2017年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
無料ブログはココログ

最近のトラックバック

« 「カネのなる木」に花が咲く | トップページ | 日本国憲法は宗教か?(下) »

2016年2月17日 (水)

日本国憲法は宗教か?(上)

◆日本の憲法は今年11月3日で、公布からちょうど70年を迎える。この間、一字一句たりとも変更されずにきた世界に希有な憲法であると言われている。「世界に誇るべき平和憲法だから、憲法改正などもっての外、議論することさえ問題だ。憲法を解釈で変更するのは立憲主義の破壊だ」などと、我が国の憲法はあたかも神から授かった神聖なもので、国民は指一本触れることさえ許されない、謂わば一種の宗教ではないかと思えることさえある。

◆確かに、この憲法の根本精神である「国民主権、平和主義、基本的人権の尊重」は人類の長年に亘る獲得の努力の結晶であって、これらの権利は現在及び将来に亘って国民の永久の権利として保証されなければならないことは言うまでも無い。では時折、改憲論が起こったり、解釈変更論がでたり、反対論がでたりするのは何故だろうか?憲法は人間が作ったものであって、100%完璧なものではないということだ。大日本帝国憲法は「不磨の大典」と美称されたが、結果は日本を破滅に導いてしまった。

◆現行憲法の成り立ちはどうだったか。1945年8月、日本は未曾有の敗戦を機に、連合国(主に米国)の占領下に置かれた。GHQは大日本帝国憲法(明治憲法)を否定し、新たに民主憲法を制定すべく、1946年2月当時の幣原内閣に憲法草案の作成を指示した。しかし出てきた松本私案は明治憲法色を残すもので、GHQは日本政府による自主的な憲法改正作業に見切りをつけた。直ちにGHQ草案を渡して、吉田内閣に変わったあと、11月3日にようやく「日本国憲法公布」の運びとなった(施行は1947年5月3日)。吉田は9条について「自衛権の発動としての戦争を放棄した」と明言した。

マッカーサーの指示によって誕生した平和憲法であったが、戦後東西冷戦の兆しが見られると、日本を防共のための防波堤とすべく、1950年1月、マッカーサーは「日本国憲法は自衛権を否定せず」と声明を発表。同年6月朝鮮戦争が勃発するや、7月には警察予備隊の創設と旧軍人3250人の追放を解除した。つまり、「国際情勢の変化」は彼の理想をも覆させてしまった。吉田茂も呼応するように「主権国家が自衛権を持つのは当然」と大胆に主張を変え、自衛隊創設へと傾いていった。

◆1951のサンフランシスコ講和条約で世界に復帰する際は、日米安保条約も調印した。自ら定めた平和憲法を僅か3年ばかりで、戦力を保有する国へ変えてしまったのだが、この解釈変更を、今問題にする人は皆無だ。では何故正式に手続きを踏んで、憲法の条文を変更しなかったのか。恐らく、周辺諸国への影響を配慮したこと、また第96条に定めた「改正手続」のハードルの高さのため、最も現実的な方法を選んだのだろう。(続く)

« 「カネのなる木」に花が咲く | トップページ | 日本国憲法は宗教か?(下) »

経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1299847/64006739

この記事へのトラックバック一覧です: 日本国憲法は宗教か?(上):

« 「カネのなる木」に花が咲く | トップページ | 日本国憲法は宗教か?(下) »