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2016年2月13日 (土)

「始皇帝と兵馬俑」展を観て

◆「東京国立博物館」で開催されている「始皇帝と大兵馬俑」展を観てきた。
1974年、中国の西安北東30kmにある秦の始皇帝陵墓とされる近くの農地で、住民が井戸を掘ろうとした際に偶然発見された兵馬俑は、その後の本格的な調査で、20世紀最大の考古学の発見という大ニュースとなって世界中を駆け巡った。その時の写真を見た第一印象はあまりのリアルさに、像の中に人間が入っているのかと思ったりしたが、いつか実物を見たいものと思っていた。しかし40年以上経ってこの展覧会を観て、初めてニュースで知った時の新鮮な驚きは消えていた。既にTV映像等で何度も接していたからだろう。


始皇帝陵と兵馬俑の存在は史記や漢書など、古代中国の数々の歴史書に記されていたが、この発掘調査により現実のものとなり、1987年世界文化遺産に登録された。展示には将軍や騎兵、射手、歩兵、軍馬等、計10体の本物と四頭立ての始皇帝愛用の馬車が2体(複製で、この馬車だけはどういう訳か実際の2分の1の大きさ)、その他多くのレプリカや武器調度品等が展示されている。紀元前200年頃にかくも精巧な像を作り得たという技術には感心させられる。「兵士の俑にはどれ一つとして同じ顔をしたものはない」、「秦の軍隊が様々な民族の混成部隊であった」ということ以外に、近年の調査ではこの遺跡は、始皇帝の身を守る軍隊だけではなく、宮殿のレプリカや、文官や芸人等の俑も発掘されており、生前の始皇帝の生活そのものを来世に持っていこうとしたものではないかと考えられているようだ。

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兵馬俑レプリカ 

漢の兵馬俑・・秦の始皇帝の陵墓から、そう遠くない場所にも大規模な地下軍団が存在していることはあまり知られていない。これは高祖劉邦(紀元前256~同196年、秦を滅ぼしの初代皇帝になった)の陵墓である。1965年、中国の考古学者達は、この地の長陵の陪葬墓の中から、前漢の兵馬俑を発見した。2000年以上地下に眠っていたにもかかわらず、大部分は保存状態がよく、特に陶俑の身体に残る彩色の上絵は、はっきりと見分けることができたという。これら漢の俑は「三千人馬」といわれ、その中には騎兵俑、歩兵俑、舞楽雑役俑、盾が含まれていた。歩兵俑は高さ50㎝、甲騎は比較的大きく、平均の高さは60㎝、騎兵の多くは甲冑をまとい、手に槍や矛を持っている。

秦の始皇帝の兵馬俑が秦朝の軍隊の勇壮で精悍な様を表わしているとするなら、漢の高祖の兵馬俑は、漢朝の軍隊の悠然とした中にも威風堂々とした味わいを感じさせる。どちらの兵馬俑も、ともに焼きものだが、その風格は全く異なる。秦は「写実的」で、実際の大きさも容貌も実物そのもの漢の俑は精神的表現に重きを置くものとされ、平均身長は秦の俑の3分の1にも満たない。人物の表情や態度を表現するのに重きを置き、芸術的に誇張されたものまであり、鑑賞用の工芸品のようであるという。「秦」の後を継いだ「漢」の兵馬俑の方が規模が小さいと言えるが、これは力の差というより、始皇帝と劉邦の性格の違いによるものではなかろうか。

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