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2014年7月26日 (土)

映画「ノア 約束の舟」を観て

◆映画「ノア 約束の舟」を観てきた。もちろん「旧約聖書の創世記」6章から9章にかけて書かれてある「ノアの箱舟」の話がモチーフとなっている。随分昔の話だが、1966年年に米・伊合作で「天地創造」という映画が公開された。やはり旧約聖書の創世記をテーマにした映画で、ジョン・ヒューストン監督作品、いま思い返しても原典に忠実に描かれていたように思う。

◆ところが、今回の映画はストーリーの大まかな部分では合致しているものの、70~80%は製作者側の勝手な解釈や創作が随所に見られ、却ってイメージが損なわれているように思えた。ひと言で云えば、まさしく現代ハリウッド映画だ。大掛かりな装置、こけおどしの演出、戦いや暴力シーンが「これでもか」と云わんばかり展開される。神の導きに忠実であろうとするノアと人間としての愛を求める妻や子供達との葛藤がテーマになっているが、感動するなどと言う感情には到底ならない。

◆実際に正教会の司祭からは「作品の根幹にある設定が実際の記述からかけ離れており、聖書の原型の影も形もとどめていない作品であることを前提として見るべきである」という見解が出されたそうだ。一般的評価も星三つ以下であり、批判的意見が多い。では、何故鑑賞したのか。実は箱舟自体がどのようなものであったのか、原典に忠実に作られているかどうかに興味があったからだ。

◆神がノアに告げた箱舟の造り方と仕様が「創世記」に明確に記述されている。それによるとゴフェルの木(レバノン杉ではないかという説があるが明確ではない)を使い、現代の寸法に置き換えると、長さ135m、幅22.5m、高さ13.5mで、三階建て、いくつもの部屋で仕切り、上部に明かり窓をとって、内側も外側もタールで塗り固めたものだった。箱舟だから自ら動くことは無い。ただ、水に浮き、流れに任せるままだった。映画ではほぼこの大きさに造ったそうだが、一つがいを遥かに超す物がいたり、とてもあれだけの数を収納できるような大きさとも思えない。所詮想像上の世界の話だから、どうでもいいことだが。

◆言うまでもないが、創世記によると神はこの世に人を創った。アダムとイブから9代目、ノアの時代には人類は地に満ち、人の心の中にも外にも悪が蔓延、堕落しているのを見て、自分が地上に人を創ったことを後悔した。「私は人を創造したが、これを地上から拭い去ろう。」新しい綺麗な世界にリセットするため、洪水を起こし、この世のすべてを洗い流した。神に従う無垢な人ノアとその家族、そしてひとつがいのすべての動物だけを救い、未来に託した。

◆もし神が存在して、現代社会を詳らかに見るならば、何というだろうか?現代人の物欲、金欲、弱者へのいじめと支配、堕落、不正の横行、民族の不毛な対立、力による征服・・ノアの時代と比べて良くなったと思うだろうか?社会への警告はいろいろな形で発せられているのに一向に改まらない。映画を観たあとカミさんがつぶやいた。「神様が世の中を何度もリセットできるならば、今やってもいいのにね」、そこだけは同感だ。だが、そうなれば多分こっちは洪水に沈む側に回るだろうが・・。

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