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2014年11月 5日 (水)

映画「蜩ノ記」を鑑賞

◆話題の映画「蜩ノ記」を鑑賞してきた。久しぶりに重厚で、人間の内面に鋭く迫った時代劇を観た思い。どこか黒澤明監督を彷彿させる映画だ。それもそのはず、監督は長年黒澤監督に師事して、黒澤氏没後、「雨あがる」、「博士の愛した数式」等のメガホンをとって、多くの映画賞を取った小泉堯史監督。 原作は第146回直木賞を受賞した葉室麟の同名小説。小泉監督は人間の内面を丁寧に描き、静かな感動を呼ぶ名作を創り続けている監督、まさにこれ以上の組み合わせはないだろう。特に師弟関係を描くことに定評のある小泉監督が自分の師への想いを重ねながら、創出していくところが見どころだという。(公式ページより)

◆この作品も主人公、戸田秋谷(役所広司)の監視役として派遣された檀野庄三郎(岡田准一)が、次第に秋谷の潔い生き方を目の当たりにして、百姓とともに生きようとする武士としての生き方に感慨を覚え、秋谷を守りたいと思うようになっていく。当初この映画を観た時、山本周五郎の「樅の木は残った」を想起した。世継ぎを巡るお家騒動、それに眼を光らせ取り潰しを目論む幕府、それを阻止するためあえて悪役を演じ、伊達藩を守るために泥を被る原田甲斐。そうしたパターンに類似点があるように見えたからだ。一部に著名人の批判もある。「主人公らが清廉すぎる」、「既視感に満ちた話」、「おどろきがない」等々。それらの意見を差し引いても、作品の出来は一級品だと思う。

◆何故「蜩ノ記」なのか。檀野庄三郎がはじめて戸田秋谷の居宅(幽閉所)を訪れ面談する。そして「蜩ノ記」の名前の由来を聞く。10年後の切腹を命じられた主人公秋谷はこのとき、切腹まで残り3年だった。過酷な運命を受けとめ、1日1日を大切に生きる日々を綴った日記。秋の気配が近づく頃、1日の終りを哀しむかのように「カナカナ・・」と鳴く蜩。その日暮らしのこの身とかけて、この日記を『蜩の記』と名付けたとほほ笑む戸田秋谷。最後に為すべきことを全て為し終え、静かに切腹の場に向かう秋谷。その後ろ姿のラストシーンで聴かれる効果音「蜩の鳴き音」が印象的だ。

◆撮影は岩手県遠野市はじめ、四季折々の美しい風景を織りなす日本各地の山里で、オール・ロケで行われたという。また撮影は昔からの映画用フィルムが使用された。この映画等フィルムは年々製造減少が続き、このため、この映画が国内最後のフィルム映画になるのではないかと見られているそうだ。この映画には間違いなく、日本映画の優れた遺産というか、真髄が引き継がれているように思える。

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