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2015年4月12日 (日)

NHKのブラタモリ「長崎」を見て

▼NHKの「ブラタモリ」という番組はイレギュラー番組で、タモリが女子アナと一緒に古地図を片手に東京・京都などの街中を専門家達と一緒に探索し、現代の地形からかつての街並みを推理するという異色の歴史番組(?)だ。筆者の好きな番組のひとつでもある。その「ブラタモリ」がレギュラー番組となって、嬉しいことに第一回が昨夜、7:30~8:15分にNHK総合テレビで、「ブラタモリ『長崎』」として放送された。

▼多くの旅番組や歴史番組と違って、普段は見られない隠れた部分やその裏側に在る秘密が見られ、大変興味深いものがあった。その第一は、長崎で生まれ育った自分が、実はモグリだったということを思い知ったことだった。長崎の地名の謂れ、考えてもみなかったことだったが、実は「長い岬」から長崎と言う地名ができたという。ではどこが長い岬だったのか。

▼実は市内の中心部に、県庁辺りから長崎の氏神である諏訪神社にかけて、1.5kmほど馬の背のように細長くこんもりと盛り上がっている。現在は官庁関係や市役所、ビジネス街などが連なり、長崎のメイン通りの一つになっている。元亀2年(1571)の開港の頃はこの周辺は海に囲まれ、まさに長い岬として長崎港に突き出ていたのだ。平地の少ない長崎では岬の周囲を次第に埋め立てていき、幕末の頃にはほぼ今の形の長崎の街ができ上がったという。このような重要な事を高校を卒業するまで一度も教わったことはなかった。

Photo▼この馬の背のような細長い岬が長崎の地名の謂れだったのだ。その多くは傾斜地や坂道となっているが、一部に丘と平地の境目に崖崩れ防止のために石垣が築かれ、あちこちに残っている。青春時代は当り前のように何も気づかず過ごしていた。恥ずかしい思い。他にも出島跡地の埋蔵文化発掘現場、グラバー園に最も近い電停の「石橋」、その名の謂れとなっている石橋が道路の下の暗渠の部分に原型を残したまま残っており、当時とは比ぶべきも無いほど綺麗になった川の水が流れていた。
(写真は現在の長崎港:帆船観光丸)

▼特筆すべきは、長崎港外に鼠島という海水浴場があって、夏休みには市内の子供達が水泳教室に集まった。筆者も小学4~5年の頃、おにぎりをバスケットに入れて通ったものだった。この番組の中で、昭和23年夏の貴重な映像が流れていた。被爆・終戦から僅か3年、その時既に鼠島では、毎夏水泳教室を開き、その中でも最大のイベントは上級者達による水中大名行列で、立ち泳ぎによる行列、輦台を担ぐ大人達、その輦台に乗った大名に扮した市長(?)達の姿が生き生きと描かれていた。

Photo_4

長崎港の大波止と港口の鼠島水泳場を結ぶ引き船と団平船。島に行く子供達で鈴なり。鼠島に水泳場ができたのが明治36年。昭和47年の閉鎖まで70年近く長崎の子供達の夏休みの水泳道場として親しまれた。(資料と写真:長崎100周年史より)

▼タモリも驚いていたが、当時5歳頃の自分にとっても、テレビに流れた映像は驚きだった。高校の同期生が、長じて長崎県教育委員長になり、祖父の代から続いていた鼠島の水泳会長の三代目も引き継いでいた。現在鼠島は時代の変化により周囲が埋め立てられ陸続きとなって、往時を知る者にとっては寂しい限り。但し、水泳教室の伝統は市内にできたプールに引き継がれていることも紹介していた。来週も長崎編の第二集が放送されるとのことなので楽しみだ。

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» ブラタモリ(NHK番組)に長崎の池島炭鉱や三菱重工長崎造船所が登場する模様です!(長崎県長崎市) [カミタク・ブログ]
 NHKのブラタモリの番宣(番組宣伝)を拝見していて気づいたのですが、次回、20 [続きを読む]

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