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2015年5月15日 (金)

上野公園の隠れた魅力(1)

上野公園といえば、何を連想するだろうか? お花見、動物園、博物館、美術館、芸術、音楽、西郷さんの銅像、大道芸、秋の紅葉?どれもこれも日本人だけでなく、近年では外国人にもお馴染の場所となった。しかし上野公園は知る人ぞ知る、歴史的な観賞スポットが多く見られるところでもある。そういった場所に過去1~2回程度しか訪れていないが、先週シルバー仲間と20~30年振りに訪れる機会があった。

(1)上野といえば「寛永寺」、正式には東叡山寛永寺。比叡山延暦寺が御所の鬼門(北東)に位置し、朝廷の安穏を祈った事に倣って、寛永2年(1625)江戸城の鬼門丑寅方向にあたる上野の台地に「天海僧正」が建立したもの。第三代山主を皇室から迎えて以来、歴代山主は皇室出身で、輪王寺宮の称号を下賜されたという。現在の上野公園全体が寛永寺の境内だったというから、大伽藍だったことは間違いない。しかし戊辰戦争後に広大な敷地は国に接収されたり、公園化されたりして、大幅に縮小、現在では名刹といった雰囲気は殆どなく、単なる普通のお寺といった趣だ。ところが、この上野公園を巡ってみると往時を偲ばせるスポットがいくつか垣間見えてくる。

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寛永寺開山堂、天海大僧正を祀る御堂

(2)五重塔・・寛永8年(1631)に建立されたが、同年3月花見客の失火により焼失し、現在の塔は、その後直ちに再建されたもの。もともとは上野東照宮の五重塔だったが、明治の神仏分離によって寛永寺の帰属となった。昭和33年東京都に寄付され、現在は上野公園の管理下にあり、動物園の中に在る。以前は動物園に入らずとも近くまで寄って見上げることができたが、今では東照宮に邪魔されて上の部分しか見えない。五重塔が寛永寺の帰属ではなく、動物園の帰属だというのも何とも妙な話

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(3)清水観音堂・・寛永8年(1631)年建立。重要文化財。名前の通り京都の清水寺と縁があり、云われてみれば、可愛い舞台があって、その下が小規模な懸造建築になっている。場所は現在の寛永寺とはかなり離れており、これも寛永寺の一院だったというから往時の寛永寺がいかに広かったかを物語る。この観音堂の前庭に江戸時代の浮世絵師、歌川広重の代表作でもある「名所江戸百景」に描かれた「月の松」がある。その松が約150年振りに復活したそうで、直径1m以上はあろうかと思われる円を描いた松の枝が面白い。

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清水観音堂、中央の丸い松の枝が「月の松」

Dscf0998 清水の舞台

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清水の舞台から「月の松」を通して、正面に忍ばずの池の「弁天堂」が見える。








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