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2014年11月26日 (水)

呼子のイカの活き作り

◆長崎市内で行われた卒業55周年中学校同窓会に出席した翌日、JR佐賀駅で妹夫妻と待ち合わせ、佐賀県唐津市呼子に向かった。もちろん呼子のイカの活き作りを食するのが目的。多くの旅番組やグルメ番組で紹介されている呼子のイカ料理だが、実は15年前の夏、友人数人とこの地を訪れ、名物のイカの活き作りを食したことがある。その時の見た目の印象と、食した時の食感にちょっとした衝撃を覚え、カミさんに話していたことが、今回のきっかけとなった。

◆小春日和で穏やかな三連休の中日とあって、どの店も超満員。それでも運よく「いか本家いそ浜別館」に20分ほど待ちで入れた。季節によってイカの種類が変わるそうだが、前回食べた剣先イカの姿造りの透明感と微妙に変化する表面の色を今回は見られなかったが、ヤリイカの透明感うごめくゲソの食感は前回同様変わらず、美味であることこの上ない。また残ったゲソをテンプラにしてくれたが、これがまた美味しい。昼の定番メニューであるが、15年前と値段が変わっていないのも嬉しい。

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ムニュムニュ動くゲソを店員さんがハサミで切ってくれる。吸盤が舌にくっつく。

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店の窓から見える加部島と呼子大橋


◆この地は東松浦半島の先端に在って、秀吉が朝鮮出兵の際に前線基地として築かせた名護屋城跡があることでも有名。いわゆる文禄・慶長の役(1592年から1598年にかけて行われた無益な侵略戦争)で、日本史の汚点の跡を見ることができる。小田原の石垣山一夜城築城から僅か2年、全国の大名を軍事的にも経済的にも疲弊させ、自らの政治生命をも短命にした一因でもある。名護屋城跡は石垣山一夜城をはるかに凌ぐ大規模なものであったことは15年前に目にしたところ。今回は後のスケジュールの都合で割愛することになった。

◆佐賀県の最北端から長崎県の最南端、島原半島の口之津までの長行程となったが、地図で見ると九州の西のホンの一部でしかない。島原半島の南半分は初めての訪問だが、口之津からフェリーに乗って、東シナ海に沈む真っ赤な夕陽を見ながら約30分。初めての天草へ渡る。そこからさらに30分以上。宿に着く頃はとっぷり暮れていた。九州は実に広い。
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島鉄フェリーから島原湾の夕焼け空を望む。




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