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2015年10月 5日 (月)

NHKの受信料問題を考える。(前)

◆NHKの受信料を払っていない世帯がどれくらいいるか御存知だろうか?近年のNHKの努力で若干良化しているものの、2015年3月末で、契約率は75%に留まっている。実に4世帯に1世帯が(1410万世帯)が受信契約をしていない計算になる。
放送法の第46条で、「NHKのTV放送を受信できる設備を設置したものはNHKと受信契約をしなければならない(要約)」とある。しかしこの法律は強制力もなければ罰則も無い。もしこの法律を国民が正しく守っているとするならば、実に1410万世帯がテレビを持っていないか、NHK放送が受信できないテレビを持っていることになる。そんな馬鹿なことがあるだろうか。ざっと1千万以上の世帯が只乗りしていることになる。「自分はNHKを見ないから契約をしない」という理屈は通らないのだ。


◆過去にも「NHKの受信料の支払い義務化」について問題提起されてきたが、徒に議論するだけで、一向に進展を見ない。今回も自民党が問題を提起して、総務省が有識者検討会発足させて議論をするという。「まだこの問題を引きずっているのか」と日本の政治の在り方と国民性を問いたい。何故こういうことになるのか。要するに「放送法」が曖昧な法律だからだ。その前提として「公共放送が国民にとって必要かどうか」という大問題がある。
仮に受信料を払いたくないから、必要無いとしよう。そうなればNHKは完全民営化となって、収入は広告収入主体となり、他の民放と何ら変わりのない局が1局増えるだけとなる。


◆公共放送の意義とは何か。言うまでも無く、国や特定のスポンサーなどの影響を受けることなく、公正・中立で視聴率に捉われず、報道、教養、趣味、娯楽など幅広い情報を提供して国民に資することに在る筈だ。そのため企業の広告収入に頼らず、政府の意のままになり易い税金を充てるなどの制度はとっていない。謂わば、国民が「創る側の善意」を信用し、資金を出し合って、国民のための放送を委託していることに他ならない。国は国民の善意を信用して、NHKの地位を保証しているに過ぎないのだ。

◆ところが、これをいいことに約1千万以上の世帯が、他人の善意に只乗りしていることになる。実に嘆かわしく、日本人として恥ずべき行為ではなかろうか。欧州の公共放送ではイギリスが95%、ドイツが96.6%の支払い率になっている。欧州は法令で罰金や延滞金、強制徴収などを決めている国もあるそうだが、日本の放送法では契約義務はあっても、支払い義務の規定はなく、罰則の規定もない。もしこれが「悪化は良貨を駆逐する」の法則に倣って、25%の悪貨が、75%の良貨を駆逐すれば(支払い拒絶の増加)、NHKは成りたっていかなくなるではないか。こういう不公平をそのまま放置して、改善しないのは、NHKの怠慢か、4分の1の国民の悪意によるものか、政治家の怠慢か、あるいはそれらが複合したものとしか考えられない。(続く)

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