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2015年3月15日 (日)

さらば、ブルートレイン

「走るホテル」として親しまれたブルートレインの代表格「北斗星」(上野~札幌)と、ブルートレインとは呼ばれないが、豪華寝台特急「トワイライト・エクスプレス」(大阪~札幌)が多くの鉄道ファンの見守る中で、ラストランが報じられた。
ブルートレインはこれが最後かと思いきや、なんのなんの、上野~札幌間には「カシオペア」(但し、臨時列車)があるし、「北斗星」も今年夏までは、観光専用の臨時列車として運行され、8月22日の札幌発を最後に完全引退するとのこと。これじゃ「閉店特別サービス」と銘打って、ずーっと営業を続ける店舗のようなもの。しかしながら、新幹線の全国整備の進捗とともに、一世を風靡したブルートレインが姿を消していくのは時代の趨勢とは言え寂しいものだ。


北斗星」には、かつて一度だけ乗車したことがある。ツウィンの個室で寝たままの姿勢で、星が見えたことが印象に残った。函館を過ぎて大沼あたりに差し掛かった頃、眼が覚めた。とても優雅な旅だった。

九州方面の寝台特急が復活したのは、昭和31年(1956)東京~博多間に設定された「あさかぜ」が先駆けだった。「あさかぜ」は1958年、ブルーの車体の固定編成客車に置き換えられた。当時はまだブルートレインと呼ぶ習慣はなく、その後東京と九州方面を結んだ「さくら」、「富士」、「はやぶさ」、「みずほ」など次々と登場したため「九州特急」などと呼ばれた。1964年頃から東北方面へも同種の寝台特急が投入されたため、当時の鉄道ファンや趣味の雑誌が「ブルートレイン」と呼ぶようになり、全盛期を迎えるようになった。
しかし、1964年に東京~大阪間に新幹線が開通し、1975年に山陽新幹線が博多まで延長すると、ブルートレインは徐々に縮小され、みずほ(1996年)、あさかぜ・さくら(2005年)、はやぶさ・富士(2009年)がそれぞれ廃止された。


思い出のブルートレインと言えば、長崎~東京間を結ぶ「さくら」だ。当時、汽車賃(何と古い!)節約のため、東京~長崎間の往還に急行「雲仙」を利用した。四人掛けボックスシートに24時間ちょうど、座りっぱなし。降りた頃にはまだ体に揺れの余韻が残っていた。また、正月休みの帰郷時などは、座れれば良いほどで、周りには立っている乗客が一杯、移動さえ困難なときもあった。
そんな時たまに「さくら」に乗車することができれば、天にも昇る気持ち。そのせいか三段ベッドの最上段が好みだった。料金が下段・中断に比べて少し安いこと、朝になってベッドを畳んでも、最上段はまだゆっくり休めることなど・・、学生時代の良き思い出だ。
因みに国内で最長距離旅客列車は東京~西鹿児島(現・鹿児島中央)の日豊本線経由で、1595.9kmを走破した寝台特急「富士」(約25時間)と急行「高千穂」(約31時間)だったそうだ。

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