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2016年3月 6日 (日)

「一億総何々」という言葉

◆安倍総理が昨年10月、「新・三本の矢」を掲げ、「一億総活躍社会」というスローガンを打ち出しました。良い意味に捉えれば、「国民一人一人がそれぞれの立場で活躍できる社会を目指そう」ということなんでしょうが、この「一億総何々」という言葉には、どうも負のイメージが付いて回るようで、不評のようです。ある人のブログに「考え過ぎかもしれないが、戦前の日本は、国民を総動員して戦争の道を止めることなく転がり落ちた、そのイメージと重なる」という趣旨のことを書いておりましたが、敢えて悪いイメージを持たれるような表現は避けるべきだったのではと思います。

◆最初に使われだしたのは昭和19年、戦時下で国威発揚のため歌われた軍歌「一億総決起の歌」(突撃喇叭鳴り渡る)でしょうか。次いで同じ戦時歌謡「進め一億火の玉だ」という歌もありましたが、今聞いたら多くの人が卒倒しそうです。最終局面では「一億総玉砕」という言葉も生まれました。「ヤケのヤンパチ」ですね。当時の日本の指導者、軍部、メディアも気が狂っていたのでしょう。国民も正常な判断をすることができないような状態に置かれていたのです。しかし、最後になって天皇の英断で日本が降伏したことによって、首の皮一枚で生き延びることになりました。

◆敗戦後、東久邇宮首相が国会の施政方針演説で「一億総懺悔」という言葉を使いました。負けるような戦争をしたことに対して、誰が誰に懺悔するのか、様々な議論があったそうです。日本人は皆反省しなければならないという意味ならば、反発する人も多かったでしょう。敗戦国として天皇制を維持しつつ復興すること、それが当時の中心課題であって、懺悔という言葉が適当であったかどうかは別にして、いまだ真の意味での「反省」が曖昧になったままだという人がいるのもこの辺に起因するようです。

◆戦後11年も経った1956年、テレビが普及し始めると「一億総白痴化」という言葉が生まれました。社会評論家の大宅壮一が生み出して流行語にもなったもので、「テレビというメディアは非常に低俗なものであり、テレビばかり見ていると人間の想像力や思考力を低下させてしまう」という意味で使ったそうですが、一部のテレビ関係者にとっては今でも「耳の痛い言葉」ではないでしょうか。

◆1970年代に入ると、日本国民の大多数が自分を中流階級だという「意識」を持つようになり、「一億総中流社会」という言葉が生まれました。それに伴い、日米安保の傘の下で平和が続き、「一億総平和ボケ」という言葉も生まれました。たしか石原慎太郎が言い出したようですが、「実際にミサイルの数発が都市住民の上に降り注がないと目が覚めない」ほど、我々の「平和ボケ」は重症なのかもしれません。いずれにしろ、日本から戦争を仕掛けることはあり得ないのだから、間違ってどこかの国から飛んできたミサイルで、何百人かの日本人が殺されてから、やっと自衛のための戦争を考えるようになるのでしょうか。

◆それより怖いのは「一億総難民」という言葉が現実のものとなる事態を想定しなければならない時が来るかもしれません。1973年に刊行された小松左京の『日本沈没』。日本の難民が、受け入れ先を求めて世界中をさ迷うという最後で締めくくられておりました。正に来るべき、東南海大地震、原発爆発、富士山爆発、中国や北朝鮮からの核の攻撃・・・そんな事態がいつ現実のものになるのか、多くの難民が発生するのはSFの世界だけではなさそうです

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コメント

 一億総難民・・・考えたくない、鳥肌立つ言葉ですね。
しかし、深く考えないといけない事態だとも思います。
災害、事故、戦争・・・人知が及ばないものも人知で防げるものも、それこそ人知を結集して対策を講じなければなりませんよね。

 私に関して言えば、死ぬしかありません。
海を渡る泳ぎもできない、役人にやる袖の下も持たない、他国で生きる語学力もない。

 私が自然死するまでそんな時代が来ないことを祈るのみ、要するに「無力」だということです。

 明日は修学旅生(新潟県の中学生)の「平和学習」案内で、城山小学校に行きます。
せいぜい、戦争の悲惨さを吹き込んで平和の有難さを考えてもらいます。

城山小学校には、当時の校舎の一部が残っていて、被災者の記録も展示されているとか。リアルタイムで生きていた最後の世代(実際には何も知らなかった)ですから、戦争の悲惨さを伝え次ぐ、大切な役目を果たされているのですね。そのボランティア精神に頭が下がります。

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