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2015年9月 6日 (日)

日本橋川・神田川クルージング記(1)

◆日本橋川・神田川クルージングが盛況だという。各社・各種のクルージングがあるが、以前ブラーっと日本橋の袂にできた乗船場に行ってみた。ところが予約でいっぱいだとか、巡航するコースが希望に合わないとかで、断念したことがあった。今回、阪急交通社のメル・マガから本コース見つけ、1週間前に予約した。チャーター・クルージングで金額的にはやや高めになるが、結果は大正解だった。謳い文句は「江戸時代の面影を残す東京の運河めぐり!川からしか見ることのできない江戸の史跡を堪能!」するというもの。徳川家康が江戸城に入府してから、生活物資や建築資材を運ぶために整備し、さらに江戸城の濠を造るために形成された水路で、周辺には河岸が点在し、全国から江戸に搬送される商品で賑わったという。

Dscf1131 日本橋川、上は首都高速道路

◆25名定員のクルーズだが、この日は16名が参加。ゆったりした屋根なしの遊覧船に乗って、9:50分スタート。時々雨という予報もあったが、幸いにして雨に見舞われることはなかった。何処へいってもツアー客は中高年ばかりだが、ガイドの小倉さんは博識・絶妙の語り口で、「へえ~、そうだったのか」と感心することや、再認識することが多く、我々はまるでブラタモリ気分。元々日本橋の近くに30年近く勤務したことがあり、馴染みの場所でもあったが、この地を水上から見上げる感覚は初めての体験で、ワクワクさせられた。

Dscf1184 日本橋と無粋な首都高

◆首都高速はもともと1964年東京オリンピックに合わせて、突貫工事で造ったものだから、用地買収の時間も資金も無く、古くからある運河の上を覆うように造られている。景観等を考慮する余裕はなく、高度経済成長の陰で、運河は汚染で悪臭を放ち、両岸に並ぶ建物は古いものほど背面を運河に向け、室外機がむき出しになっている。当時こんな所を運行するのは、ゴミを乗せたダルマ船を引く曳舟か(今も運行しているが)、水上警察の警備艇くらいのもので、まさか観光客を乗せた船がここを通るとは造像もできなかった
ところが、20年ほど前から隅田川ウォーターフロントの景観整備に関連して、注ぎこむ運河の水質浄化にも注力したため、新しいビルやお洒落な店が運河に面して、テラス造ったりして、徐々にではあるが、景観もよくなりつつあるようだ。

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江戸橋に懸かる江戸時代の帆かけ舟のエンブレム

◆4年前、日本橋架橋100周年を記念して、日本橋の袂に造られた船着き場を出航した遊覧船は江戸時代に魚河岸があったところを左右に見ながら江戸橋茅場橋などをくぐっていく。茅場町あたりは江戸時代初期には葦が茂る湿地帯だったが、ここを埋め立て、幕府公認の遊郭を創った。葦(アシ)が茂る原っぱだったから、葦原としたが、「葦」は「悪し」に通じるとして、「葦」のことを「蘆」(ヨシ)とも云う事から、「よし」は「吉」に通ずで、「吉原」となった。明暦の大火後、浅草寺裏に移転させ、こちらを「新吉原」と呼んだ。そうこうしているうちに、船は日本橋川の出口にある目立ったデザインの豊海橋をくぐる。(続く)

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低い橋では頭がつきそう。

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日本橋川の出口にある目立ったデザインの豊海橋

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