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2015年10月31日 (土)

18歳選挙権付与に思うこと(上)

◆来年6月の参院選から、満18歳以上20歳未満の若者も選挙に参加することが可能になった。これにより新たに約240万人の若者が有権者になる。このこと自体は現在世界の約190カ国・地域の9割が選挙権年齢が18歳以上となっていることからも、自然の成り行きだろう。日本ではまだ民法上の成人年齢との関連が課題として残っているが、ここではそのことには触れない。

◆話はガラリと変わるが、自分が中高生の頃、周囲の大人から「君はどの政党を支持するのか」と聞かれ、よく分かりもしないのに「一応社会党かな」と答えたものだった。当時は政権側(自民党)を支持するのは若者としてカッコ悪いという風潮があり、社会党など野党を支持する方が学生達の間で主流で、カッコいいとされた。社会党浅沼委員長が右翼の少年に刺殺されたのも昭和35年(1960)高2の時で、その風潮により拍車が掛かった。今回若者の政治活動を一定の範囲で許容することが文科省から出されたが、その前に現実社会に眼を向けて国内・外の政治の動きや歴史をじっくり勉強して、自分の頭でしっかり考えて行動に移してもらいたいと思うのである。

【日本の戦後の政治を俯瞰する】
◆長年、万年野党と云われた「社会党」は何故凋落していったのか。その理由の一つはイデオロギー論争に明け暮れ、庶民の生活に根を下ろした活動が乏しかった。社会主義を広く左派勢力という言葉に置き換えれば、学園紛争から発展して全学連が生まれ、次第に政治色を強め過激化していった。全共闘、革マル派、赤軍派など武闘派組織が次々に台頭し、ついには「よど号ハイジャック事件」、「浅間山荘事件」などを引き起こし、民衆の心は完全に離れていった。社会党は労働者の味方を標榜し、労働組合の支持で一定の勢力を維持してきたが、労働者がある程度豊かになると、組合離れが起きて、社会党の勢力も右肩下がりで衰えていった。平成6年(1994)最後の「徒花」の如く、村山社会党委員長を首班とする「自社さ」の連立政権が誕生した。しかし1年3カ月ほどで退陣。以後一部が民主党に移行していったが、本体は坂道を転がるように議席を減らして、今や党の存立が危ぶまれる程に凋落した。

◆戦後日本の政治を大雑把に見て言えることは、自民党長期1党支配では安定政権に胡坐をかき、党内の勢力争いが激しくなり、政・官・財の癒着で腐敗が生まれる。この動きに国民は「NO」を突き付けて政権を交代させた。しかし、「細川連立政権」にしろ、「鳩山、菅、野田民主党政権」にしろ理想と現実とのギャップに苦しみ、政権担当能力の不足を露呈、悉く国民の期待を裏切った。その結果、海外から日本の政治は不安定で内向き、信頼性に欠けるという評価が生まれた。社会党やその他の野党に役割があったとすれば、自民党に「油断したり、図に乗ったりすれば政権の座から引きずられる」と自覚させたことだろう。(続く)

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