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2015年5月 5日 (火)

明治の産業革命遺産群と韓国の反応

▼幕末から明治にかけて、西欧諸国以外では最も早く産業革命を成し遂げた日本。その動きは昨年世界遺産に登録された「富岡製糸場」(1871年開業)に引き続き、国家主導で「民間」と連携しながら、造船、製鉄・鉄鋼、石炭の三つの産業を惹き起こした。西洋から学んだ技術と日本の伝統文化を融合させながら、日本式の産業革命を達成した点が今回世界遺産登録へと認められたのだろう。

▼今回選ばれた全国8つのエリアの23の構成資産造船、製鉄・鉄鋼、石炭など多岐に亘る産業資産だけではないところがユニークだ。即ち明治維新後に多くの人材を輩出した「萩の城下町」と「松下村塾」(1856)、また長崎で幕末から明治にかけて活躍した英国人貿易商「トーマス・グラバーの住宅跡」(1863)や、三菱造船所の迎賓館「占勝閣」(1904)などがリストに入っている点だ。故郷長崎から8つの遺産が選ばれた点も嬉しいところ。

▼ところがこの歴史的事実に水を差す嫌な奴が現れた。言わずと知れた韓国だ。「これらの遺産の中で端島炭鉱など6つの施設で、約6万人の韓国人徴用工が強制労働させられた。そうした事実が無視されたまま産業革命施設として美化されることは世界遺産条約の精神に反する」として、強力に反対する運動を進めると表明した。パリのユネスコの諮問機関イコモスの事務総長は「登録の基準を満たし、日本の提出文書に落ち度もなく、疑いの余地はない」と述べたにも拘わらずだ。

▼韓国と云う国は本当にどこまで根性が腐っているのか。反論するのも嫌になるが、歴史のイロハが分かっていない。これらの遺跡群が誕生したのは、韓国李氏朝鮮王朝時代で、封建時代から抜け出していない後進国時代だった頃。徴用工があったのは日本の植民地下にあった1944~1945年の頃。日本は確かに1910年頃から朝鮮を日本の統治化においた。そして朝鮮の近代化のため鉄道やダム、さらに民間企業などのインフラの整備を積み重ねた。

▼戦後韓国が「漢江の奇跡」と言われた驚異の経済成長を成し遂げたのは、直接には1965年に締結された「日韓基本条約」によって、総額53億ドルに上る資産を放棄し、合せて当時の韓国の国家予算に匹敵する3億ドルの無償資金援助と多額の経済援助が行われたからである。その成長の土台には戦前のインフラがあり、その上に「高速道路や地下鉄のなどの建設、浦項製鉄の設立、さらには造船や自動車という基幹産業」を日本の技術と資本協力が支えたからに他ならない。日本の経済協力なくして今日の韓国はなかったのだ。しかしそのような韓国にとって都合が悪いことは今の若者には教えていないらしい。こういうことを世間一般では「歴史の歪曲」というのだが、韓国にとっては日本に向かって云う時に使う。

日本の近代産業革命遺産群が世界遺産に登録されるのを、歴史を無視して被害者としての立場だけを強調して反対する韓国。こういう態度が自分の顔に泥を塗り、国の品格を貶しめていることに気づかないのが韓国の救い難い体質であり、哀れでさえある。しかし、告げ口外交だけは長けている韓国。侮っていてはしっぺ返しがやってくるかも。

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