蘇の雄大さ、熊本城の豪快さ、水前寺公園の優美さなど、初めて見るもの触れるものばかり。以来、何度か熊本を訪れているが、その他にもカルデラの中の名水として知られる白川水源、清流の菊池渓谷、一昨年には天草を訪れた。そのたびに熊本の良さを知る。特に好きなのは阿蘇の草千里。のんびりと草を食む牛たちの姿、人が作ったような100mほどの小山米塚。この阿蘇山が30万年~9万年の間に何度も地球規模の大爆発を起こして、九州はおろか西日本全域に大きな影響を与え、火砕流堆積物(溶結凝灰岩)による大地を築いた。熊本が火の国であり、豊富な地下水を擁する水の国でもある由縁だ。

◆今回の地震で熊本城の大部分が崩落する中で「宇土櫓」だけはほぼ完璧に原型を残した。本丸の西北隅、20mの高石垣の上に立つ3層5階地下1階、地上約19mの櫓で、天守並みの構造と大きさを誇る。加藤清正の時代に建設されたのは確かなようで、中は何の飾りもない実用本位の櫓、使用されている木材から年代が感じられる。熊本城の石垣を元通り復旧するには10年以上の歳月と100億円以上の資金が必要という。また水前寺公園の池は白川の湧水でできているそうだが、今回の地震の影響で一部が枯れだした。錦鯉が引っ越しを余儀なくされていたが、どちらも早く元通りに復旧してもらいたいものだ。

Dscf0746 重要文化財・宇土櫓

◆熊本と言えば「馬刺し、辛子レンコン、トンコツラーメン、晩白柚、デコポン、球磨焼酎・・」などが思い浮かぶ。現在生産、流通はどうなっているのだろうか?義援金とは別に応援したい。                                                                                     
                  
           
1 晩白柚とデコポン 

ついでながら熊本に因んだ応援歌を。

あんたがたどこさ
♪あんたがたどこさ 肥後さ 肥後どこさ 熊本さ 熊本どこさ 船場さ
 船場山には狸がおってさ それを猟師が鉄砲で撃ってさ
 煮てさ 焼いてさ 食ってさ それを木の葉でちょいとかぶせ♪

(*日本中で歌われていたお馴染みの手毬歌。歌の中にある船場山郊外の里山あたりかと思っていたが、先日のブラタモリで市内の城下町の土塁で盛り上がった部分のこと知って、驚いた次第)

◆「おてもやん
♪おてもやん あんたこの頃 嫁入りしたではないかいな
 嫁入りしたことア したバッテン 御亭どんが ぐじゃっぺだるけん
 まアだ盃ゃ せんだった 村役 鳶役 肝入どん あん人達の居らすけんで
 あとはどうなアと キャアなろたい 川端町ツアン キャアめぐらい
 春日南瓜(ぼうふら)どん達ア しりひっ張って花盛り 花盛り
 ピーチク パーチク 雲雀の子 ゲンバクなすびの イガイガドン♪

(*陽気なリズムとユーモアあふれた方言の歌詞がユニーク)

◆「田原坂
♪雨は降る降る 陣馬(人馬)は濡れる 越すに越されぬ田原坂
 右手(めて)に血刀 左手(ゆんで)に手綱 馬上豊かな美少年♪

(*日本最後の内戦である明治10年の西南戦争は田原坂の決戦で勝敗を決す。17昼夜に亘って続けられた激戦で倒れた兵士は両軍合わせて約3万6千人だったという。)

◆「五木の子守歌
♪おどま盆ぎり盆ぎり 盆から先きゃおらんと 盆が早よ来りゃ 早よもどる
 おどま勧進 勧進 あん人たちゃ 良か衆 良か衆 良か帯 良か着もん
 おどんが打死だちゅうて 誰が泣いちゃくりゅきゃ 裏の松山 蝉が鳴く♪

(*哀愁を帯びた熊本五木地方の方言だが、ワカルネー)

2016年4月17日 (日)

熊本・大分地震に思うこと

山には山の良さがあり 海には海の楽しみがある。
山には山の悲しみがあり 海には海の怖さがある。

都会には都会の魅力があり 田舎には田舎の喜びがある。
都会には都会の憂いがあり 田舎には田舎の苦しみがある。

日本は自然の恵みに溢れ 四季の彩に包まれている。
日本は自然の猛威に脅かされ それは忘れた頃にやってくる。

「火の国」熊本を大震災が襲った。 あまりにも突然に。
人にとっては突然であっても 長い地球の歴史から見れば
瞬きの間の出来事に過ぎない。

被災した人達の悲しみや苦しみは いずれ我が身に
降り掛かってくる。 日本という国土に住んでいる限り。

「保育園落ちた。日本死ね!」と言った若い主婦がいた。
怒りを爆発する気持ちは分らないでもない。
「保育園建設反対」を叫ぶ 近隣住民がいる。
日本の未来を背負って立つ子供の未来はどうでもいいのだろうか。

しかし、「日本死ね」というまでもなく、いずれ日本は死ぬ。
全ての日本人が少なくとも自己中心の生き方を止めようではないか。
生きている間は お互い助け合って生きていこうではないか。

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2016年4月14日 (木)

城址公園桜巡りツアーに参加して(番外編)

【北杜市・山高神代ザクラ】

◆今回の最終目的地は城跡ではなく、「日本三大桜」の1つと言われる、山梨県北杜市の山高神代桜の見学である。北杜市とは平成の大合併によって生まれた新しい市名で、旧北巨摩郡の長坂町、大泉町、白州町、小淵沢町など8町村が合併したもの。山高神代桜は甲斐駒ヶ岳の麓、旧武川村の実相寺の境内にあるエドヒガンザクラの古木で、樹齢1800年とも2000年とも言われ、現存する桜としてはおそらく日本最古ではないかと言われている。こちらも1922年に国の天然記念物に指定され、「新日本銘木100選」にも選ばれた。


Dscf1432 境内前の水仙畑と桜の並木

山高神代桜は昭和23年に「3年以内に枯れ死する」と言う宣言を受けたが、その後専門家達による土壌改良工事や病気の駆除など必死の回復手当が平成の時代まで続き、現在では幹囲10.6m、樹高13.6mと日本最大級の桜の姿を保っている。しかし主幹部は枯れ込みが激しく奇形を呈しており、その上部にいくつか不釣り合いなほど細い枝が伸びているので、根元の太さに比べるとアンバランスで痛々しい。それだけ千数百年に亘って、何度も台風等で枝や幹が折れ、そこから新芽がでてきたであろうことを想起させる。ピーク時には20m~30mもあったであろうか。

Dscf1444 山高神代桜

◆因みに日本三大桜の残り二つは福島県の「三春の滝桜」、岐阜県の「根尾谷の淡墨桜」と言われているようだが、幸か不幸かまだお目にかかっていない。ところがこの実相寺の境内にはそれらの苗木が植えられており、またその他にも由緒ある桜の苗木が植えられ、かなりの大きさに育っている。100年後、200年後にはかなりの巨木に育っているだろう。さて、今回は天気はイマイチなれど、桜の満開期に訪れることができ、日本人に生まれてよかったと改めて思った旅行ではあった。

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滝桜の小桜 (福島県三春町)

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淡墨桜の小桜(岐阜県本巣市)

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臥龍桜の小桜(岐阜県高山市)

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久保桜の小桜(山形県長井市)、奥は身延山しだれ桜の小桜 (本稿終わり)

2016年4月13日 (水)

城址公園桜巡りツアーに参加して(3)

【伊那高遠城址公園編】
テルテル坊主の効力があったのか、前日の雨も止んで、時折薄日が射すほどまでに回復した。高遠城址公園は人出も多く、外国人の姿もかなり見かける。通行を邪魔するように桜の枝が垂れ下がっているが、日本人のマナーが浸透しているようで枝を折るような不届き物は一人も見かけない。上田の獅子舞とお囃子がお祭りムードを盛り上げている。


Dscf1417 城址公園の入り口へと続く

Dscf1409 上田の獅子舞一行


◆高遠城址公園の桜は「タカトウコヒガンザクラ」という種類で、明治8年頃から植えはじめ、樹齢130年を超える老木を含め、現在では1500本を超えるという。花はソメイヨシノよりやや小振りながら、色はやや濃い目で可憐である。さすが「天下第一の桜」と称されるだけのことはある。また、本丸跡から眺める中央アルプスの眺望が素晴しい。城址公園周辺にも多くの桜が満開で、南アルプスの仙丈ケ岳が望めるスポットもある。
 

Dscf1412 本丸跡より中央アルプスを望む

Dscf1429 南アルプスの仙丈ヶ岳を望む

◆ここで高遠城の歴史に触れないわけにはいかない。高遠城は二つの川に挟まれた河岸段丘の突端に位置する平山城である。高遠は古くから諏訪氏の勢力圏にあったが、この地が諏訪から伊那谷に抜ける交通の要衝であり、駿河や遠江に進出するための重要な地点であった。戦国時代に海側への進出を目指す武田信玄が、この地を押さえることに成功。この時、高遠城の改築に関わったのが山本勘助だったと伝えられている。

◆城内に残る深い空堀や土塁からは、地形を巧みに利用した戦闘的な城の姿が浮かび上がってくる。1582年高遠城は5万の織田軍に攻められ、3千人の仁科盛信軍は善戦虚しく落城、盛信は落命する。江戸時代になると、高遠城は高遠藩(3万3千石)の政庁として、保科氏、鳥居氏、内藤氏と約270年間に亘って、上伊那の政治の中心となった。現在の高遠城は江戸時代の曲輪配置をそのままに残しており、昭和48年に国の史跡に指定され、平成18年に日本を代表する「日本百名城のひとつ」に選ばれている。

【藩校進徳館】高遠城内に設けられた藩校。第8代藩主内藤頼直が城内三の丸の屋敷に学問所進徳館を開いた。幕末の1860年に設立され、明治6年に廃校となる。残存期間はわずか13年だったが、500名を超える人材を輩出したという。1973年に国の史跡に指定された。大藩の藩校と違って、アットホームな趣があり、親しみを覚える。
Dscf1418 進徳館玄関

Dscf1422 進徳館玄関から門を見る

Dscf1420 進徳館中庭と学び舎

【絵島囲い屋敷】江戸城大奥のスキャンダル事件としてあまりにも有名な「絵島生島事件」。絵島は六代将軍家宣の愛妾である月光院に仕え、大年寄まであがって絶大な力を得るが、人気役者生島新五郎との不義密通が明るみに。幕府の権力闘争にも巻き込まれ、死罪を免れるが高遠に遠流と決まった。生島は三宅島に島流しとなる。絵島が高遠で流刑生活を送った屋敷を当時の見取り図をもとに復元したのが絵島囲み屋敷で、実は5月にNHKの歴史秘話ヒストリーで取り上げるそうで、スタッフが、先日綿密な取材にきたそうだ。平屋建ての質素ながら小奇麗な屋敷は、高貴な女性が住んでいたというイメージにぴったりで、格子で厳重に囲まれて昼夜10人近くの武士・足軽・下女に見張られていたと言う。絵島はこの地で28年間過ごし、1741年、61歳で病没した。(続く)

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絵島囲い屋敷(屏で囲まれている)

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絵島の間

Dscf1428 囲炉裏などが見える。

2016年4月12日 (火)

城址公園桜巡りツアーに参加して(2)

【上越市高田城公園編】
◆夕方になって上越市の高田城公園にやってきた。まだ少し雨が残っている。この公園には約4000本の桜があり、6:00頃にはおよそ3000個のボンボリが灯され、「日本三大夜桜」と呼ばれているそうだ。因みに他の二つは、青森県「弘前公園」、東京都「上野恩賜公園」とのことで、確かに、ここの桜ロードにLED照明が点灯されると、幻想的な桜の色が浮かび上がってきて魅了される。


 Dscf1388 桜ロードの夜桜

◆内堀に架かる極楽橋を渡ると左手に小粒ながらキリリとした三重櫓が見えてくる。まだ新しいようで、平成5年に江戸時代の寛永から延宝の頃の絵図面等の資料から忠実に復元したそうで、7億5千万という巨費を投じて三層の櫓を復元したという。歴史好きのおじさんにとっては早速調べてみることにした。

Dscf1381 Dscf1380

◆1598年、豊臣政権は春日山城主上杉景勝を(徳川に対する後備えとして?)会津に転封した。その年代わりに、越前北ノ庄から堀秀治を入封させるが、堀は山城を嫌い関川の河口近くの海辺に福島城を築く。家督を継いだ堀忠俊は福島城を完成させ、1607年春日山城を廃して、福島城に移転するが、1610年、関ケ原の結果、家康によってお取潰しとなって、代わりに家康の六男松平忠輝を信濃・川中島から入封させた。

Dscf1382◆この人事は豊臣家の重臣、加賀の前田利常を牽制するためのものだった。福島城は海辺に近く度々氾濫するので、忠輝は1614年関川を遡った内陸部の高田平野に高田城の普請に着手する。完成までにわずか4か月だったといわれるが、大坂の陣を直近に控え、突貫工事が求められていたのだろう。高田城は関川という自然堤防を巧みに活かして幅100mの堀などを築いている。現在は蓮池として日本有数の蓮の花の名所となっている。なお、春日山城はこの城の北西7kmのところにあった。
   

Dscf1396 三重櫓の屋根裏

Dscf1395 櫓から観た内堀と桜並木 

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幅100mの外堀、現在はハス池

◆内堀の一角に多くの花束が供えられていた。その前で打ちひしがれた女子高生が二人。ボランティアガイドさんが、つい先日中学生4人がボートで遊んでいる最中、転覆し一人が帰らぬ人となった。接したばかりのニュースだったが、まさかこんなところで・・合掌。

Dscf1399_2バスの中の運転席にかわいいテルテル坊主がかかっていた。そばにマイクが。「あ~した、天気になーれ」と歌っていそう。
(続き)

2016年4月11日 (月)

城址公園桜巡りツアーに参加して(1)

4月7、8日の二日間、甲信越の城址公園桜名所巡りツアーに出かけた。7日は生憎の風雨、8日は曇り空ながら満開の桜を満喫、平日と曇天のため客足は少なめで、ゆっくり堪能できた。

【信州上田城址公園編】
◆最初にブームの渦中にあるNHK大河ドラマ「真田丸館」を訪問。ドラマに使用した小道具・衣装、パネルなどの展示物を見ながら、人気の秘密は三谷幸喜の脚本にあると思った。家族の絆にもスポットを当てたところがいかにも三谷らしい。撮影に使われた石垣や瓦は八方スチロールで見事に復元していた。


Dscf1363 信繁(幸村)の赤備えの甲冑

子供の頃、講談本を元にした漫画、小説などで「真田十勇士」の活躍に触れ、ワクワクしたことを思い出す。猿飛佐助、霧隠才蔵、三好清海入道、三好伊三入道、穴山小助、由利鎌之助、筧十蔵、海野六郎、根津甚八、望月六郎の十人。架空の人物もいるが実際にモデルになった人物もいる。

◆千曲川沿いの河岸段丘(尼ケ淵)に建てられた上田城は小振りながら、天然の要塞。第一次上田合戦の際、7000の徳川の大軍を真田昌幸の知略により、2000の兵力で撃退した場面は、先日のドラマで放映されたばかり。現在当時の面影が残っているのは尼ケ渕の崖の一部と一部の石垣。なおボランティア・ガイドに聞いた話では千曲川は暴れ川で、しょっちゅう流れを変え、当時の城前の流れの部分は平坦な道路や市街地となり、現在の千曲川は4~500m南西の部分を流れているとのこと。

Dscf1379 尼ケ渕の河岸段丘、この上に城郭が。

◆現在残っているのは本丸東虎口の櫓門とそれにつながるように南北に配置された隅櫓及び西櫓で、江戸時代初期に真田氏の後に城主となった仙石氏が普請したものを、昭和18年~平成6年にかけて徐々に復元したもの。
Dscf1366 東虎口の櫓門と南隅櫓

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櫓門上の狭間から火縄銃をもって照準をあわせたが、意外と重くなかった。

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場内の約千本の桜は満開だが、雨で桜も寒そう。東虎口入口あたりから内堀の桜を望む。(続く)

2016年4月10日 (日)

トランプが大統領になったら。

◆過激な発言や暴言・失言でメディアを賑わした共和党の大統領候補トランプ氏。従来の指導者層に批判的な米国大衆のハートを掴んだが、メディアもその片棒を担いだ責任を感じたのか、否定的なトーンになりつつある。彼が大統領になる確率は0.1%もないだろう。しかし、万が一のことを想定して日本の対応を考えてみたい。彼の数ある暴言の中で「東アジアの安全保障問題」に関する発言の要点をまとめてみた。

◆「なぜ、アメリカは日本を守ってやっているのか?ご存知の通り、日米安保条約によるもので、非常に不公平だ。なぜなら他国がアメリカを攻撃しても、日本はアメリカを助けなくてよい。しかし、他国が日本を攻撃したらアメリカは日本を助けなければならない。日本はもっと駐留経費を負担すべきだ。さもなければ安保条約を破棄して米軍は撤退すべきだ」とも言う。また、韓国は在韓米軍駐留に関する費用を支払っていないという間違った「安保ただ乗り論」を主張した。「凶暴な指導者を阻止するため、2万8000人の在韓米軍兵士が韓国と北朝鮮の間の休戦ライン付近に置かれている。我々はこのことで何かを得られているだろうか?カネを無駄にするばかりだ。従って北朝鮮と戦争をするなら、自分達で自国を守る方が米国の保護を受けるよりもはるかにましだ」。そのため「韓国と日本の核武装を容認してもよい」とも主張。「米国は世界の警察になることはできない。私が大統領に当選したら、数年間にわたり、韓国と日本が我々に借りたカネをすべて回収する」と約束した。

◆これらの発言からも推察される通り「彼は外交や核政策、朝鮮半島、世界情勢について無知である」ことは確かだろう。米国自身が北朝鮮の「核」の標的になっていることを無視しているのか、米国がアジアから受ける国益を理解していないのか。多くの米国人の無知に付け込んだ人気取り発言に過ぎないが、日本や韓国に米軍が駐留していることすら知らない多くの米国人がいることに驚きを覚えた。

◆万一、トランプ氏が大統領に就任したら、まず日本に駐留米軍経費の全額肩代わりを求めてくるだろう。基地の提供をしている日本が、無条件に要求をのめる訳がない。日米安保容認派にとっては「米軍撤退後の日本の安全をどう担保するか」が最大の問題になる。米軍に代わる軍備を独自で負担するとなれば、膨大な軍事費予算が必要となる。さらに「核武装」の論議も起こってこよう。憲法の改正も視野に入れて、国民を説得できるだろうか。

◆一方、護憲派や左翼勢力、沖縄の米軍基地反対派にとっては歓迎だろう。憲法の規定通り「非武装中立で平和を守る状態」ができると喜ぶ。しかし、喜ぶのは彼等だけではない。日本の防衛力が衰えるのを喜ぶのは中国だ。前例がある。米軍の影響力が無くなった途端、ベトナムやフィリピンが領有を主張する西沙諸島、南沙諸島を奪い、基地を作ってしまった。日本も民主党に政権交代したとたん間隙を縫うように、尖閣諸島に領海侵犯を繰り返した。中国がこの好機を黙って見逃すはずはない。米軍がいなくなった沖縄は好餌に見えるだろう。いずれにしろ、トランプが大統領になるということは「日本人が自国の防衛問題にどのように取り組むかという問題提起をした」ということは言えるのではなかろうか。

2016年4月 6日 (水)

日本人の良きマナー

ある日のことでございます。シルバー世代の男女のグループが、お花見のあと、居酒屋で小宴会を開いておりました。
宴も終わりに近づき、そろそろお開きという頃、一人の女性が、散らばったお皿類を同じ種類ごとに重ねて、片づけ始めました。
そのうちの一人が思いました。「そうだ、多くの若者たちのグループが、あちこちの飲み屋さんで食い散らかしたままお開きにしているのを思い出し、感じが悪かったな」と。そこで女性に続いて片付け始めました。
すると別の男性が、「アルバイトの若い女性の仕事を奪ってしまうので、そのままでいいんじゃないの」と言いました。
男性は「いや、我々老人が率先して片づけることで、
日本人の本来のマナーの良さを若い女性たちが学んでくれたらいいんじゃないのかな。外国人が見ていたらなおさらでしょう」とつぶやきました。一行がお店を出るとき、若い女の子の店員は目を輝かせていました。おしまい。

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印刷局の桜(4/6)本文とは関係ありません。

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印刷局のミツマタ(4/6)



2016年4月 4日 (月)

4月3日の小田原城

【おでんサミット】小田原城二の丸広場で開かれている2016「小田原おでんサミット」の様子を覗いてきた。小田原は蒲鉾の本場。従って「おでん」も本場らしい。今回は地元の小田原おでんの他に、小樽、塩釜、東京北区(?)、若狭小浜、舞鶴、讃岐うどん&おでん、長州、静岡、金澤、青森、沖縄から自慢のおでんも出店。地元小田原では地場産の食品やビールなど多数出展して結構な賑わいを見せている。

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おでんなどそうそう食えたものではないのだが、この日は「塩竈」と「さぬき」と「小田原おでんそれぞれ一人前を二人で食べ、ビールを二缶、焼き鳥少々食べたらもう満腹。2時前には完売店が続出。沖縄の豚足煮が残っているのみ。

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【花祭り】 4月8日の花祭りを先取りして、ステージでは着飾った稚児さんたちが踊りを披露、司会進行等は住職さんたちが行っていたが、少し違和感が・・。
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【甲冑隊のお披露目】たまたま本丸広場で、「手作り甲冑隊」の自作の鎧・兜・具足を着けたお披露目会に出くわした。これからも各種イベントに駆り出されるだろう。これも一種のコス・プレなんだろうが、この日はまぁ~、いろんなド派手な衣装の男女のグループがあちこちに屯して、コス・プレ撮影会に興じている。平和と言やー、平和な光景だ。
小田原城は平成の大改修中で、外壁などの外観工事を終えて、現在は天守閣内の内装・展示の工事中で、5月1日にはオープンするそうだ。その天守閣の前でもコス・プレグループが次々に撮影会を展開。


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Dscf1360_2 お城の前でコスプレグループ撮影会

【銅(あかがね)門の楼閣】 普段は公開しない銅門の楼閣だが、この日は初めて入ることができた。平成9年に復元されたもので、築19年経過しているが、新築同様で真新しい。梁などに松の大木を使い、実に頑丈にできている。銅(あかがね)門の由来となった門扉は銅葺きとなっている
(写真:左上は銅門内側より。右上は銅門の楼閣、左下は門扉を外側の桝形より、撮影、右下は楼閣入口より内堀を望む)
            
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2016年4月 1日 (金)

今日から4月・・(近未来を予測する)

(1)人工知能の発達で、数年後入試問題は人工知能が作成することが決定。その対策として受験校・予備校・学習塾も人口頭脳を導入する見込みとなった。

(2)夏の参院選から18歳以上の若者に選挙権が付与される。若者たちはしばらく無関心だったが、数年後格差社会に目覚め、ついに「若者の、若者による、若者のための政治」を実践するようになった。手始めに振り込め詐欺にあう老人たちは資産家であると認定。老人の保有資産に対し50%の保有税をかけることを決定した。

(3)数千万年単位で生物を滅亡に追いやる謎の惑星Xが太陽系の外側の小惑星軍の軌道に影響を及ぼし、そのうちの何個が今世紀中に地球に衝突する恐れが判明。生命の危機に晒される。(かもしれない)

(4)地球温暖化で水面が上昇。今世紀中にすべての氷河が溶け、ついに南極の氷の全部が溶けて水面が10m近く上昇した。宇宙へ脱出できない大部分の人達は「ノアの箱舟」を作って、そこへ移住。水面上は「ノアの箱舟」だらけになった。

(5)イスラム国の若者がイスラム教の教えは「前近代的である」と悟り、ついに宗教革命を起こす。手始めに豚肉が解禁され、世界的に豚肉の価格が高騰。

(6)北朝鮮が経済制裁に困り、六か国会議が開催された。手始めに融和ムードを作ろうと首脳たちによる麻雀大会が開かれた。韓国はゴミみたいな手でコツコツと点数を稼いでいった。日本は「清一色」、「字一色」、「百万石」など綺麗な手を狙うが、ままならず、トントンといったところ。ロシアは快調だったがドーピングがばれて退場となった。本場中国はさすが満貫連発でトップを走っていたが、ついに「チョンボ」が発覚、退場となった。結局勝負に強いアメリカが「一気通貫」でトップに立つと、それまで不気味な手で様子を窺っていた北朝鮮がアメリカに「九連宝燈」振り込みそうになったところで、マージャン卓をひっくり返してしまった。これを「」実験という。(笑い)

そういえば今日はエイプリル・フールでした。

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