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2015年1月11日 (日)

パリのイスラム系銃撃事件に思うこと

◆1月7日、パリで起こったイスラム系住民による、新聞社銃撃事件は世界中を震撼させた。直接的にはパリの政治週刊誌が「ムハンマド」を風刺した漫画を掲載したことに対する復讐と見られるが、表現に行き過ぎがあったにせよ、テロ行為は絶対に許されるものではない。事件の背景に、西欧社会におけるイスラム系住民への格差や差別等に対する不満が鬱積し、それが爆発した結果と見られる事だ。今後も同様なテロ事件が頻発するだろうという不安が欧米各国に広がっている。

◆本事件は表現の自由に対する重大な挑戦とされ、言論の自由を根底から揺るがす事件だと世界中のメディアは訴える。言論の自由については「私はあなたの意見に反対だ。だが、あなたがそれを言う権利を私は命を賭けて守る」というボルテールの言葉が引用される。言論の自由は1789年のフランス革命で民衆が血を流して獲得した人類普遍の権利だ。だが、その価値観は時代、地域、政治、宗教等によって異なり、我が日本においても幕末維新や昭和戦争の頃まで言論弾圧があった。お隣り中国ではいまだに政権を批判する言論は認められていない。

◆フランスの人権宣言は「思想及び意見の自由な伝達は人間の権利」と明記しており、この思想は近代市民社会の基本原理となって、政教分離とともにフランスが世界に誇る価値観となって広まった。その元祖フランスで起こった今回のテロ事件だ。歴史の皮肉と言えないだろうか。問題はいくつかある。まず20世紀初頭まで、西欧列強の植民地下に置かれた北アフリカ諸国、中東諸国がその後の欧州各国の移民促進政策で、多くのイスラム信徒が移民してきた背景があることだ。

◆しかしながら欧州に住む多くのイスラム教徒は平和的に共存を図ろうとするのだが、こと宗教に関しては、唯一絶対神の「アッラー」を信じるが故に、「西欧の信教の自由」を盾に自己の宗教の独自性を貫こうとする。宗教の戒律、風習等が異なれば同化は難しい。例えば勤務中に礼拝の時間だと言って、仕事を中断して礼拝するとなれば、勤務違反となるだろう。西欧社会に居住する以上、最低限その国の風習、マナー等を守っていかないと共存は難しい。そこに軋轢があったとしても、自分達の我を通そうとする姿勢が一因となっているからとは思わないのだろうか。

◆この事件を契機に、反イスラム運動は欧州各国に拡がっている。例えば「死刑を復活してテロ犯に極刑で臨め」、「移民削減の要求」(フランス)、「反イスラム感情を総選挙に利用」(イギリス)、「西欧のイスラム教徒は民主主義を実践できない。暴力と死が解決策だから」(ドイツ)、「イスラム圏からの移住は全廃せよ」(オランダ)など、いずれも各国右系の発言だが、政府に強硬策を求める動きは高まる一方だ。

◆欧州在住のイスラム教徒が差別の撤廃を求め、穏健平和裏に暮らしたいと望むなら、少なくとも西洋の風習、習慣、マナーなどで同化していく努力が必要だ。それが嫌だというのであれば、母国へ帰りイスラム主義に沿った暮らしをするしかない。一方、移民を受け入れている欧州各国も同化の努力をするイスラム教徒に対しては門戸を広げて、差別の無いよう努力することも求められる。お互い歩み寄るしか解決策はないように思う

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