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2015年9月16日 (水)

現代版「攘夷VS開国」

◆幕末、日本は「攘夷か、開国か」で国論が二分し、騒乱の舞台となった。ペリー来航からわずか15年、攘夷から倒幕・明治維新へと歴史は大きく動いて行った。「攘夷派は開国によって夷狄が日本に入りこみ、異文明に日本が侵される、ここは日本を守るため攘夷を進めるしかない」と、まさに燎原の火の如く攘夷運動が広がっていった。多分に気分的な一種の流行として「攘夷、攘夷」と騒ぎたてることが広がっていったのだろう。

◆一方幕政を預かる老中たちは異国の武力による圧力に脅威を感じ、開国で行くしか進むべき道はないと判断、まず日米和親条約を皮切りに、英・露・蘭と次々に和親条約を結ぶ。さらに諸外国は通商条約を求めて要求をエスカレート。幕府は弱腰と批判され、攘夷運動はますます拡大する。幕府は頑迷な宮廷と急進的な攘夷運動派との板挟みにあって、進退窮まれることとなる。

◆そこに登場したのが大老井伊直弼、彼は天皇の勅許を得ず、独断で日米修好通商条約を締結、さらに蘭・露・英・仏と次々に通商条約を結び、神奈川など3港を開港して貿易を開始した。その代償と言うべきか井伊は桜田門で命を落とす事になるが、8年後、日本は明治維新を成し遂げて、いち早く近代国家の仲間入りを目指し、夷狄と称した国に学ぶことになる。「攘夷」を叫んだ人達も180度転換、政府の要職に就いて維新の一翼を担う事になった

◆この歴史の流れを俯瞰していると、現在国会で論議されている安保関連法案推進派とそれに反対する野党や一部識者と謂われる人達、そして国会を取り囲み「違憲だ!戦争法案だ!徴兵制反対!」等とデモする人達の姿が重なって見えて仕方がない。幕末における開国派は今の世に当てはめると、国際情勢を見てとり、旧来の一国平和主義を改め、多少のリスクをとっても国際貢献を目指すことが、日本の平和と安定に繋がると判断する安保関連法案推進派であろう。幕末における攘夷派護憲を旗印に、内向き志向で戦争に巻き込まれない一国平和主義を目指す勢力であって、頑迷な守旧派と言えるだろう。差し詰め、安倍総理は勅許を得ないで強行突破した井伊直弼の役どころか。

◆まもなく採決されるであろうが、強行採決はよくないが強行阻止もよくない。民主主義のルールに則り、国民の代表らしく、粛々と採決してもらいたい。結果は数年後にはっきりする。その頃は「そんなことあったっけ?」程度のものだろう。それが国際的な常識の範囲だから。逆に安保関連法案が不成立のままでいると、その間中国が日本の法の盲点を突き、領海に侵犯、島嶼部分を侵略しないとも限らない。その時、日本は「国会の事前承認が必要だから」と言って、国会の結論が出るまでジッと見ているだけなのだろうか。その時始めて気が付いて「しまった」とならないよう願うのみ。

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