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2014年10月10日 (金)

今年のノーベル平和賞に思う

◆今年のノーベル平和賞はパキスタンの少女マララ・ユスフザイさん(17歳、英国在住)と、インドの児童人権活動家、カイラシュ・サティアティ氏(60)に決定した。マララさんはイスラム武装勢力タリバンに襲撃され、重傷を負いながら女性や子供に教育機会を与える必要性を訴え続けた真摯な姿勢が多くの人の心を動かしたのだろう。受賞自体は大変喜ばしいことではあるが、ただ、少々若過ぎはしないだろうか。あと、20年、30年平和のための活動実績を積み上げてからでも、遅くはないと思うのだが。

◆今回、神奈川県の一主婦が提唱して大きな運動となった「日本の憲法九条にノーベル平和賞を」という提案が下馬評では一時有力視された。もしこれが、実現していたら面白いことになっていただろう。安倍総理はじめ、改憲主義者にとっては改憲がやりにくくなるので、複雑な心境になるのは間違いない。韓国や中国の一部には「お飾りに過ぎない憲法で実態とかけ離れている」という批判もあるし、一時後退したかに見える左翼的護憲勢力や朝日新聞など、やや左よりのメディアは勢いを取り戻しただろう。

◆現行憲法施行後67年、「戦争放棄を謳いあげた平和憲法があったればこそ、日本は一度も戦争することなく、ここまでやってこられたのだ」という意見もある。それはそれで正しいと言えるだろう。一方、「日米安保という抑止力があったればこそ、他国から攻められることなく、平和で在り続けられたのだ」という意見もある。これはこれで正しい。要するに依って立つべき位置によって何とでも云えるのだ。日本国内でも護憲、改憲など意見がいろいろ割れているのを平和賞選定委員はどう評価するだろうか。

◆もし、憲法に謳われているとおり武力を持たず、また日米安全保障条約も締結せず、徒手空拳のままでいたとしたら、67年間平穏無事にやってこれたであろうか。東アジアの勢力図は時とともに変化していった。仮に、武力を持たない経済力のある日本がそこに無防備のまま存在していたとしたら、黙って放っておくほど善良な国ばかりだったであろうか。「日本の平和憲法にノーベル賞を」と提唱するのならば、文字通り武力を持たず、平和主義を貫き通し、攻められても無抵抗を通していた時のみ、どこからも文句の出ないノーベル平和賞に値するのだろう。もっとも、その時は日本と云う国は無くなっているかもしれないが。

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