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2015年11月14日 (土)

世界の民謡等を下敷きにしたポピュラー音楽

◆前回の古典音楽編に続き、今回は世界の民謡やカンツォーネ編を纏めてみた。原曲をアレンジしてポピュラー音楽に仕立て上げ、映画音楽やヒットチャートでリバイバルした曲も結構多い。まずは我が青春の永遠のスター、エルヴィス・プレスリーの曲から取上げてみたい。

・「ラブ・ミー・テンダー」:1956年、エルヴィス・プレスリーが同名の初主演の映画の中で歌いヒットした。原曲は1861に作られたアメリカ民謡の「オーラリー」という曲。
・「It's Now or Never」:(今しかない、絶好のチャンスだ)という意味だが、原曲は1898年のナポリ歌謡祭の優勝曲「オーソレミオ(私の太陽)」。プレスリーが1960年に歌い、全世界でヒット。一連のナポリ歌謡祭のリバイバルの先駆けとなった。
・「サレンダー(surrender)」:(降参!降伏する)という意味だが、原曲は1902年ナポリ歌謡祭の入賞曲「帰れソレントへ」。1961年に歌い大ヒットした愛の歌。
・「この胸のときめきを」:原曲は1965年のサンレモ音楽祭入賞曲で、「私はあなたなしでは生きられない」。翌年イギリスの女性ポップス歌手ダスティ・スプリングフィールドが「この胸のときめきを」にアレンジしてヒットさせた。1970、エルヴィスがカバーしてさらに大ヒット。


◆エルヴィス・プレスリーは1961年映画「ブルーハワイ」の中で数々の名曲を歌っているが、その中の1曲「NO MORE」。原曲はラテン音楽のスタンダード「ラ・パロマ」。スペイン生まれのセバスチャン・イラディエールが、19世紀に作った「ラ・パロマ」の英訳替え歌。またこの映画の中で歌った「好きにならずにいられない」(Can't Help Falling in  Love)は18世紀フランスのシャンソン「愛の喜び」が原曲。この曲はプレスリーの不朽の名作にもなった。同じくプレスリーの1961年の映画「GIブルース」。この中で歌った「別れの歌-ムシデン」の原曲はドイツ民謡(ムシデン)「さらばふるさと」。この中で人形劇に飛び入り参加して、英語で歌う場面がある。途中子供達とドイツ語で「ムシデン」を合唱、印象的な場面だった。

◆1959年ハりー・ベラフォンテが歌って大ヒットした「ダニー・ボーイ」。この曲はもともと北アイルランド民謡「ロンドンデリーの歌」で、彼のリメイク版は世界的に大ブレイクした。
・「マイ・ボニー」(原題はMy Bonnie Lies Over the Ocean)は、もともとスコットランド民謡。 アメリカに渡ってC&Wの「カウボーイの夢」となり、欧州に於いては1961~2にビートルズが同名の「マイボニー」をロック調で歌い、復活させた。ビートルズというグループ名になる前だった。
・日本の童謡がアメリカのポピュラー音楽になって日本に入ってきたことがあった。「ウスクダラ」などを歌ってアメリカで人気のあった黒人系混血のアーサー・キット。これがなんと童謡「証城寺の狸囃子」の日本語の歌詞をところどころ残し、「Sho-Jo-ji (The Hun
gry Raccoon お腹が減ったアライグマ)として、1955年(昭和30)にレコーディングして、日本にも入ってきたのだ。当時小学校の6年生の頃だったか。単純に日本の童謡をアメリカ人が歌うのかと喜んだものだったが・・・。
この他にもまだまだあるようだが、また別の機会に調べたい。

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