2017年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
無料ブログはココログ

最近のトラックバック

« 波乱の申年のスタート | トップページ | 申年には、何があった?② (1968年) »

2016年1月13日 (水)

申年には、何があった?① (1956年)

今年は申年、過去申年にはどんなことがあったのか?戦後の申年に限って、主な出来事を調べてみた。

【1956年(昭和31年)
★戦後の最初の申年は昭和31年、筆者が小学6年生、4月から中1へ進学した年だった。この年「元日に新潟県弥彦神社で餅まきに群衆が殺到、124人が圧死するという事件があった。全然覚えていなかったが、当時まだ食糧難の名残があったのだろうか。
★1月にイタリア・コルチナダンペッツオで行われた冬季オリンピックで、スキーの猪谷千春選手が日本人初となる銀メダルを獲得。これはよく覚えている。それから、34、5年後にご本人に会える機会があった。先方はもちろん知らないだろうが。
★7月に発行された『経済白書』に、「もはや戦後ではない」と記述され、流行語にもなった。5月には日本のヒマラヤ登山隊が「マナスル」の初登頂に成功、記録映画を見に行ったことを覚えている。11月には南極観測船「宗谷が東京を出港し、翌年1月29日昭和基地を設営。南極観測元年となった年だ。因みに昭和基地に1年間置き去りにした犬「タロ」、「ジロ」の生存が確認されのが昭和34年の1月。多くの感動を与え、後に高倉健主演の映画「南極物語」のモチーフになった。


★この年は鳩山一郎首相のもと、日ソ国交回復の交渉が進み、5月に日ソ漁業条約調印、10月に日ソ国交回復の共同宣言が調印された。ここで北方四島の返還に道筋をつけてもらいたかったが、12月に国連総会で日本の加盟が承認されたこと考慮すると、こちらの方を優先せざるを得なかったのだろう。12月には旧ソ連から最後の帰国者1025人がま舞鶴港に入港している。因みに鳩山総理は1月に参院で「軍備否定の現行憲法に反対」と答弁し、野党等の総スカンに遭って、2月に発言を取り消している。勇気ある発言だと思うのだが、そのまま初志貫徹していればどうなったであろうか。
★その反面、国内では米軍立川基地拡張を巡る砂川事件、米占領下にある沖縄で島ぐるみの基地反対闘争も勃発し、米軍基地の問題は今なお、引き摺っている。
★世界に眼を転ずると、米ソの冷戦下でソ連が勢力拡大を目指し、ポーランド、ハンガリーに進出し動乱が発生。また中東ではイスラエルとエジプトの間で第二次中東戦争が勃発、キューバではカストロらが革命のゲリラ戦を開始。世界のアチコチでキナ臭い争いが展開された年になった。歴史は繰り返されるというが、60年後の今年、世界情勢はまた同じようなバカげた争いを展開しようとしている。


★前年発表された石原慎太郎の「太陽の季節」がこの年、芥川賞を受賞すると、5月に映画化され弟石原裕次郎がデビュー、「太陽族ブーム」が起こる。同月売春防止法が公布され(翌年4/1日施行)、戦前・戦後からの悪弊は次第に姿を消していくが、また違った形で風俗産業が蔓延ることになる。大宅壮一が「一億総白痴化」を唱え、流行語となったのもこの年だった。
★映画ではジェームス・ディーンの「理由なき反抗」(前年にエデンの東)、ユルブリンナー、デボラカーの「王様と私」が公開され、中学生ながら江映画館に足を運んだ。またエルヴィスプレスリーの「ハートブレイクホテル」が大ヒット。アメリカの繁栄が直に肌身に伝わってきた時代だった。(続く)

« 波乱の申年のスタート | トップページ | 申年には、何があった?② (1968年) »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1299847/63451307

この記事へのトラックバック一覧です: 申年には、何があった?① (1956年):

« 波乱の申年のスタート | トップページ | 申年には、何があった?② (1968年) »