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2014年7月20日 (日)

続・お酒の話

◆子供の頃、両親の用命で時たまお酒を買いに行った。持参の瓶に、四斗樽の薦被りから量り売りで入れてもらうのである。当時は二級、一級、特級の区別で注文するだけで、銘柄など問題ではなかった。社会人になってCM等でお酒の銘柄を知ることになるが、昭和45年当時、ツウの間で「剣菱」がもてはやされていた。ある飲み屋で先輩から「剣菱」の冷やを勧められた。白木の一合枡に注いでもらい、マスの角に塩を一つまみ乗せて、それを舐めながら飲むのである。今ではありきたりだが、当時は新鮮だった。この時初めて「日本酒が旨い」と感じたものだった。

◆この「剣菱」というお酒は永正2年(1505)頃の史料にその名前が残っているというから、日本で最も古い銘柄が冠せられたお酒であり、実に500年以上前、室町時代から存在する銘柄だという。当初、現在の伊丹市辺りで営業していたが、昭和4年に神戸市東灘区に移転して現在に至っている。元禄年間に赤穂浪士四十七士が討ち入りの前に蕎麦屋の二階で「剣菱」の杯を酌み交わしたことは有名なエピソードとして伝承されている。

◆当時江戸っ子の間で「灘の薦被り」がもてはやされた。灘を船出した「樽廻船」は海路江戸まで運ばれる間に、ローリングによってアルコール分がこなれて、コクのある芳醇な美酒に変化したのだという説がある。同様に欧州から海路、はるばる運ばれてきたウィスキーやコニャックもローリングのため、より美酒になったという説が明治から戦前にかけて愛飲家の政・財界人達によって支持されたという。

◆正月や祝い事の際、金粉入りの清酒を飲むことがある。この金粉入りお酒の効能は健康体の人には可もなし、不可もなし、消化されずに体外に排出されるだけで、ただ見た目で楽しむだけのものである。但し、「ハンセン病の人がこれを愛飲すると終生内攻して皮膚に出ない」ということをかの大山元帥が自身の体験から発表したという話が残っている。

◆「酒は百薬の長」とよく云われるが、もちろん酒に飲まれてはならないというのが前提だ。適度な飲み方に「晩酌」というありがたい飲み方があるが、この晩酌とは誠に当を得た言葉で、一合は十勺のこと、十勺飲むとこれは晩酌ではなく晩合となる。故に晩酌とは九勺までというのが故人の教えだと言うのだが、これじゃちょっと切なすぎる。自分では日本酒換算で1.5合が適量だと勝手に判断しているが・・。 夏はやはりビール(実は発泡酒や第三のビール)が主体。健康数値の基準値のはみ出しを薬でカバーしている状態だが、楽しみがなくては何のための人生かと嘯くのみ。


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