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2015年2月 7日 (土)

道徳教育の強化充実に賛同

◆文科省が「道徳教育」を特別の教科とする方針を打ち出した。「道徳科」は小学校で3年後、中学校で4年後に始めると発表した。遅きに失した感はあるが、昨今のいじめ自殺の問題、犯罪年齢の低年齢化など様々な問題が露呈された今、悠長なことは言っていられない。問題は中身だが、ごく普通に「正直であること」、「公正・公平であること」、「信頼や友情」、「思いやりや労わりの心」、「命の大切さ」、「努力することの重要さ」など「人としての基本的な生き方」を育むことが大切、一方的な押し付けでは逆効果だ。それ以前に子供達の主体的な取り組みをどのように補佐するか、教師の指導力が求められる。そのためには、教員養成の充実や現職教員の研修が重要であることは言うまでも無い。

◆我々が小学校の高学年の頃(昭和28~30年)、「道徳」の時間があったように思うが、特別にこれと言った記憶はなく、いわゆるホームルームがそれに充てられていたようだった。当時「道徳」と言えば、戦前の「修身」を連想させ、軍国主義の復活などと日教組を中心にアレルギー反応が強かったようだ。先生達も改めて大上段に「道徳」を構えることなく、国語や社会科の中で自然に身につけさせていくようなやり方だったように思う。さらに、当時はまだ年長者や先輩を敬い、年下や弱いものをいじめることはいけないことだという「戦前の良き風潮」はまだ残っていた。改めて「道徳」などと持ちださずとも、一定の秩序は保たれていた。

◆学校校区の中で、町内を分化した「」があり、通常の学年とは別に高学年が低学年の面倒を見るという風習があった。そのルーツは江戸時代に日本各地で見られたもので、特に薩摩藩の若衆組が有名だが、ここではその話は横に置いて、我々の時代の「組」に戻る。ちゃんとした組織ではなく、単に遊びの仲間だった。運動会ではクラス対抗リレーとは別に「組」対抗リレーがあり、低学年から順に高学年にリレーしていく。近所の隣組の親同士、自分等の「組」の子供達の応援に熱が入る。こうして町内ごとに周囲の大人達の見守る中で分別を弁えながら、伸び伸びと育っていく

◆そのような風潮が変化していったのは、高度経済成長で若者が都会に集中して根付き、地方の過疎化が始まりだした頃からだろうか。我々の子供の頃の在りようは何の参考にもならないかもしれない。今の世は新しいやり方があるのだろうが、目的とするところは今も昔も変わらない筈だ。「温故知新」、「創意工夫」が求められる。私の郷土の先輩でもある美輪明宏さんがTVのインタビューで語っていた。「言葉の乱れは世の乱れに通じる。日本語には尊敬、丁寧、謙譲などの敬語がある。その敬語を正しく教えることも必要だと。全く同感だ。

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