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2015年4月19日 (日)

ブラタモリ「長崎」後編を見て

▼長崎の近代化、ひいては日本の近代化は造船から始まったことは周知の事実だ。番組では小菅修船所跡のことを取上げていた。当時、海外から渡航してきた船舶の修理は重要な課題で、蒸気機関を使った船の巻き上げ装置が今も残っていたことが驚きだった。6年ほど前にこの船台の前を車で通り、随分古く、小さい船台だな感じていたが、まさか明治元年完成だったとは!まさしく世界産業遺産物級だ。

▼しかし、自分にとっては三菱長崎造船所がこころの古里。小学校の頃、社会科の工場見学で、三菱造船所の進水式を見学する機会があった。一連の儀式を終え、工員たちが船を支えていた支柱や台座を外すと、巨大な船体が音も無く滑り出し、船首に吊るした薬球が割れ、中から五色のテープや紙吹雪が舞い散った。やがて船尾の方から巨大な水しぶきがあがり、着水した有り様は感激のあまり、脳裏に刻み込まれて幾つになっても忘れられない。

▼今では、ドッグで船体を組み立て、進水式は海水を注入するという方法が世界的に主流らしいが、やはり進水式は船台を滑り降りて着水しなくちゃ。吉村昭の実録小説「戦艦武蔵」に進水式の模様がリアルに描かれている。もちろん軍艦だから華やかなものではなく、秘密裏にことを運ぶため、船台が見える市内のあらゆる場所に憲兵が背を向けて立って、市民が直接目に触れることがないよう眼を光らせていたという。

池島炭鉱のことは最近、全国最後の炭鉱跡として脚光を浴び、体験ツワーとしてもよくTVで取り上げられているので、特に感慨はなかったが、島を巡る海底に琵琶湖の半分にものぼる採掘跡が拡がっていたとは驚きだった。長崎市内に住んでいれば炭鉱と言えば端島(別名軍艦島1974年閉山)と、高島(日本最古の炭鉱で1986年閉山)。軍艦島は現在観光スポットになっているが、廃虚の模様を見るに偲びなく未だ上陸していない。

20095
端島(軍艦島)2009年5月撮影

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