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2014年12月20日 (土)

現代版「小田原評定」

小田原評定」という言葉は、いうまでも無く「長引くだけで、いっこうに埒があかない相談の例え」とされる。その謂れは天正18年(1590)、関東を支配していた北条氏が豊臣秀吉の小田原攻めに遭って、小田原城主北条氏直、父の氏政や重臣らが城中で「和・戦の評定を続け、ズルズルと長引いた挙句、ついに決定されないまま滅ぼされたことに由来する。

ところが21世紀の今日、似たようなことが小田原で起こった。もっとも負けということではないが、時間がかかったことは確かだ。小田原という街は古い城下町で、明治維新後も神奈川県西部の中心地として発展してきた。戦前・戦後は進んだ地方都市として、駅前商店街、地下街、デパート、市民会館等が建設されたが、それらの全てが小規模であり、いつしか時代の波に乗り遅れ、大規模な再開発は古い街であるが故に、逆に足かせとなって長く行われなかった。近代的な大規模ショッピング・センターは隣の鴨の宮駅(小田原市)近くの広大な工場跡地等に委ねることになっていった。

自分が小田原に居住したのは8年前の9月。その数年前に小田原駅がリニューアルし、ようやく装いを新たにした。しかし、駅周辺は最近まで殆ど変わらず、古臭いイメージが先行していた(古さ故の良さとは少し異なる)。昨年あたりから、ようやく地下街や駅前の商業ビルなどの改修や建て替えが始まった。市民会館などは耐震性の問題がクローズアップされ、早急な建て替えなどの対策が求められているのだが、議論の声は聞こえども一向に始まらない。

お城地区再開発事業は平成元年(1989)に発準備組合設立から始まった。駅の隣の広大な空き地が市の保有のまま、青空駐車場として長期間使用されていた。この土地の有効利用に当たって、新しい商業施設や市民会館の建設など様々な意見が出されたが、それこそ長期間に亘って評定されたようだ
それが、ようやく小田原駅東口立体駐車場として建設が決まり、この12月に着工、来年10月の完成を目指して、最初の第一歩を踏み出したという。再開発事業プランの立ち上げから実に25年も経っている。昨日のブログに書いたが、比較にもならないほどの大事業の東京駅丸の内駅舎が、構想から18年の大正3年に完成している。どういう事情があったにせよ、時間がかかり過ぎていないだろうか。これを現代版小田原評定と言わずして何というべきか。リーダーシップの不足?悪しき民主主義のせい?それとも打算と欲望のせい?

Photo 小田原城天守


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